第38話 Phase37

文字数 1,089文字

 俊と蒼は、公園のベンチに座っていた。もう日は暮れていて、遊ぶ子どももいなかった。
 俊は自分が吐く白い息を見つめていた。蒼は何も言わずにただ隣にいるだけだった。
「……蒼。ごめんな、巻き込んじゃって」
 俊は思い出したように口を開いた。蒼を巻き込むべきではなかった。
「……いいよ。私、ほとんど空気だったし」
 俊は蒼の顔を見ない。蒼も、俊の方を向くことができなかった。
「くだらない遊びなんて言われて、腹立っただろ。本当にごめん」
「俊くんが謝る必要なんてないよ。俊くんが言ったわけじゃないんだもの。それに」
 蒼はやっと俊を見た。俊はうなだれていた。
「俊くんのお父さんにくだらない遊びって言われて、一番怒ってるのは俊くんだよ。たしかに私もイラッとしたけど、腹立ったって思ったのは俊くんだよ」
 俊はぐしゃりと髪を握る。震える手が、爆発寸前の感情をやっとのことで押さえつけていた。
「怒っていいんだよ。我慢して私に謝らなくていいの。辛い時は辛いって、苦しい時は苦しいって、腹が立った時は腹が立ったって、言っていいんだよ。助けてって、言っていいんだよ」
 俊はしゃくりあげるように息を吸った。
「俺は! 父さんなんか大嫌いだ! 俺のことを決めつけようとしてくる父さんなんて嫌いだ!」
 俊の声は夜空に溶けた。蒼は俊を見ることなく、ただ座って空を見上げていた。
「……俺は、蒼がうらやましかったのかもしれない」
「え?」
 蒼は驚いたように俊を見た。
「蒼は、自分のことを素直に出してるみたいで、きっとうらやましかったんだ。多分、俺にはないものだったから、だから惹かれたのかもしれない」
 俊も蒼を見る。なんだか、すっきりした気分だった。
「……私は、反動かな」
「反動?」
「うん……家族に、言えてないんだよね、女の子になりたいこと」
 俊は何も言えない。俊も家族に隠し事をしてはいたが、俊の隠し事と蒼の隠し事はかなり違う。
「……やっぱり、困らせちゃうような気がして。けど隠し続けるのは苦しくて。だから、ギター弾いてる時だけ、って決めてたの」
 蒼の静かな声に俊は耳を澄ませる。ちらちらと雪が降り始めていた。
「だから俊くんが思ってるほど素直じゃないよ、私。俊くんの前で思いっきり息抜きしてるだけ。家では、ずっと嘘つき」
 うつむく蒼の頭に雪が落ちていく。俊はゆっくりと口を開いた。
「……でも、一人じゃないだろ。俺は蒼の秘密を知ってるし、蒼も俺の秘密を知ってた」
「だから共犯ってこと?」
 蒼は思わず笑いだした。そんなことを言われるとは思ってもいなかった。
 よくわからないが蒼が楽しそうになってしまったので、つられて俊も笑った。
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