第11話 未確認な強敵たち

文字数 6,214文字

「ただいまー…。」
高校の授業が終わって塾に行ってから2コマ分の授業を受けて帰ってきた。家に帰る頃には街も夜の装いになり、見慣れたとはいえ夜特有の色々な所に光のある感触が未だに目に刺さる。その目を若干こすりながら「峰」と書かれた表札のある一軒家の玄関をくぐった。
「お兄ちゃん。おかえりー。」
俺が玄関から声を出すなり、すぐそこから駆け寄る音が聞こえ、妹の摩耶(まや)が出迎えてくれた。やはり、年子とはいえ通っている高校が違う以上、こうして話す機会もあまりなくなってしまった。さっきまで電子ドラムの音が聞こえたから、ドラムの練習を中断して出迎えてきてくれたのだろう。こうしてみると、やっぱり自慢できる可愛い妹だ。こういう言い方をすると「シスコン」呼ばわりされるのが癪に障るが…。
「摩耶…ドラムの練習中だったのにすまないな。」
「ううん!お兄ちゃんも最近ベースを復帰したし、やっぱりお兄ちゃんのベースに負けられないから!」
妹の摩耶もドラマーとして、高木さん並みには腕が立つ。聖ウラヌス女子大付属でも美術部で絵の勉強をしながらバンドをしている体力は尊敬ものだ。正直、俺のベースとセッションをしたいって理由で始めたドラムだが、今では俺のベースをやるモチベーションになっている。初めは摩耶が俺のベースに必死についていっていたが、今では半年のブランクもあってか俺が摩耶についていくのに必死になってしまった。だが、それでも摩耶の中では全盛期の俺の印象が強いのか「まだまだ私の実力は足りない」と常日頃言ってくる。その向上心はどこから湧いてくるのか不思議になるくらい、俺たちの立場は逆転してしまった。
「で、朱里(しゅり)ちゃんや政樹(まさき)くんとは最近上手くいってるのか?」
朱里ちゃんや政樹くんとは家が近所同士ということもあり、中学くらいまでは朱里ちゃんがギターボーカル、政樹くんがギター、俺がベースで摩耶がドラムとしてバンドを組んでいたが、俺の高校受験を機に解散になってしまい、その後政樹くんが俺の後を追う形でベースにコンバートした。そのまま時は流れて俺と政樹くんは王晴、朱里ちゃんと摩耶は聖ウラヌス女子大付属に進学した。
「あのね!尊兄ちゃん。遂にボーカルの人が見つかったの!武田(たけだ) 梨奈(りな)さんって言うんだけどね!すっごくリズム感があって、歌の経験はないらしいんだけど、そうとは思えないくらいの何て言うのかな…全然、素人感が無いの!」
なるほどな。遂に、ずっと言っていたバンド活動を妹も再開することになるのか。確か名前は「Raise」だっけ?ベースの政樹くんは俺がベースを辞める前に散々指導した俺の生き写しみたいな正確無比のベーシストだし、朱里ちゃんもギタリストとしてのタイプは高橋くんと違って曲の世界に没入して溶け込むというよりは他の2人に合わせて調整するようなギタリスト。となるとどれだけ上手いボーカルと出会えるか。技術力だけは高い3人である以上はそこが重要なのは俺も摩耶も自覚していたが、それに見合うだけのボーカルなのか。その武田さんは。
「へぇー、それは凄いな。リズム感が良いってなると、ベースの政樹くんや摩耶は苦労するんじゃないか?」
俺は摩耶に一つ質問してみた。
「ううん?全然!苦労って言っても、高いレベルの注文をしてくれているから私にとって足りないものが何なのか、どういう方向に自分の能力を伸ばしていけばいいのか、一つの指針になってくれている気がするの!」
なるほど…耳は良いみたいだな。楽曲製作を主に担当しているのはあの3人だと朱里ちゃんだから、そことの意識のズレがあるかどうかは多少気になるところか。
「で、お前らのお披露目会はいつになるんだ?」
やはり、可愛い妹の晴れ舞台なんだ。行けるときには行ってあげたいとは思う。もちろん、最優先事項は俺の受験勉強なんだが。
「えっとねー、3月20日のライブハウス『ZEEX』で高校生オリジナルバンドのみのイベントがあるから、そこかな。」
3月20日、今からだいたい1ヶ月後か。たしか、高橋くんのいる耀木学園の軽音楽部の卒業ライブもその1週間にあったはず。
「それよりさー、お兄ちゃんでしょ?『O’verShooters』の『TAKERU』って!」
うわ…バレてる…。しかも、目茶苦茶身内に…。正体はあまり明かさないバンドの様相を呈しているから合っているとも言いにくいし…。
「一応、正体はあまり明かさないようにボーカルのYUKIYAに言われているから言いふらすなよ?」
「分かってるって!そこまで無粋なことはしないよ!お兄ちゃんに散々『それは無粋だ』って言われてきたんだし、お兄ちゃんにされて欲しくないことは絶対やらない!」
俺…そんな低い声で威圧感のある言い方をしてたのか…?妹に自分の真似をされて若干腹が立った自分がいた。
「でも、すごいよねー。Pop fun houseの公式アカウントがO’verShootersの演奏をTwitterでツイートしてたけど、今見たら100RTに450いいねもついてる。これってかなりバズったんじゃない?」
