第51話 Phase50

文字数 988文字

 一歩ずつ前に進むたびに胸が波打つ。手も声も震えてしまいそうだった。ざわつく声の音が次第に大きくなる。
「俊くん」
 ふと前を歩いていた蒼が振り向いた。
「楽しもうね」
 蒼の笑顔、揺れる赤いリボン。それは一年前と変わってなくて、なんだか肩の力が抜ける。
「……そうだな、楽しもう」

 俊には楽しもう、などと言ったが蒼の心臓もはち切れそうなほど波打っていた。体育館にはかなりの人が集まっている。
 俊と蒼はとうとうステージに立った。客席の方は暗いが、手前の方にいる人の顔は見えてしまう。蒼はその中に家族を見つけた。
(来てほしいって言ったからね……でも、やっぱり、ちょっとだけ……)
 弱音が顔を出しそうになって、蒼は客席から目を離した。そして俊と目を合わせた。
 蒼がリズムを取り、演奏を始める。ギターの音が響くと、緊張はどこかへ飛んでいく。
 俊と蒼は同時に息を吸った。

 「俊くん」
「何?」
 振り向いた俊の顔は輝いていた。蒼はそれに嬉しくなる。
「楽しかった?」
「ああ。蒼もだろ?」
 きっと自分は俊と同じ顔をしているのだろうと思いながら、蒼はうなずく。
「やあ、久しぶり」
 穏やかな声に、俊と蒼は足を止めた。目の前にいたのは、満足そうな顔をした社長だった。
「やっぱり、君たちいいね。ぜひ僕の会社に来てほしいよ」
 それから社長は蒼に目を止めた。その眼差しは真剣そのものだった。
「それは、話題性を狙ったのかな? それとも」
「本気です」
 蒼が答える前に俊が言った。蒼の勇気を踏みにじらせないように、絶対に守ると決めていた。
「そうか。それで、君たちのパフォーマンスだけど」
 社長は何事もないかのように話し始めた。拍子抜けした俊と蒼は目を見合わせた。
「どうかしたかい?」
「……いいえ、大丈夫です」
 あっさりと受け入れられたことに、どこか胸が高鳴るのを蒼は感じた。
「素人っぽいっていうのは感じたよ。今すぐ世に出せるかと言うと、厳しいと思う」
 社長の正直な言葉を、俊と蒼は黙って聞く。社長というくらいだから、色々なアーティストを見てきているだろう。そんな人からの言葉なら、信用できる気がした。
「でも、今日の君たちのパフォーマンスで確信したよ。やっぱり、うちの会社に来てほしい」
 うつむき気味になっていた俊と蒼の視線が弾かれたように上がった。社長は、優しい表情をしていた。
「君たちは、人の心を動かす力を持ってるよ」
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