第54話 Phase53

文字数 1,070文字

 家に近づくにつれて、気持ちが重くなってくる。これからが、蒼にとっては戦いになる。
「ただいま……」
「おかえり」
 少し硬いトーンの母の声に、蒼の鼓動が早くなる。
「蒼。着替えたらちょっとこっち来てくれる?」
「……わかった」
 蒼は、母の目を見ることができなかった。

 「まずは、ギターすごかったわね。隣のお友達も上手だったし」
 誉め言葉から入られたことで、蒼はますます警戒する。悪い予感しかしなくて、心臓は鳴りっぱなしだ。
「……髪を伸ばしているのは、そういう理由だったの?」
 遠回しな言い方だったが、母が言わんとしていることはわかる。肯定も否定もできずに、蒼は黙るしかなかった。
「黙っててもわからないよ。今の蒼の気持ちがわからない。今日の格好は、本気なの……?」
 泣きそうな母の声に、蒼の胸は締め付けられる。
「……本当、だよ」
 長い沈黙の後、蒼はかすれる声で答えた。
「……どうして……」
 母の目から涙がこぼれる。蒼は口を開くことができない。どんな言葉を言うべきなのか、正解がわからない。
「……いつからなの?」
「ずっと前……小学校の時には、自分でわかってた」
「そんなに前から……」
 母も口を閉じる。何を言うべきなのかわからないのだろう。
「あの子は……蒼と一緒にいた子は知ってるの?」
「うん。でも、自分から言ったわけじゃないよ。偶然、知られちゃっただけ」
 家族だけに言えなかったわけではないことは伝えておきたい。
「そうね……えっと……」
 母も動揺しているのだろう。言葉が見つからないようだった。
「……ごめんなさい」
 いたたまれない空気に、蒼は耐えられなかった。つぶやくように謝って、部屋に駆け込んだ。
(どうしよう……これからどうしたらいいんだろう……)
 考えるほど思考がぐちゃぐちゃになる。俊にしか助けを求められないと思って、震える手で携帯を操作した。
『蒼? どうした?』
「俊くん……どうしよう。私、お母さん泣かせちゃった……」
『……今家? 外来れる?』
「行ける……けど、どうするの?」
『何も言えないかもしれないけど、話ぐらい聞くから。家じゃ話しにくいだろ』
「俊くん……ありがとう」
『うん。じゃあ、いつもの公園集合で』
 俊との電話が切れる。蒼はすぐに準備をして家を出ようとする。
「蒼……どこいくの」
「……友達と会ってくる」
 母に呼び止められたが、蒼は目を見る勇気もなく家から出ていこうとする。
「……そう。気をつけてね」
 母が無理やりいつも通りに接してこようとしているのがわかってしまう。返事をしたら声が震えてしまいそうで、蒼は小さくうなずいて家を出た。
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