第9話 新戦力

文字数 3,628文字

「うっ…!」
ダメだ。学校で倒れたあの日以来…元々回っていなかった指がどんどん回らなくなっている。左手のフレットの移動が前まではもっとスムーズに出来ていたはずなのに…!眠ってしまった数日間の間にまたあの感覚が抜けてしまったのか…!クソっ!前に峰先輩に貰って張った弦が倒れる前より数倍重く感じてしまう。駄目だっ…なんなんだよこの気持ち悪い感覚は!弾けば弾くほどに理想から悪くなっていくような感覚…ダメダメじゃないか。
「うーん…」
唸りながらも自分で深く深く深呼吸をした後、すっと友貴也から送られてきた曲を弾き始めた。高木さんのドラムがあのバンドに加わる。そのことを考えたらわくわくはしている。高木さんがどういうタイプのドラマーなのか。ちょっと気になるし…友貴也や峰先輩の演奏を聴いてなお自分が一緒に演奏したいと言ってきたんだ。それなりの実力はあるはず。でも、そうなったら友貴也が俺を切り捨てて新しいギタリストを探すこともあり得るのか…?いや、今からそんな不安になってどうする。そう思いながら俺はまた弾いて弾いて弾き続ける。
「何か…!何か光が欲しい!」
そう願いながらまた弾き続けている。何か助けが欲しい…!そう思いながら俺は考え続けていた。弾いては弾いては何もつかめないまま倒れ、起きて弾いては未だ何もつかめないままだ。峰先輩から硬い弦を貰って良い中低音が響いた時、自分は中低音のイメージが得意なのかと思ったのだが、峰先輩に呆れたような顔で笑われたので自分の魅力はそこじゃないと言いたいらしい。なら、なぜ峰先輩はあのようなアプローチを仕掛けたんだ。自分のギタリストとしての魅力は一体何なんだ…。
「うーん、もう30分経ったか。今日はここまでにして部活の曲をしないと間に合わなくなるな。」
そう言いながら、またアンプ、エフェクターのセッティングをちゃちゃっと終わらせてRoseliaの曲を練習し始めた。よし、このバンドのギターのセッティングはこうだな。始めるか。弾いて弾いて弾き続ける。このバンドのギタリストも同じようなことを言っていたな。きっと俺と同じように練習ばっかりで面白くない学校生活でも送ってるんだろう。少なくとも、今の俺のギターばかりを続ける人生は少なくとも俺以外の人間から見れば面白くないんだろう。だが、今の俺はこれしかない。これしかないんだ…!兄さんはずっとなんでも俺の前を行く人間。唯一勝ち目があるのはこのギターだけなんだ…ギターだけなんだよぉ!!
「~♪~♪」
おっと、友貴也から電話か…そう思いながら俺は携帯を手に取った。
「すまない、浩人。今から言うことに行けるかどうかで言ってくれ。別に今決めてくれなくてもいい。」
「なんだ?」
「お前、俺の住んでる家に一緒にすまないか?」
「馬鹿言うな。何が悲しくて男二人で住まなきゃいけないんだよ。いくらなんでも今の俺に家庭の問題があるからって男二人で別の家に住むほどの問題じゃねーよ。」
「家庭の問題って…お前。何かあったか?」
「いや…ちょっと…な。お母さんがちょっと暴力的なくらいだよ。」
ちょっと…ね。フライパンで何度も何度も何度も殴る程度だよ。
「その話、詳しく。」
なんか今日の友貴也はかなり俺に踏み込んで話してきやがるな…。そう思いながら俺は詳しくと言われたので詳しく話す。
「あぁ、この前倒れた時あっただろ?あれ、それなんだよ。」
「そうだったのか!…どうしてお前はそんな家庭で生き続けるんだよ。」
どうしてそんな家庭で生き続けるんだ…?そんなの、俺だって父さんに会いたいんだよ、俺も父さんと一緒にまた演奏したかったんだよ!ただ…
「両親が離婚してそう生きるしか選択肢がないからだよ!いい加減にしろ!もういいだろ!とにかく、お前の家に世話になる気はない!じゃあな!」
そう言い切って俺は電話を切った。全く、そう思いながらまたスマホで動画サイトを開いて曲を流し、ギターを練習し始めた。

