第16話 自分には何が出来る

文字数 2,787文字

3月中旬の少し暖かい12時5分。俺は、卒業ライブが終わって初めての月曜日に玲華先輩の提案から玲華先輩の指導を受けることになった。
「どうだ。緊張するか?友貴也。」
「指導を受けるなんて1年…もっとか。そのくらい前が最後ですからね。」
屋上で、渋澤先輩と俺をここに呼び寄せた張本人。玲華先輩が澄み渡る青空のもとで迎えてくれた。
「まず、大嶋君。この場に来てくれてありがとう。」
玲華先輩は表情一つ変えないものの、指導を受ける立場の俺に対して丁寧に礼をしてくれた。
「いえいえ、僕も卒業ライブでRoseliaのコピバンをしてらっしゃった玲華先輩に何か分からないですけど奇妙な感覚を覚えたのでそれについて少し考えたいと思ってたところだったんですよ。」
俺もそう言って、礼をし返す。すると、やはり発言の一部に渋澤先輩は突っかかってきた。
「奇妙な感覚…?どういうことだ。」
「私も気になるわ。」
そう返されたので、俺はあの日、自分の中にあった感覚を詳細に説明した。大野部長のステージで演者と客の一体感に空気が対流するような流れが見えたことや、玲華先輩が歌っている際に玲華先輩から燃え上った青白い炎について。
「なるほど…。大野部長のことはもうここにいないから詳しいことは憶測でしか分からないわね…。」
「でも、玲華さんにも感じたんだろ?その、実際にはないものが音を通して見えるっていうの。なら玲華さんの事例から考える方が良いんじゃないか?」
「そうね。そうしましょう。それで良いかしら。大嶋君。」
「はい。」
「じゃあ、立ち話もなんだし、お弁当でも食べながら話しましょう。」
玲華先輩は、床にしゃがんで、弁当箱を開けた。ただそれだけだが、動きの所作ひとつひとつが丁寧で美しかった。そして、1つの事例に焦点を当てて、原因を突き止める。ただ、俺が気になったのは玲華先輩の歌でもLOUDERとFIRE BIRDの2曲だけだったこと。それが同じ人なのに、その2曲しか炎のイメージが見えなかったという点で気になる。もし、共感覚的なものなのだとしたら今もこの学校の校庭とかで起きているざわざわとした校内のあらゆる音にカラフルなものが見えなきゃいけないはず。…あの感覚は何だったのか結局1人で考えても考えても結論には至らなかった。
「まず、前にもそのような感覚になったことはあるかしら?」
玲華先輩にそう言われて、過去を必死に思い出すが、中学校3年間の間にそんなことになった覚えはない。小学校以前の記憶は曖昧になってしまっているから覚えていないだけでそう言う感覚はあったのかもしれない。…が、まぁ無いだろう。
「恐らくないと思います。」
「そうか。まぁ、友貴也が自分で奇妙な感覚って言ってるんだから、過去にそうなった覚えがあるっていう方が珍しいだろうなと思ったけどな。過去からの手掛かりは無し、か。」
「えぇ。そういうことになるわね。」
渋澤先輩と玲華先輩がそう言って残念そうにしていたのに思わず俺は「申し訳ありません。」と謝ったが即座に「気にしなくていい。」と2人から揃って謝り返されてしまった。
「でも、さっきも話した通り、ずっとそういう、見えないものが見える感覚があるわけじゃなくて大野部長が歌っていた時と玲華先輩が歌っていたとき。それもLOUDERとFIRE BIRDだけなんですよね。」
「私も、それは気になるのよ。大野部長はともかく、どうして私の時はその2曲だけだったのかしら。」
「僕も気になっているので…僕にそのときの玲華先輩がどう見えたかを出来るだけ頑張って伝えてみます。」
「よろしくお願いするわ。」
「頼んだぜ。友貴也。」
玲華先輩と渋澤先輩にそう言われ、俺は出来る限り鮮明にあの日俺に見えたものは感じ取ったことを伝えようとした。
「あくまで、僕が感じたことなので合っているかどうかは別として…最初にその炎が見えたLOUDERのサビの入りは…玲華先輩は歌詞の関係もあって、亡くなった玲奈先輩のことを考えているのかなと感じました。特に『輝き溢れゆく あなたの音は私の音でTry to 伝えたいの』の部分は玲奈先輩の人となりを姉として誰よりも近くで見てきた自負があるからこそ亡くなられた玲奈先輩の良さを玲華先輩が引き継ぎたい。という決意が、『届けたいよ全て』の部分はその決意を途中で投げ出さず、生きていた玲奈先輩の全てを残していきたいということ。…さらに『あなたがいたから私がいたんだよ』の部分も、きっと双子で生きていたからこそ互いに影響を受けた部分を考えていたんですかね。ただ、最後の1フレーズ。あそこだけは渋澤先輩に宛てて歌っているように感じました。『No more need to cry』…簡単に訳すと、『もう泣かなくていいんだよ』。その言葉だけは…玲奈先輩に投げかけるよりも、同じ残された人として渋澤先輩に語り掛ける方が自然と考えたんでしょうか。ただ、LOUDER全体を通して玲華先輩からは『残された姉として妹の良さを誰よりも知っているという自負と共に妹を忘れないため進んでいく姉の姿』を僕は見ました。逆に、FIRE BIRDの『潰えぬ夢へ燃え上がれ』の部分やサビは基本的に渋澤先輩のことを考え、『たとえどれだけ絶望しようとも、立ち上がる姿のすばらしさ』を伝えたいのかな。と考えました。そして、そのさっき言ったところだけが…その青白い炎が見えた個所です。」
玲華先輩は何故か驚いたような表情をしていた。それと同時に「どうかしたか?玲華さん。」と渋澤先輩が少し不安そうな表情で質問をした。
「いえ…曲に込めた心をここまで正確に言い当てられたのは…初めてだったから…。」
「本当にそうだったのかよ…。良く分かったな。友貴也。そして、今のお前の言葉でちょっと分かったかもしれない。」
そう言って、渋澤先輩は考え込んでいた姿勢を止め、顔を上げて俺と目を合わせてきた。
「お前、中学時代から…いや、もっと前からかも知れねぇけど。感受性が豊かでそれを表現するのがお前の強みだったんだよ。だから、きっとお前がもっと小さい…3歳とか4歳くらいのときには同じようなことが起きてたんじゃないか?それが、時間が経って大人になるにつれて現実を分かりだした。お前のトラウマになっているあのクソ顧問が発端のいじめもそうだ。」
なるほど。確かに言われてみれば小学校の後半のときには表現豊かにピアノを演奏するようになっていたような覚えがある。浮田もそんな俺の演奏が好きで、いまだに忘れられないのかもしれない。
「それが、今回の大野部長や玲華さんの強い感情のこもった歌によってもう1度その感覚が戻りかけているんじゃないか…?」
渋澤先輩のその一言に、自分は本当の自分の出来ることを少し疑ってしまった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み