第8話 全力VS全力

文字数 7,270文字

「で、ボーカルの話を受けることになったのか。」
俺は、大嶋に対してメッセージを送る。
「分かった。後悔の無いようにな。俺も、都合が合えば見に行ってもいいか?」
「分かりました。僕も、峰先輩を納得させられるような凄い演奏ができるように頑張ります。」
「そうか。気負いすぎるなよ?お前は、充分に活躍できるだけの実力を持っているはずだから。」
「善処します。」
…全く。ここで「絶対に気負うようなことはしません。」って言い切れないのがアイツだよな。アイツは繊細ですぐに傷を負うはずなのに誰にも相談できない。それはきっと自分が相談することで誰かの負担になることを嫌がってるんだろう。
「お前は、恵まれてるよ。」
「どういうことですか?」
「いや、なんでもないよ。」
だからこそ、恵まれていることを自覚させても俺の心を背負わせるわけにはいけない。そう思って俺はこの話の身を引いた。
「で、曲は『狂乱Hey kids!!』に『アルペジオ』、最後に『MONSTER DANCE』で、トリのアンコール曲は『シルエット』ねぇ。」
すぐさま、話題を切り替えた。もう「高校生が選んだ盛り上がる曲!!」って感じがするな。ここまで魂胆が見え見えだとかえってスッキリする。まぁ、そういう俺も高校生だけどさ。
「全体的に声が高い曲ばっかりの選曲だが、喉は大丈夫か?」
「正直、聞いてみて『明日合わせるから覚えろ』って難易度の曲じゃないでしょ。全部。」
「頑張れ(笑)」
とまぁ、大嶋の言ったとおりだが、なんていう難しさの曲選曲してるんだ…。
「特に、3曲目の『MONSTER DANCE』はMV通りにいくなら色々やることあるからな。『熱い熱いよ熱すぎる』の手拍子を煽ったり、サビの『MONSTER DANCE』のところの振付だったり、2番のサビが終わってからサークルを煽ったり。」
まぁ、流石にここまで事細かくアドバイスをしていたら、俺が軽音楽部の関係者ってことはバレるだろう。
「流石、ベースをやってるだけありますね。でも、そこら辺は本番で忘れていても軽音楽部の皆さんと元々のボーカルをしていた人の人脈でサッカー部の皆さんがサクラをやってくれたり、サークルの中央ではダンス部の部長がブレイクダンスで全力でまわってくれたりするらしいので、安心してくれ。って渋澤さんに言われました。」
!?大嶋…お前今さらっと俺がベーシストだとバレてるって言いやがったか?
「お前…いつの間に俺がベースやってるって言ったんだよ!」

ははは…驚いてやんの。そりゃ分かりますよ。いつものフードコートで流れている曲のベースラインをルンルンで口ずさんでいたし、軽音楽部のボーカルの助っ人を頼まれた際の相談をしたときに顔が歪んでいた。その二つの状況で判断して、鎌をかけたらあっさり白状してくれたな。
「今言いましたね。」
「は?どういうことだよ。」
「鎌をかけたら、キレイに引っかかってくれましたね。いやぁー、峰先輩ってベーシストだったんですね。」

クソが…、先輩相手に鎌かけてんじゃねーぞ大嶋ぁ!
「てめぇマジでお前の本番の文化祭に絶対行って粗探ししてやるからな!」
「はいはい、分かりました分かりました。」
こいつ…余裕ぶってやがる、ふざけるなよぉ!!
「また、峰先輩のベースを聞きたいですね!」
「ベース単体で聞くもんじゃねぇんだよ。ベースってのは。」
ベースあるある過ぎて言う必要もないかもしれないんだが、ベースって単体で弾くと誰もどの曲かわかってくれないんだよ!
「まぁ、俺も明日生徒会で朝早いから寝るわ。おやすみー。」
明日は朝から生徒会の役員選挙関係を決めるんだ。面倒だな。そう思いながら、俺はスマホの電源を切って布団を被った。