「さて、じゃあ『ドラマティック』から始めましょう。準備大丈夫ですか?峰先輩。浩人。高木さん。」
「こちら準備大丈夫だ。峰先輩大丈夫ですか。」
「ふぅ…OK。いつでも大丈夫だ。高木さん?」
くぅーっ、私、今この空間に居るのがとっても痺れるなぁー!
「4カウントで行きますよー!YUKIYAさんっ!」
「あぁ、頼む!」
その声で私は気合が入って、4カウントから思いっきり叩く!
「心のどこかで皆が探している軌跡のようなものを 人は『ドラマ』って名付けたんだよ」
それを皮切りにHIROTOさんも、TAKERUさんも思いっきり暴れているのが正面の鏡から見えた。面白い位に動き回ってても演奏は正確で…やっぱり2人の先輩はとてもスゴい!これは私が何か変なこと考えた瞬間に置いていかれるんじゃない?いやいや、とにかく音楽に自分が乗ること…集中集中!
「自分が走り続けて いつか朽ち果てるまで そのドラマは永遠に続いていく」
YUKIYAさんの歌声も透き通りながらも芯が通っていてとても聞いていて分かりやすく…メリハリもあって叩きやすい!何これ…!こんな感覚初めて!今はゆっくり叩いているだけなのに体が勝手にこう叩きたいって何も考えずに次のビートを叩ける!スゴい…!これが高校生の皆さんの実力…!?そう思いながら私はただただドラムを叩き続けていた。なんだろう…スゴく楽しい!
「この世に生を受けた時に ドラマは始まって 悲劇とも喜劇ともいわれ続けてく」
HIROTOさんのギターはすごくこの曲に合っている音作りが出来ているし、TAKERUさんも6弦ベースを完全に自分のものにしていて…なんなの…この人達!
「壊れ切ったこの世界に 心は蝕まれる一方で 表現できない感情をすべて『仕方ない』で済ましてく」
怖い位自分でノリノリになっていて勝手にスティックが自分の手を回る!私、スティック回しはしない派なんだけどな…。なんで私こんなに叩けてるんだろう…まるで私、この三人の先輩方に引っ張てもらってる!?不思議な感覚で…叩いていて物凄く楽しくて…終わってほしくない!
「ぶっ壊れたこの心じゃ 苦し紛れのこの世界じゃ ドラマは全て悲劇的になるなんてそんなの当たり前だろ」
このタム回し、練習の時より滑らかに叩けてるし音数も即興でガンガン音を入れられててスゴい!タム回しが終わってからTAKERU先輩が少し驚いた表情でこっちを見てきたっ…やった!上手いこと出来ているのかな!
「壊れたやつらに世界を生きる資格はない ただこの世界の理不尽に押しつぶされるのを待っていろ」
サビに入ってYUKIYAさんのギアがもう1段階あがった!何この人…!まだ隠し持ってる実力があるっていうの!だとしたら…この人、今までここで見てきたどのボーカリストの人たちよりすごいポテンシャルを隠し持っているんじゃないかな…。YUKIYAさん、感情を全部詰め込んでくれているし叩きやすくてすっごく楽しー!!
「苦しんでるやつらは救ってやれ 俺たちみたいな壊れた住人をこれ以上増やして欲しくなんかない」
YUKIYAさんのボーカルのスタイルは…感情を優先していくような人なんだな。それに曲によってスタイルチェンジ出来るHIROTOさん。リズムが物凄く正確で6弦ベースって実力を期待されるのに、その期待をはるかに上回る実力で、自分が出るというより、しっかり見守る最年長者の風格が出ていてスゴく見ていてあれだけ出来る先輩方が他の楽器の私でも羨ましい。
「壊れる様は決してドラマティックなんかじゃない!」
YUKIYAさんのここのロングトーンで肺活量の凄さが実感できる。私は、この皆で出来る音楽を、ドラマーとして一緒に走り抜けていきたいです!

「はぁ…とりあえず、3曲やってみましたけど峰先輩。浩人。どう思う?ちょっと協議してみようか。」
俺はこの前のイベントで披露した3曲を通して、高木さんのドラムがアリかナシかをどう判断したか2人に聞いてみることにした。
「いや…俺としてはもう即了承どころかむしろこちらからお願いしたいくらい上手かったがどうですか峰先輩?」
浩人としては、もう寧ろウェルカムらしい。
「俺も…OKではあるんだが、高木さん!」
「はーい、何でしょうかっ!」
「ドラマティックのサビ前とかが顕著だったんだが、即興で音入れるのってテンションでやってる?」
確かに、俺の送った音源とはかなり音の数がまるで違った。
「はい!気分が乗った時にじゃんじゃん入れてしまうんです…。やっぱり…ダメですよね…?」
「はぁ…分かった。俺としては少しやりづらいが、テンポキープをしっかりやってくれ。それさえやってくれたら俺の方で何とかする。じゃあ、俺もOKだ。」
それを聞いて、俺は高木さんの方を見た。
「じゃあ、これからよろしくね。MITSUHA。」
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