第50話 Phase49

文字数 1,095文字

 「おまたせ、俊くん」
 やっと戻ってきた蒼を見て、俊は思わず息を飲む。
「え、何かおかしいところある?」
 俊が蒼を見つめたまま何も言わないので、蒼の眉が不安そうに下がる。
「あ、違う違う。なんて言うか……きれいだと思って」
「え、そんなにストレートに言われると照れちゃう……」
 蒼は照れくさそうに頬をわずかに染めた。
「俊くん、緊張してるでしょ?」
「え……なんで?」
「なんか顔が固いから。笑顔がこわばってるよ」
(ばれたか……)
 蒼に言い当てられて、俊は息をつく。
「俺、人前で何かすることってあまりないから。しかも、さっき体育館のぞいたら結構人いたし」
「たしかに。もしかしたら去年よりも多いかもね」
 そう言うと、蒼は俊の正面に座った。その手元には、かわいらしいポーチがある。
「ねえ、俊くんもメイクしてみない?」
「え、俺?」
「そうそう。あんまり濃くはしないけど、少しやるだけでもきれいに見えるよ」
 俊は断ろうかと思ったが、すぐに思い直した。
「……じゃあ、お願いしようかな」
 俊が断らなかったことに蒼は内心驚きつつも、メイクを始める。
「蒼、ちょっとびっくりしただろ」
「え、顔に出てた?」
 メイクのために目を瞑っている俊に言い当てられ、蒼は苦笑する。俊はにやりと笑いながら答えた。
「なんとなくだよ。ちょっとびっくりしてる、みたいな感じしたから。そう言うってことは、合ってるんだな」
 おもしろそうな俊の声に、思わず蒼の手が止まる。
「……メイクやってみようって思った理由とかあるの?」
 メイクを再開させながら、蒼は尋ねる。
「そんなにすごい理由じゃないけどいいのか?」
「俊くんが言って良ければ聞きたい」
 ふさふさとした毛のような感触をまぶたに感じながら俊は口を開いた。
「まあ、単純に興味だよ。蒼もやってるし、どうなのかなと思って。それに、新しい自分にもなれるかと思ったんだ」
「新しい、自分」
「うん。俺にはまだ本当の自分って掴みきれてないから、新しい自分を見つけていくのもありかなって」
 俊の言葉は蒼の中にも染み込んでいく。
「……かっこいいね、俊くん」
「え? 急にどうした?」
「思ったこと言っただけだよ。はい、メイクも終わり。見てみて」
 蒼に手鏡を渡されて、俊は自分を見た。
「え、なんか別人みたい……」
 なんだか目がいつもよりも強調されているようで、大きく見える。
「俊くん、もともとかっこいいから化粧映えするね」
 蒼は嬉しそうだった。俊も、ちょっと変わった自分を見て、どこかわくわくした気分が湧き上がってきた。
「じゃあ蒼。行こうか」
「そうだね、行こう」
 俊と蒼は目を合わせてうなずいた。二人の心がぴったり重なった。
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