「気負いすぎるなよ…か。」
昨日、峰先輩から送られてきたメッセージを確認した。
「準備はいいか?友貴也。」
広い部室で、俺の二つ隣の渋澤さんから確認を受けた。
「はい、4曲通しで行きましょう。1曲目の前にコール入れても大丈夫ですか?」
「あぁ、俺は良いが、皆はOKか?」
俺の提案をうけて、渋澤さんが皆に確認する。全員がOKのサインを出した。
「じゃあ、好きなタイミングでコールを始めてくれたら俺たちが合わせるを。」
「分かりました…行きます!」
部室の時計が午後10時30分を指した。俺たちの練習枠が始まった。

「1本打って!」
友貴也の声に合わせて、演奏を始める。
「ただいまより、2本打って!」
声を出した瞬間に分かった。こいつ、中学時代と変わってねぇな!音楽が流れだすとアツい気持ちを出してくれるんだな!やっぱり!
「The,PM10:30の3本打って!」
そして、こいつ…。本気出せよ…。そう思いながら、俺はこのコールの後の前奏からいきなり仕掛けることを決めた。
「文化祭最後のステージ、最高の思い出にしたい奴は4本打って!」
さぁ、浩人、平井、高瀬、俺と友貴也についてこられるか!?
「The,PM10:30、これより始めさせていただきます。どうぞよろしく!」
友貴也がそう言うと、高瀬がオープンハイハットで4カウントを打った。そこから、狂乱Hey kids!の前奏!いきなりギターの忙しい前奏だからとかもう考えねぇ!友貴也!お前の本気を見せて来いやぁ!!

「Tonight We honor the hero!!

うわっ!やっぱり、さっきの皆への目線で察してたけど、渋澤さん本気出してきた!今までと指の滑らかさが格段に違うし、それに、ライブでしかやらない派手な動きを練習でもやってきてる!これは何も考えてないときの渋澤さんだ!これは、俺もこれについていくとか考えたら負けか!?いや、この友貴也と渋澤さんの仕掛け合いをリズムギターで支えるのが俺の役目だ!

「Hey people!Let’s go back to zero!!」

あーあ、渋澤が推薦するだけのことはあってヤバいな…この大嶋ってやつ。ギター2人共がまだサビにも行ってないのに大嶋に乗せられてる。いや、渋澤が最初に仕掛けて、浩人が乗って、最後に大嶋か。でも、本気を出したこの2人に負けないだけの芯のある歌声や迫力。それに2人がライブ用の激しく体を動かすパフォーマンスをしても、ビビるどころか「そう来ないと!」と言わんばかりに自分も激しくノッてやがるな!それだけ激しく動いても声のブレない発声、なんていう腹筋してんだこいつ!おまけに、それに引っ張られる形で浩人が歌うボーカルが重なってるところの歌声も上手く成ってやがる!これは、俺と高瀬がしっかり3人を支えないとな!そう思って高瀬を見ると…
「こいつら…ヤバいな!」
笑いながら口パクで俺にそう言ってきた。分かってるなら、俺たちで支えるぞ!

「狂ってHey kids!!」

うーっわぁ…このボーカル、サビになってさらに声量のギア上げてきやがったな。なら、俺のドラム音が沈んだら死ぬな!フォルティシモでガンガンに叩いていくか!体の叩く音は激しく!心で取るカウントは冷静に!!意識するのは偶数拍の右足だけ!あとは普通の裏打ちだから、右足のダブルバスキックだけ意識を集中させろ!

「戻れない場所を探して」

俺がそのフレーズを思いっきり叫ぶと

「「「Wow!Wow!Oh!」」」

高橋と平井さんと高瀬さんが全力でシンガロンガを返してくれた!うっしゃあ!このままどこまでもノッてやるよ渋澤さん!俺の本気についてこれねぇとかぬかすんじゃねぇぞ!容赦しねぇからな!!

