第1話 光ある邂逅

文字数 8,424文字

4月5日、朝の白い光に照らされる桜吹雪を俺はただ「入学できてよかった」と感じてみていただけの1年生の時と違って、帰宅部であるにもかかわらず「浩人のいる軽音楽部や、浮田と横田のいる吹奏楽部、純平のいる野球部はどんな後輩が入ってくるのか」と考えを巡らせてながら見ていた。そして、高木さん。MITSUHAは無事に何事もなく新しいクラスに馴染めるといいのだが…。そういう風に色々なことを考える2年生最初の朝となった。1年生の時にはかなり余っていた制服も2年生になって少し余る程度には体がサイズアップした。色々な面から1年間の成長を感じて感慨深いものがある。
「ゆーくん!」
去年も俺がこの桜吹雪を見ながら考え事をしていたときに浮田が話しかけてきたな。そう思いながら俺は声のでかいショートカットのチビ、浮田 ことみの方を振り返った。
「どうした。浮田。」
あの時のぶっきらぼうな表情とは違って今年はにこやかな表情で全く同じ返答をしてみた。
「えへへ、私たちも先輩だね!」
「あぁ…そうだな。」
俺はそう言いながら、1年前に比べて少し周りを見るということを覚えた浮田をじっと見つめた。すると浮田は多少顔を赤らめて
「何々?やっと私と付き合う気になった?」
と言ってきやがった。前言撤回。こいつ、俺の表情の要素をすっ飛ばす頭お花畑野郎だったわ。
「それだけは無いから安心しろ。」
頭に右の拳をコツンと本当に軽くぶつけた。ふと周りを見てみると去年まで3年生のカラーだった緑色のチェックスカートのブレザーの新1年生が見えた。
「あっ!あれ…O’verShootersのYUKIYAさんじゃない?」
「白髪の生徒って耀木に居るんだ!」
うっすらとそういう声が聞こえたので俺はニコニコしながらも2年生の教室へとさりげなく浮田を誘導していくことにした。取り巻きが増えるととことん面倒なことになる。そうなる前にさっさと退散しないとな。


「あら、あの子。昨日も軽音楽部の体験入部に来てくれていたわよね?」
玲華さんが手で示した先には綺麗な黒髪が特徴の150㎝ほど?の新1年生の女の子が部室の前に立っていた。ドアは締め切っているのでこちらの声は全く聞こえないはず。そう思いながら改めて周りを見渡して状況を把握する。始業式が終わってから2年生3年生の1発目の学年テストの1日目が終わってこっちはヘトヘトだというのに新入生たちは知ったこっちゃないって感じで軽音楽部に来る。午後4時から体験入部開始なのに15分前から来られても困るんだよな。ただ、今日は俺がギター担当で玲華さんとまさが全体的な質疑応答。ベースは律がいてドラムには高瀬、万が一にもキーボードに人が来た時用に田代(たしろ)と全体的に楽器体験をするにはコミュ力が高いほうのメンツが集まったんじゃないだろうか。それに人が足りなければ2年生が後から合流してくれるはずだし、とりあえず、楽器の様子を見てダメそうならまさを行かせよう。
「ギターはまだ準備中だ。ベースとドラムは?」
「昂樹、ベースOKだよー!」
「ドラムはちょっとまだチューニングしてる。それさえ終わればOKだ。」
俺が二人に話しかけると、律も高瀬も答えてくれた。続いて、
「田代?キーボードは?」
「OKです!渋澤部長!」
「部長呼びはやめろって、同期なのにむず痒いだろ。じゃあまさ!」
「はいよ!」
「あの子のやってみたいパートを聞いてベースかキーボードなら案内してくれ。もし違ったら玲華さんと年間スケジュールとか話して間を持たせてくれ!」
「了解!」
そう言ってまさに指示を出した後に、玲華さんに俺は話しかけられた。
「あの子。昨日も来てたから覚えているのだけれど…高木 三葉さんっていうの。彼女のドラムは1回聞いておくだけの価値はあるわ。なんと言うのでしょう…どこか、獣のような、野性的な…というのかしら。衝動的なドラムをしているわ。」
「そうかい。それは気になるな。」
