第19話 変化と対比

文字数 3,442文字

「ただいま…摩耶。」
「おかえり。尊兄ちゃん。」
それ以上の会話をすることが少ない兄妹。だが、最近はその限りではなくなってきた
「どう?20日は見に来れそう?」
「その話なんだが…。」
期待する妹に、俺はO’verShootersが20日のZEEXに出演することを伝えた。
「え!?やった!見に来るどころか、一緒のステージに立てるなんて嬉しいよっ!」
「そうか…なら、お前たちRaiseの期待に副えるような演奏をしないとな。」
夜の10時を越えて真っ暗な街から家に帰ってきてからいきなりテンションがマックスになる妹を見てこいつは心底音楽が好きなんだなと感じた。本番3日前の峰家では疲れ切った俺と楽しげな摩耶の対比が実に顕著だった。

「やっほー!朱里-!政樹―!」
あれから3日後、イベント会場のZEEXに向かうために俺たち兄弟と近所の朱里ちゃん、政樹君と4人で集合する運びになった。
「お疲れー、って尊さん!?久しぶりです!」
「お久しぶりです。尊先輩。」
どうやら、2人共知らなかったようで思いっきり驚いていた。
「あのー…尊さん。背負ってるそれって…ベースですか?」
肩まで伸びた茶髪に少しだけギャルっぽいメイク。おまけに3月下旬に入って少し暖かくなってきたとはいえ露出の多い服装。普通の人ならこいつはいわゆるパリピと言われるタイプの女の子、倉科(くらしな) 朱里が物凄く当たり前のことを聞いてきた。
「あぁ。俺も今日出演するからな。今更ギターに転向したわけでもあるまいし。」
「そうなんですか。久しぶりですね。尊先輩がベースをやるのって。」
メガネをくいっとあげながら、木田(きだ) 政樹が俺に対してそう話しかけてきた。
「そうだな。1年ぶりくらいかな。まぁ、この前にも本番には出てきたから厳密には1年もたってないが。」
俺はそう言いながら、政樹君の肩をポンポンと叩いた。
「期待してるぞ。俺が居なかった1年間でどれだけ成長したのか。政樹君。」
「見てからビビらないでくださいよ。百瀬部長にもお墨付きを得てるんですから。」
「ほう…?俺の前でその名前を出すってことは相当自信があるらしいな。」
俺と政樹君の間にはバチバチと火花が散っていた。
「はいはーい!そんな言い合いする暇があったら行くよ!ZEEXに!」
そう言いながら摩耶は俺と政樹君の手を引いていった。

