第13話 技術が才能を模倣する

文字数 5,536文字

「では、始めましょうか。」
俺は、大下先輩のその声で気合がビシッと入った。卒業ライブ前最後のバンド練…。ドラムの畠山先輩とキーボードの篠田先輩の2人の花道を飾るバンドに唯一1年で俺だけが入っている。畠山先輩は「男は俺たち2人だから、気づいたことは気兼ねなく指摘させてくれ。それがお前の成長につながると信じてるし。」と言ってくれたし、篠田先輩も「ギターパートを引っ張っていくのは…部長と高橋くんだと思うから。だから、自分を信じて。」と色々期待をかけられているが、正直俺がそこまで期待をかけられる理由が分からない。スランプに入って、どれだけ練習しても、どれだけ練習しても満足感の無い練習で、本当に練習をしててもこの感覚は抜けるのか。ただただ疑問に思っている。
「今日の練習は、ギターの浩人君のために90分フルで使うつもりでいます。可愛い後輩の為と思って、少し我慢してくださいね。」
「オッケー、玲華。」
律先輩がそう言って、手でOKサインを作っていた。そして、俺は畠山先輩と篠田先輩に目を合わせる。すると、畠山先輩もOKサインを作ってからワイヤレスイヤホンをそっと装着した。
「分かりました…。4人が集中砲火するけど…頑張ってね?高橋くん。」
「分かりました。頑張らせていただきます。」
篠田先輩の声に俺はそう答えると、篠田先輩はニコッと微笑みかけた。
「それでは…FIRE BIRDから始めます。行きます…。1…2…!」
2カウントまで言ってくれて3と4は心の中で合わせて、大下先輩とアイコンタクトでタイミングを合わせた。
「空がどんな高くても 羽が千切れ散っても」
そっとそっと弱くとも芯のある音を大下先輩の歌声に合わせてアルペジオを1音ずつ丁寧に弾いていく。このフレーズが終わると俺と篠田先輩で弾いてから、俺は小節頭だけを弾いて、メインが篠田先輩のキーボードに変わるように変化する。その移り変わりを自然に、グラデーションを意識して!
「翔び立つこと恐れずに 焦がせ不死なる絆」
よし…上出来上出来。そのあとは…
「Fly to the sky…Fire bird !!
何故かは知らんが…俺もここのハモリとシンガロンガで思いっきり歌うことになっている。そして、なにより、このあとの大下先輩のセリフ部分が終われば…この静か目の歌いだしから一気に激しめに変わる!行くか…ここで俺が遠慮してたって先輩方の花道は変われない…。
「潰えぬ夢へ…燃え上がれ!」
畠山先輩のクラッシュでのカウントから…一気に変わる!!こういう雰囲気が変わるときは大袈裟にやっても大袈裟すぎることはない!

「Burning up!」
ふふふっ…やっぱり雰囲気を変えても演奏の芯はブレない。流石ね。浩人君。心なしか、いつもよりも派手に動き回っていて、少し渋澤さんに似てきたかしら?
「Burning up!」
それでも、シンガロンガで戻るときにはしっかり戻ってきて冷静さも残っている。やっぱり、彼には卓越した技術があるからこそ少し意識すればそのように真似をすることが出来て、それをものにできる。ということかしら?
「Lala,lalala,Lala,Lalala,Lala,lalala,Lala,Lala」
ここで浩人君にはずっと同じ音を歌い続けるハモリをお願いしたのだけれども、それでも難なく歌うし、難なく弾き切る。もはや指のことに関しては何も意識してないんじゃないかしら。
「暗闇での絶望を どうか怖がらないで」
凄い…このフレーズ終わりに、篠田先輩のキーボードとユニゾンで軽く装飾を入れてきたわね。本来、弾かなくていいことまでしっかりやってきて、繊細な代わりに音が弱くなりがちな篠田先輩のキーボードを強調させている…。私も、ギターを初めてまだ1年近くと日は浅くても、どれだけ指が滑らかに動いているかが一瞬で分かる。ただただ練習するだけでこの領域まで実力を昇華させるのは並大抵の才能ではないわね…。
「貴方の胸いつだって 灯す夢があるから」
ここから、私のギターと彼のギターの演奏が少しずつ変わって、バッキングとリードの違いが少しずつ分かってくるところ。それと同時に静かなBメロに向かって彼の動きが収まっていくのが視界の左端で見て取れた。
「決断への」
「運命―さだめ―に」
「慟哭した」
「現実」
私が歌って、律と浩人君と篠田先輩がそれに合わせる。口で喋るとこれだけなのだが、演奏の安定感や私ですらしっかりリードされてしまって自分がどう弾いてもどう歌っても何とかなってしまうのではないかと感じてしまう。昨日、王晴高校の峰くんと話してより意識してしまっているのだと思う。
「だけどそれは」
「愛故―あいゆえ―の」
「背負う未来―つばさ―だと!」
「Lala,lalala,Lala,lalala,Lala,lalala,Lala,Lala」
サビ前の4小節…浩人君は2小節分、私と同じように8分音符のGmで刻みながら、私の方を見てニヤッとしたと思ったら、3小節目の頭から16分でソロをアドリブで入れてきた…!何よそれ…前まで全くそんなの相談してなかったじゃない!でも、彼に惑わされたらダメ。彼が綺麗に繋いでくれた流れを…私がサビで台無しにする訳にはいかない!この曲の神髄、何度倒れても不死鳥のようによみがえる誓いを私が伝える!
「飛べよ鵬翼―ほうよく―のヴァイオレット 火の鳥のように」
来たっ…!このサビに入ってからの動きのある浩人君のギターを私の歌声で制圧する!きっと友貴也君も浩人君のギターと張り合って自分以上の能力を引き出しているのでしょう!才能あふれる友貴也君の歌声を…技術と知識で再現できるだけ再現してあげるわ…!着いてきなさい!浩人君!

