第55話 Phase54

文字数 1,071文字

 蒼が公園に着くと、俊はすでに来ていてぼーっと空を眺めていた。
「ん、おぁっ、びっくりした……来たなら声掛けろよ」
 あまり俊から聞くことのない声が出ていて、蒼は思わず笑ってしまう。それと同時に、ぽろりと涙が頬を伝った。
「蒼」
 俊は慌てて蒼に手を伸ばす。蒼は俊の腕を掴んだはいいものの、立っていられずにそのまましゃがみ込む。
 蒼の意思とは関係なく、涙は溢れ続ける。俊は蒼と同じ目線になるようにしゃがみ、蒼が落ち着くまで背中をさすっていた。
「……どうした、蒼」
 蒼の呼吸がやっと整ってきたタイミングを見計らって、俊は声をかけた。日が落ちて、少しひんやりしたベンチに腰を下ろす。
「……間違ってたのかも、しれない」
 ぽつりとした声を聞き漏らさないように、俊は耳を澄ませる。
「お母さん、泣いてた。私の気持ちがわからないって……私は、本当の自分を知ってほしくて来てほしいなんて言ったけど、泣かせるくらいなら、ずっと隠していた方が良かったんじゃないかな。ずっと、私の中に隠しておけば、お母さんのこと傷つけなくて済んだのに……」
 一度落ち着いたはずの蒼の息がまた震える。
「俺は、そうは思わないけどな」
 想定外の言葉が聞こえて、蒼は顔を上げる。
「だって、ずっと隠してたとして、蒼はどうなるんだよ。嘘つき続けて苦しくならないのか?」
「それは……」
「今まで我慢してきた分、楽になりたいって思うことは悪いことじゃないだろ。それに……隠しててバレた時の方が気まずくなる。下手したら、口もきけなくなるとかな。俺みたいに」
 俊は嘲笑うように息を吐いた。
「親は、どっちを望んでるんだろうね……正直に言った方がいいのか、知らないままの方がいいのか」
「そこまでいったら、人によると思うけどな。でも、そうだな……俺としては、隠しててもいつかはバレちゃうと思う」
「それはなんで?」
「意外と、俺のこと見ててくれる人がいたからだろうな。隠してるつもりだったけど、姉ちゃんにはギターやってることバレてたし」
「それは、反対されなかったの?」
 蒼はまだ整わない呼吸の中、声を出す。
「されなかった。というか、俺の人生なんだから、好きなことすればいいって」
 俊の姉が言うことが現代なら正解に近いこともわかる。でも、正解とか正論だけで突き進むことができないとも思う。
「これは俺の姉ちゃんがそうってだけ。父さんはそんなことないし。でも俺は、姉ちゃんの方が生きやすそうだとは思った」
 それに、と俊は付け加える。
「俺、蒼が男子か女子かなんて気にしないよ。性別で決めたんじゃなくて、蒼だから一緒にいるんだよ」
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