「なんでお前がココに居るんだ。」
俺はZEEXに到着した。その矢先、俺にとっては一番会いたくない人と出会ってしまった。
「武田 梨奈ぁ!!」
「あら、お久しぶりね。」
俺を殺した化け狐…武田梨奈がZEEXに入ると待っていたかのように堂々と立っていたので思わず胸ぐらをつかんだ。
「昔と変わって喧嘩っ早くなったかしら?大嶋部長。」
「あぁ…お前のせいでなぁ!!」
相も変わらずその煽り口調は治ってねぇみてぇだなぁ!!
「うふふ…昔はそんなに荒っぽくなかったのにねぇ…。」
この狐だけはマジで成敗しないと気が済まねぇんだよなぁ!!
「さぁ…でも、あなたはどうしてここにいるのかしら?大嶋部長?」
「その言葉…そっくりそのまま返してやるよ。武田。」
本当にこの狐は人の心をもてあそぶのが好きだよな。あと煽ることもか。
「私は…今日ここで歌うからよ?」
「奇遇だな…俺も今日ここで本番なんだよ。」
まさに俺たちは一触即発のムードで周りにいる人たちは唖然とし、誰一人俺たちの仲裁をしようとするものは現れない。当然だろう。
「あら…あなたはてっきり音楽を辞めたのだと思っていたのだけれども…。こう何度も何度も私の目の前に立ちはだかられては困りますわ?」
「それはこっちも同じことだ…。」
減らず口も大概にしろやコイツゥ!
「私はあなたのせいでチューバを諦めたのよ?」
「それを言うなら俺もお前のせいでピアノを辞めたんだよ。」
「あら…それではまるで私が世界的才能を潰した犯罪者みたいじゃない。本当に悪いのはあの顧問ではなくて?」
ダメだ…落ち着け。コイツに手を出したら間違いなく俺が悪いって方向になる。手を出すな…手を出すな…!
「お疲れー梨奈ちゃーん!!」
いきなりのその声が、俺たち2人の視線を集中させた。ふと見ると峰先輩と茶髪の女性、メガネの少し小柄な男性、それに峰先輩の妹さんらしき人がいた。
「あら…摩耶ちゃん。ごめんなさいね。ちょっと昔なじみの人に絡まれまして…」
「おい…大嶋。これはどういうことだ…」
俺が女性の胸ぐらをつかむなどと言う普段では絶対にやらないことを察知して峰先輩がすかさず駆け寄った。
「見て分からないんですか…俺のピアノを諦めさせた張本人。武田梨奈ですよ!」
怒りのあまり、掴んでいた右手で武田を峰先輩と一緒にいた人たちに投げ飛ばした。
「ちょっと!梨奈ちゃんに何するのよ!」
ギターケースらしきものを背負っている女性にそう言いがかりをつけられた。
「…テメェらが武田のバンドメンバーか…恨むなよ。俺はコイツに音楽を1度諦めさせられた男だ。なのにもかかわらずこいつは平気な顔をして日向を歩いて光を浴びている…。純粋な黒い髪で。俺のようにストレスに塗れ、抜け落ちてしまった白髪で日陰を歩くことの無いコイツを俺はどーやったって許すことが出来ねぇんだよ!!」
思いのたけを初対面にもかかわらず思いっきりぶつけた。いつもの俺とはあまりにかけ離れた姿に思わず峰先輩が
「一旦控室に行こう!な!大嶋!」
そう静止してくれたが俺は止まれなくなっていた。そこを止めたのは…。
「やめてください!YUKIYAさん!」
小柄なメガネの男だった。
「例え昔がどうであっても…今はこうやって同じ音楽の道を歩む人たちです。それに当たり散らすなんて間違ってますよ!」
「うるさい…うるせーよ!!」
そう言いながら俺は右の拳を振り上げた。
「お前が居なけりゃどれだけ幸せだったと思ってるんだ。武田ぁあああ!!」
そう言いながら振り下ろされた拳は…。
「危ないですよー、梨奈ちゃん。全く…どんな恨みを買ってるんですか。」
「ごめんなさいね。摩耶ちゃん。」
峰先輩の妹と思われる人に両手で受け止められた。
「YUKIYAさん…言いたいことは音楽でいうべきです。それだけは…間違ってないと思います。」
「じゃあ、俺のこの恨みは…消えることはねぇじゃねぇかよぉ!!」
受け止められた拳の行き先は最早俺にも分からなくなっていた。

正直、武田 梨奈という女性を妹から聞いていたがそれが大嶋にとっての地雷だとはだれが予想できただろうか…全く。そう思いながら俺はお世話になった先輩のもとへ挨拶を死に向かった。
「失礼します。真也(しんや)先輩。」
綺麗な黒髪はウィッグだと他のメンバーが言っていたことがあるが、作り物とは思えないほど違和感がなく真也先輩にマッチしている。
「びっくりしたぁー。いやぁー女装した状態で俺の本名呼ばれるとかどんな身近な奴が来たかと思ったら、お前か。峰。どうだ?王晴のベーシストを支えれてるか…?」
「いえ…それは…」
「いや、それ以上は言わなくていい。メイク用の鏡で対面してて表情が隠せるわけないだろ?どうせ、百瀬辺りがお前を潰しにかかったんだろ?」
「はい…恥ずかしながら。」
「で、このライブハウス系統に逃げ込んできたと。」
相変わらずこの先輩は鋭いけど歯に衣着せない口の悪さだなぁ…。面倒見はいいんだけど。
「まぁ、気にすんなや。俺たちの音はステージが変わったところで変わりはしないさ。百瀬に潰されてブランクがあるかもしれねぇがブランクは埋めるもんじゃねぇ。」
鏡を通して対面していたのを真也先輩が回転する椅子で体ごと振り返って俺と直接目が合うようにした。
「どういうことですか?」
俺がすかさず聞くと
「ブランクは埋めるものじゃねぇ。『忘れるもの』だ。昔のお前をどれだけ追っても昔は昔。今は今。それは忘れんなよー。じゃあ、またメイクするからFerio聞いていってくれよ?」
「いや、僕も出演するんですが。」
「はぁ!?お前それ先に言えよ!俺の演奏をお前が期待してるだけかと思ったけどお前の演奏、俺が期待させてもらうからな?」
真也先輩は口紅をスッと引いて準備万端といった表情だった。
「期待してます。真夜先輩。」
「俺も、期待してるぞ。峰。」
そういって真夜先輩は悪戯っぽく女性的に口角を上げた。
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