音楽の歴が長く、それなりに厳しいはずの玲華さんがそこまで言うんだ。何かしらの才能はあるのだろう。俺は才能がどういったものなのか、興味本位で高木さんという新入生を見つめていた。が、
「おい、昂樹。手が止まっているぞ。きっちりあの子がドラムに来たときはお前に教えてやるからお前はギターの準備をしろ。」
高瀬の一言にハッとした俺は急いでMarshallの真空管を暖め始めた。
「おい、渋澤。」
俺がアンプを操作し始めてからすぐにまさが部室に入ってきた。どうやら、俺を呼んだことで間違いないらしい。
「なんだ?」
俺はシールドを部室機材のギターに刺しながら、つり眉細目で凛とした面の短髪男に応えた。
「さっきお前が話して来いって言ってた女の子からお呼びだ。」
「は?どういうことだ。まさ。」
全く分からん。俺が部長と言うことを昨日誰かが話したのだろうか?なら、俺が部長で部長に直接聞きたいことがある。という形で俺を呼び出すのは辻褄があう。が、昨日俺は入学式終わりで生徒会の方に会計として出向いていたから俺がどういう人かを説明するには写真でもない限り、この若干頬がくぼんでいる以外特徴の無い面構えを説明するのは難しいだろ。となれば、ギターか?それもないだろう。玲華さんがドラムをあれだけ推していたのだし。一瞬でそれだけの考えを巡らせたが分からないまま、まさが口を開く。
「なんか良く分からんが、浩人の知りあいらしい。で、お前と話してみたいんだってよ。」
なるほどな…。浩人。どこであんな子と知り合ったのかは知らんが、どうやら俺の話は絶対にやっているらしいな。だが…準備はどうしたものか…。
「準備、なんなら指導の担当の日が俺もあるからそのまま変わっても良いぞ?渋澤。」
俺の表情からまさが気を利かせてくれたのか、俺の不安要素を全部受け持ってくれることとなった。
「すまない。まさ。今、Marshallの真空管を暖め始めたところだからまだMarshallは触らないでくれ。」
「了解!まぁ、任せておけって!俺もギターやってるんだからちゃんと準備とか指導はやるって!」
「信頼してない訳ないだろ!まさ。…まぁ、お前には状況を伝えておかないとそのままMarshallのスタンバイを上げそうだったから言っておいただけだ。」
「充分ひでーぞテメー!」
笑いながらまさは俺に詰め寄っていった。
「はいはい、まさー、ドー・ドー。」
それを不味いと思ったのかすぐさま律がフォローに入った。本当にこう言う所は抜け目のない彼女だと思うよ。良い彼女を持ったな。まさ。そう思いながら俺は部室のドアを開けて
「んじゃあ、行ってくるわ。」
お似合いカップルに笑い返して俺はバタンとドアを閉めた。
「お待たせしました。高木さん?だよね。昨日もいたうちの部員に名前だけは聞かせてもらいました。」
「はい!高木 三葉です!よろしくお願いします!渋澤さん!」
見た目に反して意外と元気系の子なのか。そう思いながら俺は丁寧に丁寧に丁寧に話すことを心掛けた。まぁ、浩人の知り合いなのだし、俺の名前を知っているのは当然か。
「で、俺に何を話しに来たの?」
そして、多分この子に他愛もない話をしてもダメだろう。そういう雰囲気を感じ取った。この子の目はきっとそういう目だ。
「私、O’verShootersっていうバンドでドラムをさせてもらってるんですけど」
おっとぉ、この子が前に友貴也が「内部進学でヤバいドラムがくるんで覚悟しておいてくださいね?渋澤先輩。」って言ってたやつか。この前、ZEEXでイベントにO’verShootersが出ていたのは知っているがZEEXは写真は出しても映像は出さない主義だから演奏を聴けている訳じゃないんだよな。もちろん、俺としては友貴也や浩人。峰と組めるだけのドラムセンスのある子なのだから軽音部に引き入れたいところだ。
「O’verShooters…うちの浩人がギターやってるバンドだな。」
「はい、そうです。でも、浩人さん『耀木の軽音部に入るなら俺はお前と部活では組まないようにするから。』って言ってるんですよ!どう思います!?」
両手を握りしめて熱烈に訴えかけるが…当然じゃないだろうか。
