第7話 強引で頼れるアニキ像

文字数 2,789文字

ふっと息を吐いて、俺は浩人と友貴也のいる1-Bのドアをノックした。
「失礼します。」
「はい、どうぞ。」
教室の中から友貴也の声が聞こえて、浩人が1-Bの扉を開いた。ガラガラガラッと音を立てて俺の目の前には広い1-Bの教室とその教室に取り残されたように静かで小さな立ち振る舞いの友貴也が中央の机に座っていた。俺は、その前の席から机ごと反転させて
「失礼します。」
座る前に軽く一礼して、席に着いた。そして俺はあの時から1年しか経っていないのに変わり果てて、大人びた雰囲気、というより俺と同じ苦しんだ雰囲気を纏っている友貴也と正面から向き合った。
「早速本題から入らせてください。大嶋さん。」
「ちょっと待ってください。渋澤さん、敬語はやめていただけませんか?」
本題からいきなり入ろうとしたが、友貴也から敬語を使うことを止めるように言われた。
「分かりました。ってことで、これでいいか?友貴也。」
「はい、僕は先輩に敬語を使われるほど偉くなった覚えはありませんよ。」
こいつ、久しぶりにあったのにこういう謙遜するところは変わらないな。
「僕も生徒会の人にものを頼むときは絶対敬語。の癖が付きすぎていたかな。」
俺がそう言って笑うと、友貴也は、はははっと力のない笑顔を見せた。
「じゃあ、改めて。今回の件なんだが。」
さっきまでの笑顔から、一気に本気モードに戻った。
「嫌です。絶対に無理です。」
俺の発言を最後まで聞く前に友貴也はそう返して来た。
「やっぱり、断ろうと思っていたのか。」
彼とは2年の付き合いがあったからか、部屋に入った瞬間の空気感で察してしまっていた。
「分かっていたなら、どうして僕にこの話を持ってきたんですか?」
友貴也は疑問の目を俺に向けてきた。まぁ、疑問に思うのは当然だろう。
「…。この紙を見てくれ。」
そう言って、俺は胸ポケットの紙を取り出した。
「苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい」
同期の軽音楽部員はこの紙のことを「呪いの紙」だとか、「もはや怨嗟の声が聞こえてくる」だとか、「怖すぎる」だとか、「見るだけでPTSD」とか散々なことを言ってきやがる。さて、あいつはなんて言うかな?
「うっ…。」
まぁ、その反応が普通だよな。友貴也はこの紙を見るだけでひるんでしまった。これを持ち歩ける俺が異常なのかと思うようにさえ、最近はなってきた。
「これはな…玲奈の遺書なんだ。」
この言葉を話すと、友貴也はまさに「信じられない」という表情をしていた。
「遺書って…どういうことですか。」
「そのままの意味だよ。玲奈は自殺したんだ。俺たちの代の最後のコンクールでお前とのソリをミスった玲奈は、武田に焚きつけられた俺の同期に精神的に追い詰められてボロボロになってな。それでも、俺は玲奈を支え続けた。その結果がこれだよ…。」
友貴也は絶句して何も言わなかった。そして、さらに俺の思いを全力でぶつける。
「俺はあの日から、この『苦しい』を『楽しい』に変えるために音楽を続けている。その信念を…お前にもぶつけたい。同じ人間に苦しめられた俺とお前、きっと俺の何かが、そしてお前の何かが変われば、きっと俺のこの信念を表現できる気がするんだ。もちろん、これがお前の嫌いな『エゴ』なのは分かってる。」
「渋澤さん、あなたの言いたいことは分かりました。」
そして、友貴也のスイッチも入った。音楽をするときのあの本気モードの目を久しぶりに見れてよかった。
「俺は…あの苦しいを楽しいに変えられるとは思っていません。『苦しい』は『苦しい』でしかないんです。どれだけ成功体験を積もうとも、どれだけ時間が流れようとも『苦しい』は『苦しい』のままなんですよ!」
なるほどな…。神妙な面持ちで自分が聞いていることは分かっていた。
「あなたがそれを持ち歩いているのが何よりもの証拠でしょう。『苦しい』のを『楽しい』に変えるなんて、その遺書を持ち歩いているからこそあなたの心に『苦しい』が付きまとっているんでしょう!」
「その付きまとっている『苦しい』が俺の音楽の原点だ!」
「『苦しい』を『楽しい』に変えることが出来ているなら『苦しい』に付きまとわれる必要もないでしょう!」
「ちょっと待ってください!渋澤さん!友貴也!」
過熱になる前に浩人が止めに入った。
「友貴也。渋澤さんの言っていることはあの日の『苦しい』って思いを忘れずに、玲奈さんのように苦しんでいる人を『楽しい』と思えるような音楽をする。ってことだよ。」
浩人がそう言って友貴也を諭してくれた。そして、
「渋澤さん。友貴也の言っていることは『苦しい』はどこまでいっても『苦しい』なんだから、その感情をストレートに表現する方がいいっていうことじゃないですかね。」
「そういうことだよ。浩人。」
つまり…どういうことだ?俺も友貴也も困惑の顔をしている。
「じゃあ、それって『音楽をやりたい、やりたくない』って話じゃなくて『どう音楽をやるか』って話じゃないですか?なら、それは実際に演奏しながらすり合わせていくものじゃないですか?」
浩人、良いアシストだな。
「確かに。それもそうだな。なぁ、友貴也。お前はきっと、まだ音楽をやりたいんじゃないか?」
「なんでいきなりそんな話になるんですか?」
「じゃなきゃ、1月に1回とかいうとんでもないペースでアンダーステアPとして活動を続けてないだろ。」
「こっちの話は無視ですか…。まぁ、確かに辞め時は失っていましたし…今でも曲を出せば再生回数が伸びるあの感覚は好きですし、自分の思っていることも表現できる。でも」
その友貴也の声を遮るように俺が発言する。
「なら、ボーカロイドで表現できない心からの叫びをお前自身の声で表現できないのか?」
「…!」
友貴也は少し驚いたような表情を見せた。なら、畳みかける。
「お前の心を、心からの叫びを、俺たちの演奏に乗せて歌ってくれないか!」
俺の心が友貴也に届いてくれればそれでいい!
「わ、分かりましたよ…歌えばいいんでしょ!?歌えば!!」
良かった…。そう思うと、一気に気が緩んだ…。疲れたよ…ったく。
「大分、強引に交渉しましたね…。渋澤さん。」
「あぁ、そうだな。高橋。セトリはLINEで送信しておいてくれ。あと、グループLINEには高橋から招待してくれ。頼んだ。」
「分かりました。」
これにて、交渉成立ってことで。
「浩人、この人は昔から、ちょっと強引なところがあるんだよ。だから、この人に目をつけられた時点でこうなるかもしれないと思ってたよ。内心ね。だから、この場所に立つのが嫌だったんだよ。」
そういって、友貴也は前と同じように心置きなく笑顔を見せたように見えた。俺ってそこまで強引なのか?その疑問を持ったままことは丸く収まっていった。
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