「We are 何度も歌い 強くなった」
「夢は負けない…!」
ギア上げてきたな…大下先輩!そう思いながら演奏をしっかり意識する…!この歌声に負けられない!
「貴方を連れていきたいんだ 絶世の天へ」
これだけやっておきながら歌声が死なない…この先輩はどれだけ感情込めてるんだよ。友貴也みたい、いや、技術や知識のある分友貴也よりやべーぞこれは!もう駄目だ…!何か雑念が入ったら俺のギター演奏が死ぬな!
「ゼロ距離で抱き締め合い」
指の動くままに装飾をつける!
「神話に記そう」
なんだこれは…勝手に指の動く感覚…これだよ!俺がずっと求めてきたのはさぁ!!
「この音の風で」
目を瞑っても、どれだけ激しく動いても、何も考えていなくても…すっと指が動くこの感覚…そうそう!文化祭のときには間違いなくこの感覚があった!全く…遅せぇんだよ!俺!
「そして新世界へ」
サビの最後のhiGのハイトーン…それが大下先輩から放たれた時、俺は自分の中に感動の震えが起きているのが分かったが、その余韻に浸る間もなく、2番へ向かう間奏へと入っていった。ヤバい…久しぶりにこれだけ弾けているのは目茶苦茶楽しい!楽しすぎて勝手に体が動く!ヤベェ…ヤベェよこの感覚!戻ってきてる戻ってきてる!このままスランプ抜け出せるんじゃないか!?
「Burning up!」
勝手に指は動くし、声は出るし、大下先輩に目を合わせてギターのタイミングもばっちり合うし、この様子を見た大下先輩はニッコリしてる…!分かりますよね!この楽しさ!
「Burning up!」
律先輩を見て、畠山先輩を見て、篠田先輩を見る。3人共俺の様子を見て多少驚きの顔をしながらもすぐに察して本番さながらのテンションまで引き上げてくれた…!これで俺も一気にスランプを抜け出せたら…これほど希望の見える練習はいつぶりだ…?そんなこと後で考えよう!
「Lala,lalala,Lala,lalala,Lala,lalala,Lala,lala」
特に今思いついただけだが…勝手に指が動いて…こうして欲しいって言ってくれてるからこそ、2番の前に派手目のアルペジオ装飾をつける!!
「泣きじゃくったあの夜の 答えはまだわからず」
2番はキーボードと歌の2人だけで始まる。演奏が無く、ただ聞くだけのところでも、聞き方ひとつで曲の雰囲気が壊れることなんて非常によくあるありふれた話…曲の世界観を意識して…。聞き入るように動きを静止した。
「だけど前に 前だけに」
そう静止していると、俺の方向へ向けて大下先輩が親指を立てた。表情を見ると「よくやっている」と言いたげな表情であった。なら、このままこの曲の頂点に向かって思いっきり突っ走るだけだ!
「きっと」
ここで二人のギターが同時に入る!よっしゃあ!決まったぁ!!