「狂ってHey kids!!私の名前を吐かないか?」
「Are you ready? I respect the hero!!」

ふふふっ、ここまでギターを弾いていて楽しいのは初めてだ!昂るこの高揚感!シンガロンガがハマってから友貴也は完全に自分の世界に入ったな!浩人も、大野部長と組んでいた時より遠慮なく自分の歌声を飛ばしてやがる!面白れぇ!友貴也、ここはもう遠慮して退いた方が負けだぞ!容赦しねぇぞオラァ!!

「今や共犯さ 天の存在もほら」
「Who is the master who calls my favorite name!」
「いざforever ever ever」

ここまでしっかり英語のフレーズがはっきりと飛ばせるのはなんでだ!?分かんないや!でも、渋澤さんと友貴也がバチバチに仕掛けあってる、俺は平井さんと高瀬さんに目線で
「ここは俺たち3人でしっかりあの2人で支えましょう」
と送った。2人は何かを察したようでよりリズムをしっかりとってくれているように感じた。よし、ここからさらに冷静に2人の仕掛け合いを俺からもお手伝いさせてもらうぜ!

「狂って平気??私の名前を吐かないか?」

うっわ…ここのロングトーンからビブラートと消え入るようなデクレッシェンド、大野部長より好きかも…上手いな。大嶋。そう思いながら俺は続けて2番が終わった後のところを演奏しているといきなり
「リードギター!渋澤 昂樹っ!!」
そう言って大嶋が渋澤を指さした!ギターの目立つタイミングでボーカルからギターに注目を一気に集める。アイツ、どこでそんな立ち振る舞いを覚えたんだよ…。なんだこいつは。

「「「Wow wow wow Oh Wow wow wow Oh」」」
「Just wanna hold your hands」

今のビブラート、一瞬本家かと思ったぜ?このボーカル、セトリを見てから1晩でこのクオリティに仕上げてくるとか流石は超有名ボカロPだな…ヤバすぎるだろ。全く。耳の良さも超一流ってことかよ!ここは16分のスネアのしなやかさと裏拍アクセント意識!これを叩き続けて、ここで16分の4つとも全部アクセント!

「Just wanna hold your hands yeah yeah」
まずは、俺が一人でここを歌う!
「「Just wanna hold your hands yeah yeah」」
次に、俺と高橋で歌う。高橋、俺と引けを取らない声量でガンガン入れてきてくれてるな!
「「「Just wanna hold your hands yeah yeah」」」
さらに、平井さんが入って3人になり、厚みが増した。そして、高瀬さんのオープンハイハットで空気が変わる。
「「「「Just wanna hold your hands yeah」」」」
「狂ってHey kids!!」
ドラムの音が一切なくなって雰囲気が変わったこの4回目のコールは渋澤さん以外が全員入ってそれを合図に、俺の歌声を思いっきりフルスロットルに上げた。ラスサビ、かかってこいやぁ!!

このコール、ハモる予定は無かっただろ!?なんでお前ら全く入るタイミングが被らずに4回ともコールをハモれたんだよ!お前ら息ピッタリかよ!ったく!全員友貴也が引っ張ってるってことか!なら、友貴也に合わせて俺もギターでガンガン持っていってやるよ!いくぜ友貴也、浩人、アウトロ終わるまでこのまま突っ走るぞ俺は!

「出会うはずだったあなたと」
「「「Wow wow Oh!!」」」

はぁーっ、この1曲の間に息ピッタリだな。俺たち。あのコール、俺たち三人と大野部長のときと比べて、入る順番はボーカル、リズムギター、ベース、ドラムで変わってないけどまさかユニゾンで合わせるとは思わなかったな!しかも、ここのシンガロンガも大野部長のときより3人共が完璧には入れている。すげぇ…ボーカルでここまで上手いの…初めての感覚だな。俺は高瀬をふと見た。そこには笑顔でハイになりながらドラムをたたいている高瀬が居た。あぁー、これはもう周りの音聞いていて楽しいってこと考えてんな?こいつ。

「狂ってHey kids!!それでも未来は儚いか?」

はぁーっ、上手いなぁ。やっぱり友貴也は。そう思いながら俺は渋澤さんのギターや、平井さんのベース、高瀬さんのドラムに合わせてアウトロを演奏する。ここまで全員が合わさった演奏は大野部長とならできなかったかもしれない…。大野部長だって下手なわけじゃない。なのにこいつは何者なんだ本当に。この大嶋 友貴也って男は!