摩耶がスマホを操作しながら俺に話しかけ、話し終わる頃には俺に画面を見せてくれた。確かに、俺と大嶋と高橋くんが揃ってステージに立っていた映像。ツイートに載っているのは一応元天才少年のイントロから1番の終わりまでの映像だけだったが、その下を見ると確かに103RTと461いいねが付いていて若干の興奮を覚えた。ただ…
「…そろそろリビングに上がらせてくれないか?寒い。」
「あっ!ごめんね!じゃあ、続きはリビングで話そっか!」
流石に2月下旬とはいえ夜中の11時玄関に15分も立たせられたらキツイよ…そういう気が遣える人になろうな?摩耶。


「さぁて、今日の『ミュージックロード』は『今アツい!神奈川を拠点とするインディーズバンド』特集です!近年のロック業界では神奈川のインディーズバンドがとにかくアツい!まさにその様は『戦争』の2文字がピッタリと言えるほどハイレベルな戦いでしょう!」
テレビをつけると、BSが映っていて俺がいつも水曜日に見ている音楽番組だった。
「まずは、このバンド!」
そう言うと、スリーピースのガールズバンドの映像が流れた。演奏の様子を見る限り、ギターの音が力強く、とても女性が弾いているパワーではない。寧ろ、手だけを見れば完全に男。でも歌声は女性でも難しいhiF,hiGを曲に合わせた突き刺すような声でバシバシ出している。ギターもベースもドラムの激しくて…それでいて耳に突き刺して残るギターボーカルとベースコーラスの高音。でも、その高音の質が違うように感じる。
「おぉー、『Ferio』だぁー。」
摩耶が、眠気も混じるようにあくびをしながらも目を輝かせていた。
「知ってるのか?摩耶。」
「知ってるの何もー、ここ最近、彼らの出るライブハウスのチケットは取りにくいんだよー。」
そう言いながら摩耶は机に突っ伏すような姿勢を取った。
「寝るなら2階に行けよ?流石にもう高1の妹を担いで2階に運ぶまでの体力は俺に残ってないからな。」
「分かってるよー。」
そんなことを言い合っていると、番組の方に展開があった。
「なんと…この『Ferio』…なんと!」
そう言うと、ギターボーカルの人が1ショットで映っている映像に切り替わった。
「『ミュージックロード』をご覧の皆さん。こんばんは。『Ferio』ギターボーカルの真夜(まや)です。」
「!?」
その映っているギターボーカルの人の地声は、映っている女性の姿とは違う人物が喋っていると思える位低く、男性的な声だったので俺も驚いてしまったし、なんなら2度見した。
「そうなんだよねー。この人、女装してるのに私たちより綺麗だからさぁー。ズルだよねー。ズル!」
にしては…さっきの歌声の高音はなんだ!あの音域を男性で出しているっていうのか…ちょっと待てちょっと待て!
「え…?あの音域を男性が出しているのか!」
「そうだよー…朱里ちゃんがボーカルを辞めちゃったのはこの真夜さんのせいなんだよ!」
話を聞くと、俺が抜けて政樹くんがベースにコンバートしてから、Raiseはスリーピースで活動を続けていた時期もあったが、あるイベントでまだ駆け出しだったころのFerioと共演し、そこで真夜さん…真夜くん?の歌声と声域の広さに絶望した朱里ちゃんは、ボーカルを続ける心が折れたらしい。
「この真夜さんはYoutubeチャンネルで不定期ながらもノーメイクの男性の状態からステージに出るときの女性の状態になるまでのメイク動画や、日々の体型維持のためにやっているエクササイズの動画などを投稿していて、その動画は『男性がしていても普通に参考になる!』という声や、『男性がこれだけ美しいんだから女性の自分も自分に甘えず、もっと頑張らなきゃダメだと思いました!』など、様々な賞賛コメントの嵐!まさに、若い女性世代のカリスマともいえる男性なのです!」
あれ…このノーメイク状態の顔…どっかで見たような…?そう思っているとテレビの画面は既に真夜さんの女性状態がインタビューを受けている画面になり、どうして女装を始めたのか。これからステージでどういう音楽を披露していきたいか。といったことから、脚の細さの秘訣は。などの多岐にわたる質問を繰り広げていた。
「最後にミュージックロードをご覧の方々にメッセージをお願いします。」
「はい、私たちFerioは女性2人に私が混ざったスリーピースバンドで私とベースの加奈ちゃんが奏でるハイトーンが持ち味なので是非これからも私たちのことをよろしくお願いします。Ferioの真夜でした。有難うございました!」
この人、歌声と地声と…こういうインタビューやMCトーク用の女性の声真似と3人が声帯に宿っているんじゃないかという位それぞれの声が違う。一体何を食べたらそれが出来るんだ。俺には理解できなかった。
「さて、続いてのバンドはこちら!」
