第46話 Phase45

文字数 1,147文字

 (家族にも受け入れてもらいたいんだな)
 ベッドの上で大の字になり、俊はぼんやりと思考を巡らせる。
 蒼は、本当の自分になるということを実行しようとしているのだ。それがどれほど勇気のいることか、俊が完全に理解することはできない。
(別に反対したいわけじゃない。蒼が決めたことなら、それが正しいんだと思う)
 そう、問題は蒼のことではない。
(俺だ。俺はどうしたい)
 俊が父に反抗してからは口をきいていない。母も何も言ってこない。家での孤立感が深まっただけだ。
 勉強はしていないわけではない。知識があって損をすることは少ないだろう。
(けど、今のところは進学したいわけじゃないんだよな……でも、もったいないか……?)
 俊は大きく息をつきながら寝返りを打つ。
(父さんは俺のことを認めてくれたわけじゃない。母さんも何も言わないけど、何のフォローもないってことは父さんと同じだろうな)
 俊のことを応援してくれる人がいないわけじゃない。けれど、このままではいけない気がした。
(父さんには、医者にならないと認めてもらえないんだろうか)
 そこまで考えて、俊は気づいた。
(俺、父さんに認めてほしいのか?)
 応援してくれる人はいる。それなのに、俊は父からの見られ方に固執している。
 思い返せば、父から褒められたことなどなかった気がする。テストで高得点を取るのは当然だと言われてきた。運動会などの行事の成績には興味を持つことすらしてもらえなかった。
(ギターを弾くのは、たしかに好きだからやってるけど……本当の目的は、そうじゃないのかもしれない)
 蒼は「本当の自分」のためにギターを弾いていると言っていた。それは、俊も同じなのかもしれない。
(俺は父さんが望む俺じゃなくて、本当にやりたいことをやっている俺を見て、認めてほしいのかもしれないな)
 やっと腑に落ちた。なぜ家族に隠れてまでギターを続けてきたのか。それはギターが好きで、やりたいことだからだ。そして、いつかは認めてほしいのだ、そんな自分を。
(ダメ元なのはわかってるけど、言ってみるか)
 今にも飛び出しそうなくらい暴れる心臓に落ち着けと言い聞かせながら、俊はリビングに向かった。
「俊さん? どうかしましたか?」
 リビングに父の姿はなく、母だけがいた。
「……父さんは?」
「お父さんは夜勤だと言っていましたよ」
「そっか……」
 俊は拍子抜けした。息をするたびに心臓は静かな鼓動を取り戻していく。
「何かあったのですか?」
「……いや、なんでもない」
 俊は再び部屋に戻ろうとした。その背中に、母の声が響いた。
「私は、いつでも俊のことを応援していますよ」
 俊は思わず振り向いた。母はまっすぐに俊を見て微笑んでいた。
 俊は熱くなった目頭を見せたくなくて、ごまかすように部屋へ駆け戻った。
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