第5話 コウノ ユウヘイ

文字数 6,200文字

「お疲れ様です。渋澤先輩。」
いつもO’verShootersのバンド練で来ているPop fun houseだが、今日に関してはいつも来ている目的とは話が違う。
「お疲れ。友貴也、悪いな。休みの日を削っちまって。」
目の前の渋澤先輩がニコッと口角を上げながら俺にそう喋ってくれた。
「良いんですか?僕、帰宅部で軽音楽部にとっては部外者も同然じゃないですか。」
「細かいことは気にするな。俺にとってお前は名簿には載っていない47人目の軽音楽部員だから。」
そう言いながら渋澤先輩は俺の肩をバシバシと叩いた。全く、この人は気遣いと義の男だとつくづく感じさせられる。
「あっ…!あれ…O’verShootersのYUKIYAじゃない!?」
「本当だ!どうしてここに!っていうか渋澤部長と親しげに喋ってない!?凄いよ!」
渋澤先輩もその声に気づいたのか、「こっちに来い」と俺を舞台裏の控室の方に案内した。

「まだライブ2回しかやってないのに有名になりすぎじゃないか…?お前。」
そう言いながら渋澤部長は控室のテーブルの下座の椅子に自ら向かい、「今日のお前は軽音楽部にとって客人だからな。後輩とはいえ今日はお前が上座だ。」と俺に聞こえるような独り言を言って上座の椅子を引いてくれた。俺はその気遣いに一礼をしてから「失礼します。」と席に着いた。
「いえいえ…本当にFoRを目指すなら、もっとライブに出て、もっともっと至らないところを修正しないといけないです。その過程でファンになっていただけるならそれはそれでって感じで。」
「お前の口からFight of Rock…FoRなんて略称が出てくるとは思わなかったな。でも、どうだ…」
そこまで言うと、渋澤先輩のいつも人前で振る舞うときのにこやかな表情が、一気に1人の先輩としての真剣な表情に戻る。渋澤先輩は机に両肘をついて顔の前で手を組んでいつも以上に真剣な声で投げかけた。
「クラシックから全く違うバンドの世界に足を踏み入れて、それでも同じ武田 梨奈って敵がお前の前に立ちはだかって。…辛くないか?」
やっぱり…高木さんからその話は聞いていたか。俺の中で、ピアノを辞めさせたあいつを許す訳には行かない。それに「俺を絶対に潰す」と言いたげな武田の黒い衝撃…。正直、俺はまた息の根を止められるのはないか。という不安が漠然とあった。
「また息の根を止められたら、もう表現をするだけの心が無くなるんじゃないか。って不安はもちろんあります。」
「なら…」
「でも…!」
心配そうな声を出した渋澤先輩を俺の声で無理矢理止めた。
「それでも…逃げたら武田と…逃げ続けるだけのあの化け狐と何も変わりません。アイツがどんな搦め手を使っても…それを正面突破でなぎ倒すだけの実力を…俺が持たなきゃまた武田が逃げます。」
渋澤先輩が真剣に聞き入る中、俺は言葉をつづけた。
「武田が『ナンバーワンになること以外の音楽の価値』に気づくまで、俺は戦い続けますし…正面突破でなぎ倒して戦い続けるだけのメンバーだと信じています。」
「そうかい…。」
渋澤先輩がそう言うと…俺に1枚の紙を差し出した。
「今日のバンド順だ。4番目のバンド『カンフーなんて知らない』ってあるだろ。」
紙を開いて、一番上に『耀木学園軽音部 第28代若葉ライブ』と書かれていることを確認してから、4番目の『カンフーなんて知らない』って文字列を確認した。渋澤先輩は一体何を言いたいのだろう。
「そのバンド、アジカンのリライトをやるんだけど…ギターボーカルの河野(こうの) 侑平(ゆうへい)って奴が経験者なのもあってかなり上手いらしい。ただ、ベースは未経験の初心者だからリズム隊はドラムの林だけ聞いておいてくれ。ってことを同じバンドの林から聞いた。お前のお眼鏡にかなうかどうかは分からんが、次期部長候補の話だからそれなりに期待していいと思うぞ。」
「分かりました。その、河野くんは重点的に見させていただきます。」
「オッケー。じゃあ、頼むわ。」
そう言うと、「もうそんな時間か」と言いながら席を立ち控室のドアを開けた。
「面白そうな個性のある後輩ばっかりだ。楽しんで行けよ。」
そういって渋澤先輩はニコッと笑って控室のドアを閉めた。



