第34話 Phase33

文字数 1,021文字

 しばらく、俊と蒼は一言も発せずに見つめ合っていた。
「……座っていいよ、そこの椅子」
 やっと俊が言って、蒼はおずおずと椅子に腰掛けた。
「蒼……」
「ごめんなさい、俊くん」
 口を開きかけた俊を遮って、蒼は勢いよく頭を下げた。
「あ、蒼?」
「私、俊くんにひどいこと言った。俊くんが本気だって、私が一番近くで見てきてわかってたはずなのに。言っちゃいけないことを言った。本当に、ごめんなさい」
「……蒼、顔上げて」
 俊の低い声に、蒼はゆっくりと顔を上げた。
「謝らなくていいよ。あの時は腹が立って逃げたけど、蒼の言ってることは間違っていなかった。本気なら、どこまでも追いかけられるはずなのに。俺はやっぱり、どこかで逃げようとしてたんだと思う」
 俊はもう、蒼から目を逸らそうとはしなかった。
「でも、俺はもう逃げない。ちゃんと戦う。塾も辞める。だから、だから」
 俊は最後まで言うことができなかった。言い終える前に、蒼が俊に抱きついたのだった。
「よかった……!」
 蒼の行動に、俊は面食らってしまう。
「私、あんなこと言ったから、もう一緒にギターできないと思った……俊くん、学校にも来なかったし」
「それは、風邪ひいたから……今さらだけど、感染るかもしれないから離れた方がいいよ」
 俊にそう言われ、蒼は大人しく離れる。
「……蒼も、俺とギターできないかもしれないって考えたんだな」
「そういう言い方するってことは、俊くんも考えたんだね」
 わずかに蒼に目配せしてから、俊は口を開いた。
「……蒼が、やっぱり一人でやるって言う夢を見たんだ。俺は本気じゃないからって。何も言い返せなかったし、引き止める権利もないと思った。現実もそうなるんじゃないかって、怖かった」
「俊くん……」
 蒼はうつむいた。俊はまずいことを言ってしまったと思い、唇を噛んだ。
「馬鹿なこと言わないで。そんなわけないじゃん」
 蒼は怒っているようだが、どこか泣きそうな顔をしていた。
「私は、俊くんがいなかったらここまで来れなかったと思う」
 蒼は若干潤んだ目で俊を見つめた。
「俊くんと会ってなかったら、店長さんのお店であの社長さんとも会えなかった。俊くんが、私をここまで連れてきてくれた。それに……私のこと、普通に接してくれるし」
 最後に添えるように言った言葉が、空気に溶け込む。
「私、俊くんとなら、もっと上までいける気がする。だから、一人でなんて言わないよ。一緒に行こう」
 蒼が差し出した手を、俊はゆっくりと握った。
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