第16話 Phase15

文字数 1,073文字

 「なあ蒼、知ってるか? ギターめっちゃ上手い人がこの学年にいるって話。放課後にこの階でやってるらしいんだけど、そのギター、聴いたことある?」
「……いや、ないよ」
 蒼は内心ドキドキしていた。まさか、噂になっているとは思ってもいなかった。
(バレたらどうしよう……)

 「え、噂になってんの、俺たち」
 俊も蒼と同様、あの話を知らなかったらしく、箸で一度つまんだから揚げを取り落としていた。
「ギターが上手いって言ってただけで、どんな人が弾いてるとかは何も言ってなかったんだけどね」
「いや……バレるのは時間の問題だろ。多分、放課後に残って聴こうとする人だっているだろうし。そうなったら、あの教室に入ろうとする人だって出てくる」
「さすがに私、みんなに打ち明けるっていうのは無理かな」
「そうか……」
 俊は考え込んでしまう。蒼は少し伸びた毛先を、指でくるくるといじる。
「……あのさ、蒼」
 俊が腹を決めたような声で呼びかける。思わず蒼も、何事かと身構えた。
「学校でやるの、やめようか」
「えっ……」
 俊の言葉に、蒼はショックを受ける。
「ギター、やめちゃうの……?」
「……まさか!」
 消え入りそうな蒼の声に虚をつかれたように目を見開いた後、俊は蒼の不安を笑い飛ばした。
「学校で、って言っただろ」
「どういうこと?」
「陸斗くんのところなら、弾かせてもらえると思う。そこなら俺たちがギターやっててもバレないだろ。まあ、陸斗くんの許可次第にはなるけど」
「なるほどね! でも……」
 蒼は気まずそうに目をそらす。
「どうかした?」
「私、この姿にはなれない……」
「大丈夫」
 俊は蒼を安心させるように力強く言い切った。
「陸斗くんの店、住居と一緒になってるから二階建てなんだ。俺がギターを弾かせてもらうときは上の階に行く。それなら蒼も、自分のなりたい姿になれるだろ?」
「俊くん……」
 蒼は声を震わせる。嬉しかった。俊がそこまで自分のことを考えてくれていたのが。
「……俺はさ、今の蒼とギターやってるのが楽しいんだよ。俺も蒼も自由にできてて。俺は、このままやっていたいんだ」
 俊の目は強く輝いていた。蒼はなんだか幸せな気持ちになった。
「私も、俊くんとギター弾くの楽しいよ」
「そう思ってくれてるならよかった。俺、上手じゃないし、いつも蒼に教えてもらってばかりだから」
「それが楽しいんだよ。本当にギターが好きだって思ってる人に教えるのっておもしろいの。自分が思ってもみないこと考えてたりするから」
 蒼は笑う。その笑顔は陽の光に反射して美しく輝いた。二人の間を吹き抜けた風が、紅葉を揺らしていった。
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