「あの…峰さん…すみません…連れてきていただいて…。」
「別にいいよ。…しかし、木原さんが方向音痴とは知らなかったな。」
「はい…妹も方向音痴で…妹は友達に連れて行ってもらうそうです…。」
木原さんが申し訳なさそうに顔を赤らめて俺の方を見上げていた。その表情にじれったく感じる自分がいる。
「生徒会の仕事で、文化祭のOP映像の部活紹介のための撮影か…どのバンドを撮るの?」
そう言いながらZEEXまでのビルがどんどん無くなっていく道のりをずっと2人で歩き続けていた。
「できれば部長の居るバンドの方が望ましいと思いますので…ね?」
そう言いながら木原さんが首を傾げたので
「承知いたしました。私なりに、ベストパフォーマンスを出来るように尽力いたします。お嬢様。」
自分がそれに対して執事のように返答した。木原さんのたった一言と、ね?と同時に自分に向けた表情…これだけで俺と国友、皆川のスリーピースを撮るのだと察してしまった。しかし…大丈夫か?あんなネタ極振りのバンドで。
「良いのか?打首獄門同好会だぞ?」
「えぇ。国友部長と文化祭の打ち合わせをする時に国友部長が練習していたバンドはどこでしたっけ?」
木原さんも分かっている。と言いたげな表情で質問を返して来た。
「失礼いたしました。莉緒お嬢様。」
咄嗟に執事の様にまた返答したが、木原さんが突然の下の名前呼びに驚いたのか顔を赤らめながら
「あの…そのノリ、いつまで続きますか…?」
と恐る恐る聞いてきたので流石に攻めすぎたな。と反省しながら
「もうやめるよ。」
と出来るだけにこやかに返した。それと同時に自分の服の胸ポケットから今日の順番が書かれた紙を取り出した。
「そうなると…俺たちのバンドは午前の部のトリだから、それは意識しておいて。」
『第56代 王晴高校軽音楽部 新入生青葉ライブ』と書かれた紙を開いて、俺は木原さんに見えるような高さまで紙を持ってきて、国友たちと出るバンドを指さした。
「分かりました。では、こちらからも良いですか?」
木原さんがこくりと頷くと、木原さんも言いたいことがあるらしく、紙を俺の手からそっと掴んだ。
「この、『高野と中澤と木原です。よろしくお願いします。』ってところあるじゃないですか。」
そう言いながら、木原さんの物凄く手入れがされている綺麗な指は紙の上半分、4バンド目を指していた。
「妹から聞いた話なんですが、この高野くん。…高野(こうの) 雄平(ゆうへい)くん。って言うらしいのですが…ギターボーカルでとてもパワフルな歌声で上手だそうです。ベースの子が未経験で中澤くんっていう子で…その子も未経験ながら中学校時代は吹奏楽部でチューバをやっておられたそうで元々のリズム感は抜群だそうです。それにドラムが私の妹で…手前味噌にはなりますが、両親の影響もあり、小学校のころからドラムやギター、ベースに慣れ親しんでいてかなり腕が立ちます。それにリードギターも2年生だそうで…。アジカンのリライトをやるらしいのですが、クオリティはかなり高くなると思われます。」
なるほどな…。個人的にはその中澤君って子が未経験者なのに上手いっていうのがどのくらいのレベルなのかが気になる。もちろん、吹奏楽部でチューバというとバンドでいうベースのような立ち位置だと思うからそこまで一気に転向したって気持ちにはなりにくいのだが…それがプラスに働いている?
「聞いてますか?」
木原さんの声ではっと気が付き、思考が一気に現実へと引き戻された。
「すまない、考え事をしてしまってた。」
「考えすぎも体に毒ですから…気を付けてくださいね?」
「分かってるって、木原さん。」
そう返しながらも、やはり気になる4バンド目のバンド名をまじまじと見つめていた。



「カンフーなんて知らないです、よろしくお願いします!まずは、メンバーの自己紹介から、今喋っている僕が、ギターボーカルの河野 侑平です!精いっぱい耀木の軽音部のために頑張っていきますのでよろしくお願い致します!」
これが、さっき渋澤先輩が言っていたギターボーカルか。喋っている分には特に特徴があるわけではない声。顔は…最近よくいるタイプの親しみのある顔立ちで服も白シャツに紺のコーチジャケット、下は黒のスキニージーンズ…正直、そこまで見た目の特徴があるわけでも、声の特徴があるわけでもない。まぁ、他のメンバーも見てみるとしようか。
「次に、リードギターが2年の野々垣先輩、ベースが1年生の白石君。」
そう言って、マイクをスタンドから外して、白石君と呼ばれた男の子に渡した。
「初めまして。白石 翔です。未経験者ですがこれから頑張ってベースをうまくなりたいと思います。よろしくお願いします。」
そして、白石君からまた河野君にマイクが渡って、スタンドに刺さった。
「で、最後にドラムが2年の林先輩です。」
そういって、林君がスティックを持った両手を挙げて大きく振って自分を示していた。
「じゃあ、もうさっそく曲の方に行きたいと思います!」
河野君のその声でPop fun houseの客席…といっても耀木の軽音楽部の部員たちから歓声があがる。
「ASIAN KUNG-FU GENERATIONで…『リライト』」