「そりゃあ…当然だろう。」
「なんでですか!」
「浩人が同じ理由かは知らん。が、俺なら、高木さんへのアドバイスは部活じゃなくてバンドでやればいい。部活にしかいない人。例えば、今そこでドラムの準備してる高瀬とか。そう言う人からアドバイスを少しでも多く貰って欲しい。ってことだろ。あと、贔屓目に見るかもしれないし。」
俺は俺が思うだけの理由を並べてみた。すると、どこかしらに行っていた玲華さんが階段から上がってきて高木さんに向けてこう言った。
「そうね…部活でも一緒に組みたいという気持ちは分かるけれども、彼も彼で部活に100%を注ぎ込みたいのだと思うわ。部活中に、自分の違う所で組んでいるバンドのことを考える時間は要らない。部活は部活、バンドはバンドと切り替えていく。という心構えを高木さんに示そうとしているんじゃないかしら。」
俺がどこから来たんだよ。という表情を玲華さんに向けていると「失礼。少々お手洗いに行っておりました。」と本当に小さな声で答えてくれた。当意即妙もこの2人の間ではうまくなってきたものだな。
「渋澤。ドラムの準備出来たぞ。」
「はい!やりたいです!」
そういう高木さんの右手を俺が抑えて、すぐさま高瀬に時間を確認する。
「分かった。今何分?」
「15時52分だ。」
「じゃあ、お前を一番最初にドラムやらせてあげるからもう8分我慢しろ!」
「はーい。」
俺が高木さんにそう言うと急にしょぼくれた。全く、こいつの縦横無尽さはどこから湧いて出てくるのか…接してるだけで疲れそうだな…。
「そろそろ、新入生の子もこっちに来るんじゃないかしら?」
「じゃあ、整理券的な感じで。」
「昨日もいたんだから分かってるわよ。」
そう言いながら俺と玲華さんは次々と来る新入生のやりたいパートを聞いて順番に並ばせていた。


「はぁ…疲れたな。全く。」
「お疲れ様です。峰さん…。」
二人で生徒会室に籠ってひたすらに作業をしていた。木原さんは王晴高校生徒会副会長。対して俺は王晴高校生徒会広報委員長。木原さんも俺も渋澤からの文化祭合同開催の一件以来改めて自分の置かれている身を自覚し、生徒会室に来ることが多くなった。
「そう言えば、木原さんの妹って高1だよね。」
「はい…王晴に無事、入学出来ました。」
「へぇー、ここか。良いんじゃない?軽音部にさえ入らなければ。」
「かなり根に持ってらっしゃるんですね…。」
「まぁな。」
そう言いながら俺はまだ王晴高校のHPの更新作業を続けていた。それに、校内新聞のレイアウトをWordで作成して…。1月から2月中旬分までとはいえ、これを一人でやらせていた自分が申し訳なくなってきた。対して、木原さんもカリカリとさっきからノートに色々と記している。何をやっているのかはさっぱり分からんが。
「そういえば、木原さんのバンド生活は順調なの?」
「はい…最近、5弦ベースにしたじゃないですか。それがバンドで好評で…5弦ベースがキッカケで全体的にみんなの意識がもう1回引き締まった感じですね。」
「なるほどな…。」
たしかに。俺がベースを新しく買って摩耶や朱里ちゃん。政樹くんに見せたらもう1度皆の気合が入ったってことが昔あったような気がするな。そう思いながらPCと窓に映る綺麗な夕焼けを眺めていた。
「峰さんはいかがなんですか…?」
俺か…。俺は特にこれといったものが無いからなぁ…。一昨日、王晴橋でZEEXの話はしたし。
「特に進捗は無いかな。ドラムの子が耀木学園で、浩人が軽音部に入ったら絶対に組まない。って宣言してる。って位かな。」
そう言うと、いきなり生徒会室の扉がガラガラガラっと開き、木原さんがびっくりして椅子から転げ落ちてしまった。
「大丈夫か!?木原さん!」
俺は空いた扉よりもドスッと冗談にはならない音がした木原さんの方を見ていた。
「大丈夫です…し、失礼しました…それよりも…来客の方…」
「すまない。俺が行ってくる。」
空いた扉の方を見ると、俺の同期。国友が俺の目の前に立っていた。
「探したよ…ハァ…峰…ハァ…。」
