第21話 光の黒

文字数 5,244文字

「今大丈夫かな?梨奈ちゃん。」
控室前に私1人でメンタルを整えていた私を見かけたメンバー3人が揃って駆け寄ってきて朱里ちゃんがいきなり話しかけてきた。
「ええ、構わないわよ。」
私も無下にする訳には行かないので朱里ちゃんにニコニコしながら答えた。
「じゃあ、問題です!この衣装の意味、分かるでしょーかっ!」
朱里ちゃんの顔を見た後に私の服をしっかりと見た。白のセーター服を襟以外カラフルに塗った服に色とりどりのフリルが付いたスカート、政樹君は青いジーンズに白いTシャツでシンプルかと思いきや靴が白を基調としていながらも何色使っているのか分からないくらいカラフルなスニーカー。確かに、何か意味がありそうな気はするけれども…。
「ごめんなさい。朱里ちゃん。摩耶ちゃん。作っていただいて言うのもあれだけれどもさっぱり分からないわ…。」
「えぇー、梨奈ちゃーん!まっ、今から言うから忘れないでね!」
正直に言うと、摩耶ちゃんが頬をぷくーっと膨らませて私の肩をバンバン叩いてきた。正直、痛いから止めていただけないかしら?
「止めろ止めろ。摩耶。梨奈さんが痛がってるじゃないか。」
「あっ、ごめんね!梨奈ちゃん!」
「いえ…分からなかった私にも非はあるわ。」
「いや、朱里と摩耶のセンスは独特だから言葉を介さないと分からないと思うぜ。」
「ひどいー!政樹ー!」
「そうだろ?朱里。」
「なんでそこで私に振るの!?」
本当にこの3人の仲の良さは最近知り合った私から見ても羨ましいほどに男女の友情があるということを教えてくれている。本当に私にもこの位フランクに話せる男の子の友達が欲しかったと思うわ。
「ほら、説明してあげろよ。朱里。」
「そうだった!」
「えぇ、お願いするわ。」
政樹君と朱里ちゃんのほほえましい会話に私もそっと言葉を添えた。そして、朱里ちゃんの口からすらすらと意図を説明する言葉が出てきた。
「まぁ、今回の衣装は、見て分かる通り『カラフル』!バンドって色々な個性があるから見ていても聞いていても楽しいものだと思うし、奏者一人一人にも個性があるって私は思うんだ!」
「なるほど。その個性を象徴するのがこの『カラフル』ってことかしら?」
「そういうことー!梨奈ちゃん、分かってきたー!?」
「摩耶は黙っておけ。続けて、朱里。」
政樹君が摩耶ちゃんの口を手で思いっきり塞いだ。この子たちに色欲は無いのかしら?それとも、距離が近すぎてそう言う目で見れるわけがないということかしら。
「でも、個性だけをぶつけていても音楽って駄目じゃない?」
朱里ちゃんが私にそう問いかけてきた。確かに、個性の潰し合いになってしまって良さが全部消えてしまった演奏なんて吹奏楽部時代によく聞いたわ。だからこそ個性だけでなく統率は必要なのだろうと思うわ。
「その顔は納得してくれているわね。吹奏楽部でもそういう演奏を聴いてきたのかな。個性の中に統率がある。それが、この白よ!」
そう言いながら朱里ちゃんがセーラー服の襟をひらひらとさせた。摩耶ちゃんもそれに合わせてひらひらとさせたものだから視線がうるさく感じてしまった。
「はいはい、分かった分かった。分かったからお前らはそのバサバサさせるのを止めろ。」
「「えーっ!」」
「えーっ!じゃない。摩耶、朱里。バサバサうるさいんだよ。」
政樹君が朱里ちゃんと摩耶ちゃんの襟を止めさせた。政樹君は二人の問題児を取り扱うのが大変そうで心中お察しします。
「分かったー。」
頬を膨らませて摩耶ちゃんが必死に甘えているが、政樹君は静止をしていた。本当にこの3人兄妹は面白いトリオだと思うわ。この人達の息のピッタリさは誰がボーカルを務めていても違和感が無くなるように演奏をしてくれているのが私にとってはありがたいわ。
「Raiseさん、本番5分前です!舞台袖までお願いします!」
「行きましょう。朱里ちゃん、摩耶ちゃん。政樹君。」
スタッフの呼びかけが聞こえたので私は朱里ちゃん、摩耶ちゃん、政樹君の順にしっかりと目を合わせて目線で思いを伝えた。
「じゃあ、円陣でも組もっか!朱里、摩耶。梨奈さん。」
「良いねー!やろうやろう!」
「良いよ。梨奈ちゃんもいい?」
「えぇ。政樹君が提案するのも珍しいですから。」
私たちは肩を組み合った。そして、
「アレで行くぞ。朱里。摩耶。」
政樹君がいつもよりも落ち着きのある、荘厳な声でそう語りかけた。
「おっ!久しぶりだね!」
「久しぶりだなー!気合入っちゃうね!梨奈ちゃん、2回『We are Raise』って答えてー、最後の1回は『We do Raise』。そして、最後に『おー!』。頼んだよっ!」
朱里ちゃん、摩耶ちゃんがそう答えた後、小さく「行くぞ」と声をボソッと吐いてから大きく吸って政樹君が声を発した。
「Who are you!!
