第49話 Phase48

文字数 1,162文字

 「あと一週間だね」
「蒼、もうテンション上がってるのか? 早くない?」
「色々緊張しちゃって、落ち着いていられないんだもん」
(そりゃそうか……)
 蒼がこれからやろうとしていることを考えれば、落ち着かないのは当然だろう。
「逆に俊くんは落ち着いてるね。緊張とかしないタイプ?」
「そんなことない。けど、俺は多分誰も観に来ないから、蒼ほどの緊張感はない」
 蒼は首を傾げる。
「この前、来てほしいって言ったって言ってなかったっけ?」
「あれ、言わなかった? 話全然聞いてもらえなかったって。時間の無駄、みたいな扱いされたんだ」
「そうなんだ……」
 途端に蒼の声が沈む。自分のせいで暗い気分にさせてしまったかと俊は慌てた。
「ほら、俺はダメ元で聞いたんだし。それに、忙しいから仕方ないとも思うんだ」
「俊くんは、それでいいの?」
 蒼の問いかけに、俊は言葉を詰まらせた。図星を突かれた気がした。
「……本当は、来てくれたらいいなって思ってる。でも、無理だと思うし……これ以上、余計なこと言って傷つきたくないんだ」
「そっか……わかった」
 蒼の反応に俊は驚いた。もう一回言ってみなよ、と言われると思っていた。
「なんでそんなにびっくりした顔してるの?」
「いや……そんなすんなり受け入れてくれるとは思ってなかったから」
 まだぼんやりとした表情が抜けない俊を見て、蒼は優しく微笑んだ。
「だって、私が反対したら俊くんの味方がいなくなっちゃうでしょ? 俊くんは私の味方でいてくれるから、私も俊くんの味方でいたい。だから、俊くんの気持ちが一番大事。それにね、こんなに楽しいことが待ってるのに、そのために苦しむのは違うと思う」
「……逃げたことに、ならないかな」
 俊はおそるおそる口を開いた。一番心に引っかかっているものだった。
「逃げる?」
「俺は父さんとぶつかりたくなくて、従うことしかしてこなかった。でも、それじゃだめだと思ってて、変わらなきゃいけないのに、上手くいかない……」
 言葉にした途端、胸の中が冷えていくような感じがした。まだ汗ばむ季節なのに、暑さは感じていない。
「大丈夫だよ」
 沈んだ空気に蒼の言葉が響いた。俊が口を開く前に蒼は言葉を続ける。
「変わるって簡単じゃないから。それに、俊くんの言ってる「変わる」はお父さんにも関わってくるでしょ? 誰かと一緒に変わろうとするのは、すごく難しいと思うよ」
「俺には、無理だと思う?」
「思わない。大丈夫」
 俊の弱気な言葉にも、蒼は強い目で返してくる。不思議と、蒼に大丈夫と言われるとそう思えた。
「俊くんの大変さとか苦しさとか、完全にわかることはできないと思うけど、私は絶対俊くんの味方でいるよ」
「……ありがと」
 いつの間にか、胸の中の冷たさは消えていた。遅すぎるかもしれないが、もう前を向くしかないと俊の覚悟が決まった。
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