「はーいどうも、『高野と中澤と木原です。よろしくお願いします』…です!」
そうギターボーカルの子が言うと、部員全員で拍手を送った。これが、さっき木原さんが言ってた木原さんの妹…恵さんが出てるバンドか。ギターボーカルの子は昔運動部だったのかな?と思わせる引き締まった腕がこの時期には早い半袖のシャツから見えている。顔もスポーツマンな爽やかさがあり、優しそうな顔が女の子受けしそうだなーって印象を俺に与えた。
「まず、皆さんに顔と名前を覚えてもらわないといけないので自己紹介をします!自分が、高野 雄平っていいます!ギターは中学生のころからやっていて、歌を歌うことが昔から大好きだったのでこの軽音楽部でギターボーカルとして活躍できるよう頑張っていきます!よろしくお願いします!」
そういうと、拍手が起きた。その間に、高野君はマイクを抜きベースの子へと手渡していた。この子が…中澤君。ちょっと気になりながらその様子を見ている。
「中澤 遥人(はると)です…よろしくお願いします。」
声低っ!内心そう思いながら拍手を送った。すると、どこから来たのか分からない政樹くんが俺の後ろから声をかけてくれた。
「尊先輩…あの子、きっと尊先輩が指導したらいいベーシストになれると思いますよ。素材は僕よりいいと思いますし。」
「そうか…演奏を聞いてから考えてみるよ。」
俺の一番弟子がそう言うのだから…素材としては良いものがあるのだろうか。木原さんも…正確には今自己紹介をしている木原さんの妹も絶賛していたし。そう思っていると拍手が起こった。しまった、木原さんの妹の自己紹介を聞き逃した。が、問題ないだろう。
「で、リードギターが2年生の村田先輩です。」
1個下の村田という男の子に拍手が浴びせられた後、すぐに曲紹介に入った。
「それでは聞いてください。ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『リライト』」



特徴的なイントロから、すでに大盛り上がりで耀木の軽音楽部のエネルギーの強さを体中で感じ取っていた。すると、歌いだしの1フレーズほど前から渋澤部長が「まぁまぁ…」と皆に静まるように身振りで指示をしていた。
「軋んだ想いを吐き出したいのは存在の証明が他にないから」
この曲は確かに、サビ以外は静かに聞き入る方が似合っている曲だ。そう言う意味では渋澤部長の身振りでの指示は、河野君の実力を知るためのファインプレーじゃないだろうか。
「掴んだはずの僕の未来は「尊厳」と「自由で」矛盾してるよ」
静かながらも、内に秘める炎のようなアツさが河野君の声にはあった。それと同時に歌詞を読み解くと分かる憂のような…悲しみのような切ない気持ちも混ざり合っていて非常に聞いていて気持ちが良い。

「歪んだ残像を消し去りたいのは自分の限界をそこに見るから」
ベースを重点的に聞こうと思っていたが、高野くんという子の声のストレートさに惹かれ、ギターボーカルを聞く方に意識が行ってしまっていた。この曲はサビで感情を爆発させるような歌い方が特徴だが、こういう弱い所でもストレートに耳元まで届く声というのはそれだけで羨ましいものだ。
「自意識過剰な僕の窓には去年のカレンダー日付けがないよ」
そこまで歌いきると、さっきまでの優しそうな表情から、一変して真剣で厳しい般若を思わせるような表情へと変化した。…来る!

「自意識過剰な僕の窓には去年のカレンダー日付けがないよ」
そこまで歌いきると、渋澤部長が、「やるぞ!」といった表情と身振りで部員全員に指示した。ステージ上の河野君も「よしやってやる!」という表情に変わり、ギアが上がった感覚が聞いているだけの俺にも伝わった。
「消して」
その声に俺は驚いてしまった。…2週間前に聞いたSolomonsのBa’alに似たような…パワーがあって腹圧もある、それでいてパワーだけじゃない感情の大きさを感じさせる歌声が俺の耳に刺さった。
「リライトして」
ロングトーンでもそのパワーは落ちるどころか、むしろノビを感じさせる。ステージを見ると赤い炎を纏った河野君とそれに群がるようにステージへ突撃する輝木の軽音楽部員…それに合わせて動きは少ないものの楽しんでいる白石君に表情のテンションが振り切れてしまった野々垣君と林君とこの場に居る全員が…河野君のパワーのある声に魅了されている。
「くだらない超幻想忘られぬ存在感を」
声量も…声質も…何もかもが雄々しく、猛々しく、この曲にとてもあったパワーのあるボーカル…。ひょっとしてコイツがSolomonsのBa’alなんじゃないか…そう思わせるほどのパフォーマンスの高さに俺はただ立ち尽くすしかなかった。

「起死回っ生」
おいおいおいおい…中澤君がヤバいって聞いてたのに話が違うぞ!何だコイツのパワーのある歌声は…!まるで地面から唸るような、体中に響き渡る力強い声。それにちょっとしたアレンジを入れるだけの余裕…高野君って言ったか…?あの子、ただものじゃない!
「リライトして」
ロングトーンだと、息が続かなくなって声が落ちるような感覚になるって国友が前に言ってたが…今の彼からはそんな気配が一切しない。声の軌道が落ちるどころか、どこまでも響き渡っていくんじゃないかとさえ感じるこの声…セミプロなんじゃないか!?この子。
「意味のない想像も君をなす原動力全身全霊をくれよ!」
とてつもない新人が来ちまったぞ…どうするよ…国友。そう思いながら俺は自信満々な表情の国友を見つめるだけしかできなかった。
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