第18話 Phase17

文字数 1,113文字

 俊はかじりつくように机に向かっていた。ペンを動かしながら、唇をかみしめる。
 紙を文字や数式で埋め尽くし、導き出した答えは、間違っていた。
「……はぁ」
 ため息をつきながら自分の解答を見直す。間違いの原因は、足し算のミスだった。
(ダメだ、こんなんじゃ……)
 ペンを放り出して、俊は机に突っ伏した。頭の中では、最近蒼と練習している曲が流れている。
(このままじゃ、塾に入れられる……そうなったら、蒼とギターの練習どころじゃなくなる。それだけは避けないと……)
 先程、父に成績が伸び悩んでいることを指摘されたばかりだ。塾には行きたくないと俊が頑なに言ったことがあるので、成績を保つならと父は渋々了承してくれていたのだ。
(やるんだ。これくらい、やらなきゃいけないんだ)
 俊は再びペンを持った。

 「……ちょっと強いかも。もっと優しく弾いてもいいんじゃないかな」
「優しく……」
 蒼に言われて、俊は少し力を抜く。無意識のうちに緊張していた。
「……あっ」
 今度は弾き損じる。俊はため息をついた。
「俊くん、疲れてる?」
 蒼に顔をのぞき込まれて、俊は慌てて首を振る。
「大丈夫だよ」
「……本当に?」
 ならいいけど、と蒼はまたギターを弾き始める。俊も弾き損じたところからやり直す。
(集中しろ。今は、ギターのことだけ考えて……)
「俊くん!」
 蒼の声に、俊はハッとした。
「あ、蒼……どうした?」
 蒼は何も言わずに俊の額に手を当てる。俊は予想外の蒼の行動に思わず固まってしまった。
「……熱があるわけじゃなさそう」
「俺、元気だけど……?」
「嘘つかないの」
 蒼はギターを置いて、俊の隣に座り直す。
「なんか困ってるなら、言ってもいいんだよ?」
 まっすぐで純粋な蒼の目がまぶしくて、俊は思わず目をそらす。
「……蒼、弾かなくていいのか?」
 黙って隣にいる蒼に、俊は話しかける。蒼は俊と同じようにうつむきながら答える。
「いいの。一人で弾いてたって、意味ないから」
 俊は目だけを蒼に向ける。
「私は、一緒にギター弾ける仲間がいるなら、一緒にやりたい。でもその仲間が悩んでるんだったら、ギター弾くよりも、悩みを解決する方を優先するよ」
 蒼の言葉を聞いて、俊は大きくため息をつく。そして気合を入れるように自分の頬を両手で叩いた。パチンと思ったよりも音が響いた。
「俊くん⁈」
 思いがけない俊の行動に、蒼は声をあげる。とうとう、二人の視線が合った。
「な、何してるの、俊くん……」
「気合注入」
「……大丈夫なの?」
 心配そうな蒼に、俊は微笑んでみせた。
「大丈夫、元気出た。ほら、ギター弾くぞ」
 蒼は違和感を覚えたような気がしたが、その正体はわからず、俊に言われるままギターを弾き始めた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み