第11話   Phase10

文字数 1,293文字

 蒼のテストが始まった。
 俊は蒼を見かけるたびに声をかける。
「おはよう、蒼」
「……おはよう、俊」
 俊が蒼に声をかけたことに、蒼と一緒にいた友人が驚く。
「……今のって、(あい)()だよな?」
「そうだよ?」
「蒼、いつのまに仲良くなったんだ? あいつ、誰ともつるまないやつじゃん」
 蒼はウインクして、人差し指を立てた。
「秘密」
「えっ、蒼、ウインクできるの!」
 友人の意識は、違う方に逸れていった。

「……いつも一人でいるとは思ってたけど、友だちいないの?」
 蒼の問いに、俊は目を逸らした。
「……一人くらいはいるでしょ? よく話したりする人」
「……いない」
 俊はギターを抱えたままうつむいた。俊の様子に、蒼は何も言えなくなってしまう。
「遊ぶ暇があったら勉強しろってよく言われてたんだ。昔からそうだったから、次第に敬遠された。俺も一人でいることに慣れたし、そもそも、他人にあまり興味なかったし」
「でも、私には友だちになりたいって」
 蒼に聞かれて、俊は「そうだな……」と考える。そして、思いついたように顔をあげた。
「そうだ、惚れたからだ」
「惚れた……?」
 蒼は怪訝そうに眉をひそめる。その様子で、俊は言葉が足りないことに気づく。
「違う……! 変な意味じゃなくて、俺が惚れたのはギターを弾く姿。あんな風に美しい音を出す人に、興味が湧いたんだ」
「へぇ……」
 俊の剣幕に、蒼は気おされる。でも、悪い気はしない。
「私は、俊くんのギターを弾く姿もいいと思うよ。基本通りに真面目って感じで」
「……それ、褒めてなくない?」
「そんなことないよ」
 蒼は俊の前では自分のなりたいようになっていた。俊は気にした風もなく、まるで友だちのように会話をする。
(なんか、俊くんといるのは楽だな)
 蒼は次第に、俊のことを認めてきていた。

「あ、俊」
「蒼。次、移動教室なのか」
「そうそう。化学とかよくわからないから、眠くなっちゃう」
「そうか? 俺はおもしろいと思うけどな」
 俊と蒼が話していると、蒼を追いかけてきた生徒が不思議そうに二人を見る。
「前から思ってたんだけどさ、(あい)()と蒼って仲よかったっけ?」
 聞いてくる生徒に悪意はなさそうで、単純に疑問に思っているようだった。
「えっと……」
「この前、本屋で会ったから、おすすめの参考書を教えたんだ。それから話すようになった」
 言いよどんだ蒼をよそに、俊はちょっと嘘をついた。
「へぇ、(あい)()のおすすめなら、間違いなさそうだな。今度、俺にも教えてくれよ!」
「ああ、わかった」
 満足したのか、男子生徒は跳ねるように立ち去った。
「ありがと……上手くごまかしてくれて」
「別に……下手にギターの話とかしたら、食いついてくるだろ。あれがちょうどいい言い訳だったんだ」
 俊はまったく表情を変えないで言う。蒼は息をついてから笑った。
「俊、テスト、もうやめていい?」
「な、なんで……?」
 急に取り乱し始めた俊がおかしくて、蒼はふふ、と笑ってしまう。
「だって、もう必要ないもん。俊とは、いい友だちになれそう。よろしくね」
 俊は面食らったように目を見開いた後、めずらしく満面の笑みを浮かべた。
「よろしく、蒼」
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