番組のMCの人がそういうと、男性5人で立っているバンドが映された。ギターボーカルにギター、ベース、ドラム、キーボードとそれぞれがハイレベルな演奏を繰り広げていてとても聞き心地が良かった。さっきのFerioが番組のトップを飾るには色物過ぎたからか、やっぱりこういう王道のロックバンドは聞いていて気持ちがいい。ボーカルの人も芯の通った歌声で、声を出すというより響かせている感じなんだろうか。
「摩耶。これは知ってるか?」
「いやー…小田原の方なのかな。分からない…。」
摩耶でも知らないんだから俺が知っているわけがない。そう思いながら番組を見進めていった。
「こちらのバンド『All New Days』はギターボーカル篠宮、ギター渡会、ベース栗原、ドラム山中、キーボード石田からなる5人組バンドで、強いメッセージ性のある歌詞と5人の息の合った演奏が魅力。5人の息が合っているのはなんといっても幼稚園から今通っている大学まで5人が違う学校になったことが無いからだとか!今では、5人そろって横浜国立大学に通う仲良しバンドの究極系ともいえるAll New Days!」
うわぁー…5人そろって横国とか学歴高すぎる…。そう思っていると、さっきの真夜さんと同様に5人が映っている画面に変わった。
「ミュージックロードをご覧の皆さん。こんばんは。」
ボーカルの篠宮さんがそう言うと
「「「「「All New Daysです!」」」」」
誰かが目配せをするわけでもなく、声がビシッとそろって出された。口の動き方や動くタイミングまで一緒でもはや息が合っている合っていないのレベルじゃない気持ち悪ささえ覚えていた。
「いやー、ついにAll New Days。テレビ出演ですよ!」
「よいしょー!」
すると、いつもそうやっているのが当然。と言わんばかりにドラムの山中さんが仕切り始めて、それに合わせるようにギターの渡会さんが盛り上げた。
「ここまで長かったなぁ…。」
「感傷に浸るのが早いよ、栗原。」
ベースの栗原さんが涙目になりながら話し始めたのを、落ち着いた声で篠宮さんがツッコミを入れた。
「まぁまぁ、今日くらいいいじゃん!篠宮!」
「篠宮はいつも気を張りすぎなんだってー!な!石田!」
「そうだよ、1つの目標にしてたんだから泣いてもいいじゃん!」
キーボードの石田さんと、ドラムの山中さんも栗原さんの肩を持つ。
「なら…仕方ないな。」
これは俺たち…今オフの映像でも見せられているのか?そのくらい番組側が何も動いていなかった。そう思った矢先、番組の字幕が「Q.バンド結成のきっかけを教えてください。」と質問を出してきてほっとした自分がいた。
「そうですね…元々、宝瀬学院の小等部から毎日音楽室に忍び込んでは高等部の皆さんの機材をお借りして、バンドごっこをしてたんですよ。あれ、誰が言い出したんだっけ?石田?」
「多分俺だったと思う。」
「うん、石田石田。」
篠宮さんが話し始めて、石田さんにふり、それに渡会さんが同調していた。
「それで、元々今の形があった訳じゃなくて、毎日毎日やる楽器を変えていってたんですよ。今日は俺がドラムやったから明日は俺キーボードで、石田が明日ドラムな。みたいな感じで。」
「懐かしいなー。」
篠宮さんが話し続ける途中で山中さんが相槌を入れた。
「で、中等部に入ってライブハウスに出よう!って言いだしたのが…これも石田か。で、ライブハウスに出るときに今の形になったんですけど、このときに僕と渡会でどっちが歌うかちょっと喧嘩になりましたね。」
「あの時は俺も目立ちたくて若かったよなぁー。あの時はホントにごめん。」
「まぁ、さっきからの雰囲気で分かると思うんですけど、渡会はノリが良くて目立ちたがりなんでボーカルがやりたくて。でも俺以外の3人は『絶対に篠宮が良い!』って言ったんでそれで山中がなんとか必死に交渉してくれてそれでようやく今の形になったんですよね。」
「うわぁ…それ結成秘話に俺だけ関わり無いみたいになるから辞めてくれない?」
「ごめん。栗原。でも、結成してからはお前が色々全体調整してくれてたもんな。有難う。」
「いや…うん、そういうことならいつでも任せてくれよ…!」
「「「チョロ原が出たぞー!」」」
凄い…1つ話題を振っただけで無限に話せそうなこの人達の仲のよさにびっくりしていた。
「凄いね…朱里ちゃんや政樹くんとこれだけ話せるかな…。」
「まぁ、話すだけが仲の良さの印ってものでもないだろ。」
そう俺は言いながら、テレビはCMに入った。
「じゃあ、寝るか。もう11時半だぞ。」
「お兄ちゃん。せめてお風呂入って。」
「あっ、すまんすまん。ありがとうな。摩耶。」
そう言いながら俺はタンスからパジャマを取るとともに、FerioとAll New Daysという2つのバンドを考えていた。俺たちも同じ神奈川である以上、出会う確率は他の県より高い。その時にああいうバンドに見合うだけの実力を俺も大嶋も、高橋くんも。それに高木さんも付けなければならない。その目標が今俺の胸の中にあった。
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