「「「We are Raise!!」」」
「Why do play!!
「「「We are Raise!!」」」
「Drop or Raise??
「「「We do Raise!!」」」
「レイズしたからには絶対退けねぇ、全力で行くぞっ!!」
「「「おーっ!」」」
へぇー、このバンド名ってポーカーから来てたのね…。そう思いながら私は円陣が解かれた後、ギターとベースをスタンドから持ち上げる朱里ちゃんと政樹君をよそに摩耶ちゃんと2人で舞台袖へと向かっていった。


摩耶ちゃんがRLKと言っていたタカタンのリズムから両方のクラッシュシンバルをクレッシェンドで叩いていく。正直、気持ち悪いほど最初が似ているのだけれどどうにかならなかったのかしら。摩耶ちゃん。そう思いながら私はどんどん強くなっていく照明でどういう演奏をしてくるのか。という表情の観客の皆さんが見えていった。
「こんにちは。Raiseと申します。まずは軽く、メンバー紹介を。ギター、朱里。」
軽くそう振ると朱里ちゃんは「よし来た!」と言いたげ表情でソロを30秒ほど弾き、場内が少しざわついた。そしてその流れで「もらった」と確信した私はそのまま
「続いて、ベース。政樹。」
次に振った政樹君は、さっきの朱里ちゃんのそれとは違うけれども「任せろ。」といった表情で、最初は本来やらないはずのピック弾きをしていたものだから、場内は少し冷めたかと思ったその瞬間を見計らい、ピックを舞台袖へ投げ捨てた。そして、次の瞬間。スラップ、タッピング、ハーモニクスにゴーストノートと様々なテクニックを彼が魅せていき、場内はソロが終わるとドッと歓声が起きた。
「ごめんなさい。彼は指弾き専門なのに間違ってピックを持ってきちゃったみたい。そんなおっちょこちょいな彼を許してくれるかしら?」
私が観客の皆さんに振ると、拍手が起こって政樹君はホッとした表情だった。掴みはこれでオッケーみたいね。じゃあ、最後に決めてよ?摩耶ちゃん。
「そして、ドラム。摩耶。」
摩耶は「待ってました」と言わんばかりに裏打ちから16分3連や6連符など様々なリズムを叩き分けてそれでいてリズムが正確な音数の多いフィルインととても新高校2年生4人で組んでいるとは思えないほどのアピールをしてくれた。観客を見ると、少しざわつき始めていた。
「おいおい…O’verShootersが出てきたと思ったらここもとんでもねぇーな。…今年のFight of Rockの関東は激戦かぁ?」
そういう声も聞こえた。正直、私が大嶋部長と比べられるのは最早そういう運命なのかもしれないと、心の中で割り切れてしまった私が居た。
「そして最後に私が、ボーカルの梨奈です。よろしくお願いします。それでは早速聞いてください。1曲目『Magic hour』。」


「それでは早速聞いてください。1曲目『Magic hour』。」
武田はあのやけに落ち着いた声で1曲目の題名をコールした。そして、それを聞いてからスティックでカウントをとるドラムの摩耶さん。峰先輩の妹さんで俺たちと同級生らしい。峰先輩は祈るようにその光景を見つめていた。妹と妹の幼馴染達のバンドなのだから当然だろうか。
「Magic hour 光の中へ」
「We go now!」
「Magic hour 走りだそう!」
ベースの人に注目して聞いてみるとプレイスタイルの根幹は峰先輩が教えていただけあって正確無比って言葉が似あうが、6弦の音で戦う峰先輩に比べて、4弦で戦うベースの男の子は峰先輩が出来ない『動き』の部分に注力しているように見える。そして、首を逆方向に向けてギターの方に注目すると、タイプとしては浩人に似て曲の感情を分かってそれに合わせるように抑揚をつけることが得意なギタリストなのだろうと感じた。まだ1曲、それも始まりの30秒ほどしか聞いていないから分からないがこういう明るい曲が得意なのか、はたまた万能型なのか、そこは分からないが男性特有の力強さを持つ浩人と女性特有の繊細さを持つギターの女の子。ギターもベースも俺たちのバンドと似た者同士なのかもしれないな。寧ろベースは師弟関係という方が正しかったのかもしれないが。
「沈む夕日君と出会い 一緒に帰った下校時間」
では、ドラムとボーカルはどうか。という話になる。まずは、ドラム。さっきの自己紹介の時からそうだが様々なリズムを叩き分けたリズムの正確さは兄譲りだ。だが、あの自己紹介の時と言い今の演奏のフィルインと言い音数が多いという点では派手好きなのか?
