第15話 バケモノ、外道、天才、人

文字数 2,758文字

さてと…私の前に面倒な壁がもう1度立ちはだかろうとしている…。それをライブハウス、SUMの練習スタジオの中でも考えてしまうのは良くないことだと分かっていながら、考えてしまう私が憎い。
「大嶋…友貴也…!」
私のペットボトルを握る右手から、ボコッボコッと音が鳴り始めた。それを見て驚いた摩耶ちゃんが
「梨奈ちゃん!いつの間にそんなパワー系女子になったの!?」
と驚きの声をあげていた。それに続くように朱里ちゃんも「凄い!これでテレビとか出られないかな!」と言っていたが
「朱里…流石にこれでテレビに出れる程世の中甘くないでしょ…。」
それは同感だわ。政樹君。練習中の休憩の1コマでもここまで仲睦まじく話せるのは幼馴染だからこそなせる業なのかしら。
「武田さん。…尊さんのところのバンドが気になりますか。」
「えぇ…。そうね。政樹君は察しが良くて助かるわ。」
「まあ、昔から俺たちはこういうバランスなんだよ。俺が自然とツッコミ役でね。」
この3人のバランスは幼馴染だからこそ築けた信頼関係であり、それを私が邪魔するのはいけないことなんじゃないかって私は思ってしまう。私にもこういう関係の仲間たちが居れば…と思ってしまう。それほど羨ましい関係で…繊細な関係なんだと感じてしまう。
「やっぱり…梨奈ちゃんとあの白髪の子に因縁がある以上、私たちは尊さんと戦うことに…なるのよね?政樹。」
朱里ちゃんが、すこし不安げな表情を浮かべる。政樹君曰く『軽音部内の暗君の絶対王政を象徴する天才ベーシスト』と王晴高校の中で超有名な生徒会広報部長…(みね) (たける)。素晴らしいベーシストの方がいらっしゃるのは確かで、メンバーもその尊さんが認めたメンバー…。大嶋部長もその例に漏れず。あのバケモノはピアノをしても、トロンボーンをしても、歌をしても、求められたものそのままな音色を響かせては完璧を提供するバケモノ。バケモノと天才に共に認められたギタリスト、ドラマー。朱里ちゃんと摩耶ちゃんと政樹君に感想を聞くと『あれが尊さん(お兄ちゃん)の1年ブランクがあったうえでの実力…?それにあのバンドの完成度と世界観が完成されすぎている…。』と3者揃いも揃ってへこみにへこんでいた。確かに、あのバンドはバケモノと天才の認めたバンドメンバー…っそれでも、私はあのバケモノと刺し違えてでも倒さなければ『1番』にはなれない…。そう言うことかしら。私はあの人々の心をあざ笑うように折るバケモノから逃げられない。ということね。
「あぁ…アレで、尊さんは1年のブランクを埋めきっていないっていうのがな…。」
「あれこそ、お兄ちゃんが天才って持ち上げられる所以だよねー。」
摩耶ちゃんも、お兄ちゃんが褒められているから嬉しいのと、それが私たちの敵になるという恐怖感から自分はどういうリアクションを取ればいいのか分からないという表情をしている。
「摩耶ちゃん…私たちが、FoRの舞台を目指す以上、お兄さんとは正面から戦うことになるわ。なら、今年の文化祭、合同開催であることを利用して有志ステージの枠でライブに出ましょう。恐らく、向こうも同じことを考えているはずよ。」
私は、いつにも増してハッキリと意見を述べた。私は、これが宣戦布告になることは承知の上でこのプランを提案した。
「まぁ、向こうもFoRに出るんだったらいつかは正面からぶつかる。なら、今の時点での差を分かっておくのは重要だよな。」
政樹君はその提案に乗ってくれた。そして、政樹君は続けて
「お前ら…武田さんの提案に乗れるか?朱里。摩耶。」
「彼が…YUKIYAさんが、武田さんの言う通りの『人の心を折るバケモノ』だとは思っていないけど…それでも頂点に立てるのはたった1バンド。なら、負けられないわね。摩耶はどう思う?」
「私は…私は…」
そう言うと、摩耶さんがいきなりバタンと全身の力が抜けるようにスタジオの床に倒れこんだ。
「おい…!摩耶!摩耶ぁ!」
「摩耶ちゃん!?大丈夫!?摩耶ちゃん!?」
私は、慌てふためく2人をよそに、恐ろしい程冷静に119番をかけていた。そして、電話がつながるまでに摩耶ちゃんの口に自分の耳を当て、呼吸があるのかを確認。意識は失っているだけかしら…呼吸はちゃんとしている。それに、手首を触ると脈もちゃんとある…。となると、あのときと同じく心因性のものかしら……。
「はい、救急です。突然友人が倒れてしまいました。呼吸も脈もありますが、意識がありません。…女性で…摩耶ちゃんって誕生日迎えていたかしら。朱里ちゃん。」
ここで2人のどちらに聞いたかを明確にしなければ、どちらもが困惑して答えられないというパターンが一番困る。だから、名指しでなければならない。
「いや、まだよ。」
朱里ちゃんがハッとしたような表情で私の質問に答えた。
「ありがとう、倒れた人は16歳です。」
なぜここまで手馴れているか。それは私が1度このような状況を対処したことがあるから…かしら。その患者名は、大嶋 友貴也。彼が倒れた時も、このように冷静に対処していたかしら。なぜ彼を救ったか、当時の私に聞いても分からない。ただ、『人を殺してしまったかもしれない』。その罪悪感が最後に私を外道から人に戻そうとしてくれたのかもしれない。
「場所はライブハウスSUMです。住所は言わなくても大丈夫でしょうか?」
中学生の時の私は私からピアノを奪った大嶋 友貴也という敵に怨みしかなかった。だから私は彼を潰すために色々な手を尽くした。彼の相談役になっていた渋澤先輩も潰して彼の頼れるものを無くし、徹底的につぶす。そのつもりだった。それが目の前であのように人が倒れるのを目の前にした瞬間、私は何故か彼を救ってしまった。その瞬間に私は『外道』から『人』へ戻った。そのために私も彼と同じようにいじめられるようになったけれども、彼や玲奈先輩と違ってボロボロになる前に中学を卒業した。そして私は高校に進学して…あなたたちに出会った。
「はい、分かりました。では、お願いいたします。」
私はすっとスマホの電話を切り、私服のポケットにしまった。そして、朱里ちゃんと政樹君に礼をした。今、絶対にこのタイミングでいうべきではないのかもしれないけれども、すっとこの言葉が出てきた。
「ありがとう…あなたたちが、私を外道から人に変えてくれたのよ…。」
今度は…外道ではなく…人としてあのバケモノと戦わせてほしいのよ。そうでなければ、真っ当に戦わなければ、玲奈先輩に天国で合わせる顔がないわ…。だから…
「お願い…摩耶ちゃん…。」
私は意識がないだけで生きてはいるはずの摩耶ちゃんに向けてずっと手を握って、心では祈り続けていた…。
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