第41話 Phase40

文字数 1,052文字

 俊は緊張していた。友達の家に行くという経験は初めてだからだ。
「お、お邪魔します……」
「俊、緊張してる? 大丈夫だよ、誰もいないから」
 俊はおそるおそる家にあがる。自分の家とは違う雰囲気や匂いに、緊張感が高まる。
「俊? こっちだよ」
「あ、ああ……」
 俊は戸惑いつつも蒼についていく。
「ここ、僕の部屋」
 蒼は「入っていいよ」とドアを開ける。部屋を見た俊は、直感的に「蒼らしくない」と思った。
「座ってていいよ。僕、飲み物取ってくるね」
 蒼が部屋から出て行って数秒後、俊は違和感の正体に気づいた。
(蒼の一人称、変わってないか……?)
 蒼の一人称は、俊と二人のときは「私」だったはずだ。けれどこの家に入ってからは「僕」になっていた。
(蒼の一人称が「私」なのはもう気にならないけど、なんで今さら「僕」になったんだ?)
「おまたせ。とりあえずお茶持ってきたけど、コーヒーとかのほうがいい?」
「全然……ていうか、そんなに構わなくてもいいよ」
「いいの、いいの。僕が友達をもてなしてみたいだけ。たいしたことはできないけど」
 蒼は苦笑いした。
「蒼。一人称、いつもと違うだろ。別に変とかじゃないけど、ちょっと気になって」
「一人称……ああ、そういうこと」
 蒼は指摘されて初めて気づいたようで、げんなりした顔をした。
「……家だと、女の子になりたいの隠してるから。自分のこと呼ぶときも「僕」なんだよ。ずっとそうしてきたから、家に帰ってくると癖でそうなっちゃうんだ」
「それは俺といてもなのか?」
「そうだね……俊くんしかいないってわかっていたら大丈夫なんだけど、家は誰か帰ってくる可能性もあるから。でも俊くんが気になるなら、「私」にするよ」
 俊はすぐさま首を振った。
「いや、蒼なりに考えた結果だと思うから変えなくていいよ。それより、俺といるときは大丈夫って……」
「俊くんは秘密を知ってくれてるから。多分、気を抜くことができてるんだと思う」
 そう言って蒼は笑った。心の底から安心しているような顔を見て、俊は思わず顔を逸らした。
「俊くん? どうかした?」
 蒼が俊の顔をのぞき込むと、俊は素早く顔を手で隠した。しかし、隠しきれない耳は真っ赤になっていた。
「今のどこに照れる要素があったの?」
「だって……信頼されてるんだなって思って」
「嬉しくなっちゃった?」
 蒼に言われて、俊は浮かれているみたいに感じてますます恥ずかしくなる。
「ほら、歌の練習するんだろ。早くやろう」
 俊は苦し紛れに話題を逸らした。蒼は「はいはい」と言いながらもまだ笑っていた。
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