「そんなに急いで俺に何の用だ?少なくとも、お前が急ぎ過ぎなせいで木原さんがケガしたからそれに見合うだけの要件なんだろうな?」
息が切れ切れの、柔和な王晴のギタリストが俺の方を見ていつにもない真剣な表情でいきなり地面に伏せた。
「頼む!王晴の軽音部に復帰してくれ!」
「ちょっと待てちょっと待て!俺はお前に土下座してもらう義理なんてない!いったん落ち着け!」
中性的で柔和な顔立ちが女子に人気の男の顔を地面に付けさせるなんて、俺はそこまでされるようなことをコイツにされた覚えはない。そう思いながら国友を一旦、席に着かせ、腰が抜けてしまった木原さんにケガが無いか聞いて「無い」と答えたので安心しながら手を貸し、姫様のごとく丁寧に丁寧に丁寧に副会長のデスクに座らせると、木原さんは顔を赤らめながら「本当に申し訳ございません。」と答えていた。その表情がいちいち可愛くて仕方がない。そんな若干の気のゆるみを一瞬で弾き締め直し、国友の正面に座った。
「で、どういうことだ?俺に軽音部に復帰してほしいとは。」
「実はな…」
ここから、かなり長い説明があったが、端的にまとめると「百瀬先輩が部長になってから実力のあるあらゆる人たちに因縁をつけていき、部長の権力を使って様々な人を迫害、休部や退部に追いやって自分が一番だという環境を作ったせいで国友が新部長になってから初めにやる仕事が迫害された人たちに頼み込んで実力のある人たちを部に連れ戻し、もう一度実力と権威のある王晴軽音部を取り戻すこと。そしてそのために国友は百瀬部長に媚を売り続け、胡麻をすり続けた。」ということだった。全く、2分あれば説明できることをなんでこいつは色々な先輩の実例を挙げながら10分も話しやがったんだ。と思いながら国友の方を見つめ直す。
「俺たちの代で王晴の軽音部の権威と実力を取り戻さなきゃ、王晴の軽音部はこのまま没落していく。それを防ぐために、俺は反百瀬派で代表格に祀り上げられたてしまった、迫害の最初の被害者であるお前を軽音部で連れ戻すことで離れていってしまった反百瀬派の実力のある人たちをもう1度呼び戻して、俺は『実力至上主義の王晴軽音部』を取り戻したいんだ!頼む!この通りだ!」
机にガンっという音がするほどの勢いで頭をぶつけながらも頭を下げるかつての盟友の姿に…俺は哀れみすら感じてしまった。そして
「こんなタイミングで聞いてすまないが、井上先輩もやられたのか?」
俺が最後に組んだ時のボーカルの先輩。井上先輩が無事だったのかが気になってしまった。
「あぁ…お前を幽霊部員に追い込んで、そこから3人ほど休部に追い込んだ後、俺と同じ思想だった井上先輩が噛みついて、それにキレた百瀬部長はあらゆる方法で嫌がらせをして井上先輩をうつ病まで追い込んだんだ…。そのあと、井上先輩は不登校ながらも卒業認定を貰って、独自で勉強をして静都大学の教育学部に合格したよ。全く。自分が一緒に組むことを憧れにしていた人まで壊すなんてあの人がやったことは一生をかけても償いきれないことだよ。だから、そんな悪しき一人の部長のために王晴が、この王晴の軽音部が潰されるのは嫌だ!だから、頼む!」
またゴツンと、さっきよりも重たい音で机と頭がぶつかる音がした。
「やめろ…痛々しい真似をするんじゃない。それに、俺がまだ王晴の軽音部で通用するっていう確証がお前のどこにあるんだよ。」
「聞いたんだよ…ZEEXで…たまたま…O’verShootersってバンドでお前がイキイキとベースを弾いてるのを。」
「!?」
なんだと…全く気付かなった。でも、こいつの表情的に全く嘘をついている表情ではない。だが、ここで俺を嵌めてくることもあり得るか?俺の頭は盟友を信じたい想いと、盟友を疑わなければならない懐疑心で揺れていた。すると
「別に、休部なされている訳でないのなら…校則の章の第14条 休部から再休部までの期間…の『休部から復帰したものは50日間の再び休部することを禁ずる』という条文に当てはまらないので…別に復帰してダメだったら休部してしまえば…良いのではないでしょうか?」
それか!木原さんの声に対して俺は思わずそう答えた。