「で、スランプを抜け出す糸口は見つけられたかしら…?」
FIRE BIRDを終えて、私は浩人君にそう語りかけた。浩人君は「答えるまでもないだろう」というほど屈託のない笑顔をバンドメンバーに見せてくれた。
「多分…スランプじゃないんですかね…。実力の最低限が個人練で、それが他のパートの皆さんの実力で相乗効果によって引き出される実力とは別なのかな。って感じました。」
なるほど…あなたはそう感じたのね。私の考えや、峰さんの考えと近からず遠からず。といった感じかしら。
「てかさー、前々から浩人みたいにメチャクチャ上手い人に聞いてみたかったんだけどさー。浩人のギターの良さって何?」
律さん…それは地雷です!
「いやぁー、それが俺にも良く分かってないんですよ。俺って、渋澤先輩みたいに暴れまわってるわけでもなければ、志田先輩みたいに技術技術してもない気がするんですよ。かといって今の大下先輩みたいに感情入れれてるかってなったら頭に『?』が付くじゃないですか。」
「なるほどねぇー。渋澤に関して言えば、あれは天性のものでしょ。感じたまま動いて感じたまま弾いて。本人も自分でどこにいくか分からないって言ってそれで悩んでた時期もあったし。で、私個人的には志田の演奏って面白いって思えたことが1回もないからあれは目指さなくていいと思う。で、最後に玲華ちゃんだけど…。歌と楽器ってやっぱり違うからねぇー。でも、玲華ちゃんも知識と技術があったうえでここをこういう風に歌えば感情をより出せるって考えて歌っているじゃん?」
志田さん…物凄く非難されているわね。でも、気持ちは分からないわけではないわ。私だって彼の音には意志が感じられない。それでは成長が見込めないと思っているから。
「でも、浩人はその玲華ちゃんの『考える』って工程をすっ飛ばして、それでも渋澤のように自分でコントロール出来なくなるわけじゃない。それって自分をコントロールして演奏する玲華ちゃんと考えずに自分の感じたまま演奏できる渋澤の良いとこどり出来てると思わない!?」
なるほど…。私がこの前、浩人君に言った『変幻自在』に多少考え方は似ているかしら。
「なるほど…。分かりやすいです。自分は…何も特徴が無くて…圧倒的な兄から逃げてきてばっかりでした。なんでも出来て、なんでも弾けた兄に負けないように…自分も色々なミュージシャンを聞いて、いろいろ弾いてきた結果が、今の俺だと思うんです。」
やはり…圧倒的と本人が語る兄に負けたくないという思いから今の何でもできるっていうスタイルになったのだとしたら、本人にとってそれは自己評価の低さとの戦いになるのかしら。
「でも、弾きたくても弾けない人ばかりの中でここまで色々なものが弾けているというのは類まれなる才能だと俺は思うぜ。お前は、自己評価が低いからな。裏を返せば、何でも欲しがる向上心なんだが。」
なるほど…。私は、その畠山先輩の話を聞いて昨日の渋澤さんの『良さは悪さ。悪さは良さ。』という話を思い出していた。
「あの…玲華さん。先ほどから…何か考え込んでいらっしゃいますが。…どうかしましたか?」
しまった。話を聞いていなかったかのように思われていないかしら。
「いえ…。渋澤さんも『今の自分のスタイルのせいで技術論とかを語るときに自分だけがレベルが低い』と感じてしまうらしいんですよ。それと同じような…『ないものねだり』なのかな。と。」
隣の芝生は青いとはよく言うけれど、ここまで当てはまる子も珍しいんじゃないかしら。だいたいの原因は嫉妬心や羨ましいと思う心だってどこかのサイトで見たことがあるけれど、もしそうだとしたら彼は嫉妬心の塊。ということになるのかしら。それはそれでこのスラっとした背の年下受けが良さそうなこの人の中身が嫉妬心の塊ってことになるから面白いのだけれど。
「じゃあ、次のLOUDERでは、もう1つ試したいことがあるの。事前に浩人君以外の3人には伝えたのだけど。浩人君は間違い探しみたいな感覚で違いを探しながら楽しんでみたらどうかしら。」
「なるほど…分かりました。やれるだけやってみます。」
そういって彼がギターを構える。それに合わせて私たちはアイコンタクトで前々から言ってきた検証のための演奏モードへと心を移し替え…役作りを始めていた。
「オッケー玲華。私は大丈夫だよ。」
「大下さん。俺も大丈夫だ…。俺がカウントしようか?」
「はい。お願いします。」
律と、畠山先輩がそれぞれ準備完了の合図を送ってくれた。そして
「私も…大丈夫です。始めましょう。ちょっと談笑していたらもう1時間しかありません。」
「分かりました。カウント、お願いします。」
私がそう言うと、畠山先輩がスティックを合わせてカウントを取り始めた。機械的に、技術を意識して。そして私たちのLOUDERが始まった。
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