「君の笑顔話す声が 日々日々 元気づける」
ボーカル、武田こと化け狐はやっぱり表現力に関しては積み上げてきたものが確立されているだけあって演奏でも歌でも確固たる意志を感じる。それは吹奏楽時代に低音のチューバであっても感じたのだから主旋律を演奏する立場になれば否が応でもってことらしい。
「愛を友情を 好きも誠実も 未来変えて 光になる」
Bメロにありがちなテンポ半分、来る来るという気配がなくいきなり来たので多少驚いたがそれでもリズム隊に注目してみるとテンポの変化に全く乱れていない。さっきのテンポ変化を察させない点やテンポが変化しても崩れないリズム隊。なるほど。リズム隊は峰先輩の弟子と妹、さらに同い年の幼馴染だけで組まれている楽器隊からくる安定感と連携がこのバンドの武器か。バンドの魅力としては俺たちと同じようだが、俺たちは個々人の技術からくる意思疎通が最初で後に関係性を築いていっている。が彼女たちは逆で最初から私生活でお互いのことを理解しきっていたうえでそれを演奏に活かしている。この似ているようで違う差が俺たちと武田のバンドで差を生んでいくのだろう。
「夕闇と沈む太陽が 空を染めていく」
サビに来た!そして、そのサビと同時に黒色の衝撃が走った。またこの感覚か。あの卒業ライブ以来、時々普通は見えないはずであるイメージ像に近いものが見えるようになったのだがどうやらそれは誰でもと言う訳ではないらしい。そしてこれが見える以上散々俺から逃げて機会をうかがい狡猾に仕留めた、浮田から『逃げの女』と呼ばれた女でも一般的には充分通用するだけの実力のある女であることは分かりきっていた。だからこそ嫉妬に狂い、嫉み、感情に埋もれて自分の良さを見失ったボーカルがただただ可哀想に見える。
「燃えるよ 私の夢を乗せて」
ギターコーラスも実に上出来。武田のレベルは高いボーカルにしっかり合わせてハモる音感は本当によく優れている。この人単体でもボーカルを務め、スリーピースバンドを出来るだけの素養はこのバンドにあるはずなのにそれをグッと堪えて自分はコーラスに身を引いているあたり、自分以上の力を持つボーカルを知っていたということ。武田なのか…はたまた、別の人物なのか…。
「染まる黄金(こがね)に滲む青 悲しいまでのグラデーション」
黒色の衝撃は実際の照明と合わさって様々な色へと、黒いながらも色相を徐々に変化させては元の黒へと戻っていった。それでいて恐怖心は何もない。俺の根幹にある『自分が凄いと認めたうえで相手を認められるようになれ』という父の教えが影響しているのかもしれない。自分は努力でつかみ取った実力であると考えているが、それを元から持っている大下先輩や大野部長、それにこの武田が羨ましい。だがそれを望んだところでどうにもならないのだから長年の経験で培ってきた経験則的な音楽勘やイメージ力という技術で才能を模倣していくしかない。
「想い人願う 私のようで」
サビの終わりに向けて黒色の衝撃が体中から放たれた。流石だ。曲がりなりにも俺や浮田に渋澤先輩と並み居る実力者を支える演奏をしてきた実力者だ。問題は、その曲がりまくった性格を治してくれる師のような存在に出会えるかを期待して俺は間奏で再び楽器隊の演奏へと耳を傾け始めた。
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