「それでいいか?国友。」
「あぁ。お前が復帰してくれるだけでどれだけ心強いか。また、俺とお前と皆川でやりたいスリーピースのバンドがあるんだ。やろう!」
「あれか?1年生の時からやりたいって言い続けていたやつか?百瀬の野郎にエントリーシートを八つ裂きにされて敵わなかったやつか?でも、スリーピースじゃないしなぁ…。」
「んー…どっちでもないけどまたそれも、ギターをもう1本持ってこれれば出来るからそれもやろう!」
そう言いながら俺たちは夕映えの中握手を交わした。ただいま。国友。
「おかえり。尊。」
俺の心の声が聞こえていたのかと思うほど、ピッタリなタイミングで国友はそう囁いた。


「うわ…うわうわうわ…」
正直、予想以上だった。このレベルのドラムと浩人は毎週毎週練習していたのか。そりゃあ上手くならない訳がない。おまけに、ベースは峰。ボーカルは友貴也。浩人の成長率が最近えげつない理由がようやくわかった。
「ね?言ったでしょ?彼女のドラムは1回聞く価値があるって。」
御見それいたしました。玲華さん。これは…さっき結構強めに言った俺が組ませていただきたいくらいの実力だった。リズムは峰から多少矯正させられたのか、元々なのか…どちらにせよテンポキープやフレーズの安定感は高瀬と同等。それに
「…!」
しれっとやってのけるこのフィルイン。これが、玲華さんが「衝動的」って言った理由か。確かに、俺がこういうタイプだから良く分かる。というのもあるのかもしれないが完全に気分がハイな状態なのにフレーズやフィルインに全くの狂いはない。なのに、機械的でないどころか衝動的な様子が見て取れる。これは…高瀬が物知りな分色々なことを教えてもらえば俺たちの2個上のドラムの先輩方ですら1年生の段階で越えられる可能性も十分にある。なお、性格。と言ったところか。
「凄いな…高木さん。」
「えへへー、どうですか!峰さんにみっちりリズムとテンポキープは叩きこまれましたからね!」
いや、言及したいのはこそじゃないんだが…。とにかく、高瀬の普段から血色のいい顔が真っ青になるレベルには上手かった。だが、ここは高瀬のプライドもある手前、なんと伝えるべきか…。
「なるほどな。流石は峰。と言ったところか。今度あいつに会ったら『錆びてないな』って伝えておいてくれ。」
本人を褒めるのではなく師を褒めるのが妥当か。
「えぇー!私も頑張ったんですよー!」
「うるさい。お前が上手いのは充分にわかったから、次の子に変わってやれ。」
「はーい。」
また頬を膨らませながらしょげている。全く。こいつは甘えん坊なのか?良く分からんが絶対に部長にしてはいけないタイプだ。っていうことは分かった。これは『2代続けて同じパートから部長は選出しない』というこの部の慣習に倣ってドラムから選出するか。だとしたら…林か…小田か…この2名だな。
「とっても上手だね!高木さん!」
「でしょー!矢崎(やざき)さん!」
話しかけた彼女も俺が見てきたギターの体験入部生の中では貴重な経験者ということもあり、かなり上手な方だった。まぁ、1年生の時の俺には敵わんが。
「とりあえず、邪魔になるから話すなら部室の外で話そうか。ここうるさいし。」
「「はーい。」」
俺は高木さんと矢崎さんの二人をなんとか部室の外に誘導した。そして、体験入部が始まってから合流した部室の外に居る2年生に「こいつらは絶対入部させろ。」と口パクで伝えた。すると、浩人が察したように親指を立ててくれたので俺もそれに親指を立てて返し、部室の扉を閉めた。
「上手いな…。今年も。俺も負けられねぇな。」
扉を閉めて楽器でうるさい部室の中でボソッとつぶやいた言葉を聞き逃さなかった玲華さんが新入生にギターの指導をしながらニッコリとこちらに向けて笑みを向けたのを見て、俺はこの場所で皆の苦しいを楽しいに変えてきた。という絶対的なものを再確認しながら俺はもう一度決意を新たにした。
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