第30話 Phase29

文字数 1,016文字

 「俊くん、なんか目腫れてない?」
 蒼に顔をのぞき込まれて、俊はギクリと肩を跳ね上げさせた。
「あー……実は寝不足で」
「寝不足? あ、冷静なようで、やっぱり社長さんに認められたのが嬉しかったんでしょ。私も昨日、なかなか寝られなかったし」
 蒼は俊の嘘に気づいていないらしい。俊は蒼に合わせて笑顔を作った。
「……なんて、言うと思った?」
「へ……?」
 突然低くなった蒼の声に、俊は間抜けな反応をしてしまう。
「寝不足だけじゃないでしょ、目が腫れてるのって」
 蒼は、気づいていたのだ。俊が嘘をついていることに。無理をして笑ったことに。
「あ、お、俺……」
 取り乱しかけた俊は、チャイムの音で我に返る。
「授業……」
「行かなくていいよ」
 立ち上がろうとした俊の袖を引いて、蒼が止めた。
「なんでだよ。行かなきゃだめだろ」
「逆だよ。今は、今の俊くんは行っちゃダメ。俊くんが、壊れちゃうよ」
 俊は固まった。
「俺が、壊れる……?」
「今日の俊くん、ずっと苦しそうだよ。無理に聞こうとは思わないけど、私に言ってもいいことなら話聞くよ」
 蒼の優しい声で、俊は決壊した。
「……ごめん、蒼。ごめん……」
「俊くん……?」
「ごめん……!」
 謝り続ける俊に、蒼は戸惑う。
「俊くん、落ち着いて」
 蒼は俊の背中を優しくさすり続けた。
「……落ち着いた?」
 しばらくしてから、蒼は俊の顔をのぞき込んだ。
「……ごめん。ちゃんと話す」
 俊は一息ついて、心を落ち着かせた。
「……俺、塾に行かされることになった」
「えっ、あんなに成績いいのに? ごめん、これ言われたくないんだっけ」
 律儀に気にする蒼に、俊は思わず笑みをこぼした。
「いいよ、別に。親父が、今の成績じゃ医大に入れないからって、勝手に申し込まれたんだ」
「そんな……でも、本人の意志とか関係なしにそんなことできる?」
「知り合いがやってるところだから……」
 話しながらも俊はため息をつく。
「俊くん、それだけ取り乱すってことは……」
「塾は毎日あるんだ。だから……放課後に、陸斗くんのところに行けなくなる。ギターが弾けない。練習できない……! せっかく、音楽会社の社長にも認めてもらえたのに」
 蒼はかける言葉をなくす。
 俊を見れば、どれだけ悩んでくれたのかはわかる。しかし、これはもうどうしようもないことなのではないか。やっぱり、諦めるしか道はないのか。
 でも、そんなのは。
「「……やっぱり嫌だ」」
 声がそろった拍子に、互いの目も合った。
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