第28話 Phase27

文字数 1,069文字

 俊の提案に、蒼は息を飲んだ。
「そんなこと、できるの?」
「だから交渉次第なんだよ。で、どう?」
「たしかに、それならちゃんとわかってもらえそうだけど……」
 蒼はまだ不安げな顔をする。
「……蒼。不安なのは、俺も同じだよ。正直言って、俺の考えが受け入れられるほど甘い世界だとは思ってない。でもこれを逃したら、もうチャンスは来ないかもしれないんだ。だからちょっとだけ、俺にかけてみないか?」
 逃げられない。蒼はそう悟った。
「っ、でも、断られたら? 私のせいで、チャンスが消えちゃうかもしれないんだよ?」
「そのときは、縁が無かったと思って諦めるよ。俺は、プロになるよりも、蒼と演奏することを優先したいから」
(ここまで言われちゃ、逃げるなんて野暮ね……)
 蒼はとうとう笑った。
「わかった。信じてるよ、俊君」

 俊と蒼はそろって澤田たちのところへ戻ってきた。
「お、来たね。答えは出たかい?」
 澤田は興味深そうな目を向けてくる。
「あの、ちょっと話を聞いてほしいです」
「いいよ。続けて」
 俊は心を落ち着かせるように深呼吸した。
「社長さんは、どうして俺たちをスカウトしてくれたんですか?」
「それは質問だね、君の話じゃなくて」
 やんわりと指摘されて、俊は一瞬息を詰める。
「……そうでした、すみません。でも、答えてください。大事なことなので」
 挑むような俊のまっすぐな目を、澤田は気に入ったらしい。
「そうだね……偶然だったかもしれないけど、まずは君たちに会えたこと。それから勘。ギターの音が輝いて聴こえたんだ。この子たちなら、いい曲弾きそうだと思ったんだよ」
 俊は息をついた。
「あの、それなら、俺たちの曲をちゃんと聴いてください」
「たしかに、君たちがそれを望むのは当然だね。それで、いつ聴かせてくれるのかな」
 俊は震えそうな声を必死に抑える。
「もし……もし待ってもらえるなら、来年の俺たちの高校の学校祭で」
「それはそれは……」
 澤田はにやけそうになる口元に必死に力をこめた。
「どうしてそこまで待ってほしいのかな?」
「聴いてもらうなら、万全の状態で聴いてほしいので。それに、そこまで待ってもらえば、俺たちも自分の答えを見つけられると思います」
 澤田は、俊と蒼それぞれの目を見る。その目の奥に、まっすぐな芯が見えた気がした。
「……あっはっはっは! いい目をしてるね。わかった。その条件を飲もう。来年の学校祭、楽しみにしているよ。ああ、これは僕の連絡先だ。学校祭の日にちが決まったら連絡をしてほしい。よし、帰るよ山下」
 澤田は素早く支払いをして、あっさり店を出て行った。
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