「I swear I respect the hero!!」

流石は渋澤の推薦したやつなだけあるぜ。上手いな。このボーカル…。その考えだけしかこの演奏で考えられなかった。大野部長ももちろんうまい、ただ、歌声から通して出てくる「こういう感情を出したい」という考えや「この感情をもって演奏してくれ」という明確な意図をバンドメンバーにも伝えている。ドラムだから自分はみんなの周りを見ながら調節してるけど、それを受け取って演奏に反映させる昂樹と浩人を見ていて、自分も楽しいという感情が爆発していった。すげぇな…お前ら3人は。次元が違うよ…。お前らは。

「ひらりとひらりと舞ってる 木の葉が飛んでゆく」
「「「Wow wow wow」」」
3人共がシンガロンガで入って、そこから回数を重ねる度に徐々にデクレッシェンドで弱まっていく。そして、俺以外の4人の演奏が終わった。



「お前ヤベェな!友貴也だっけ?気に入ったよ!」
高瀬さんが俺にそう言って話しかけてきてくれた。
「ありがとうございます!」
俺は、そういって一礼した。
「それに、あのボーカルに合わせてギターをガンガン上げていった、あの二人のギタリストも物凄くうまいだろ?」
「そうですね…。渋澤さんは、昔と同じようにテンションを上げてメロディーに吹っ掛ける演奏で、それは昔のテナーサックスをやっていた時と変わらないですね。それをうまい具合に邪魔にならないように、かつ渋澤さん一人で突っ走らないように裏から支えるように演奏するリズムギターの高橋も上手いし、演奏全体を支えるお二人のリズム隊も高橋と渋澤さんのことだけじゃなくて皆にアイコンタクトで指示を飛ばしたり、リズム隊同士で連携を取ったりして視野が広いな。と感じました。平井さん、自分の歌声ってどう感じましたか?」
このバンドの中で、目立ちはしないものの、この3人を支えて、周りに目配せをして全体を一番見ていた平井さんの意見を聞いてみたかった。
「俺の意見か?…少なくとも、ここのボーカルやってた大野部長より迫力はあるし、曲の歌声で『ここを強調したい』とか、『ここは自分が退いて演奏を目立たせる』っていう意志も明確で俺は合わせやすかった。ただ、この曲の演奏に関する意識はしていても、この曲の伝えたいことをしっかり明確にしないといけないんだろう。っていう課題はあるな。」
なるほど…さすがは平井さん。よく見てるな。確かに、セトリを見てからまだ1晩しか経っていないから演奏に関しての注意はしていたが、この曲の本質は捉えられなかったかもしれない。
「まぁ、そこはセトリを配られてからまだ1晩しか経ってないんだ。だから、これからどんどん友貴也は詰めていけるよ。そういう人間だし。」
渋澤さんがフォローを入れるが、それ、俺にプレッシャーかけてますよね!?
「そうですよ。逆に1晩で4曲全部このクオリティに仕上げてきてくれたんですから、そこは素直に褒めましょうよ!」
そう言って高橋も俺をフォロー?してきた。
「そこまで言うなら、僕からも一つずつ課題を持って帰ってください。まず、渋澤さん。渋澤さんはゾーンに入っているときは演奏にブレがなくなるのでいいんです。ただ、そのゾーンに入るまでの演奏に意識が雑念になってしまってそれこそ平井さんが僕に言った『演奏で何を表現したいか』っていう所にブレが出ているように感じました。なので、難しいことを言っていますがそこの修正をお願いします。毎回僕も渋澤さんをゾーンに持っていけるボーカルを出来ると確約はできません。」
渋澤さんも、自分で納得しているかのような表情をしていた。そして、次は高橋。
「次に、高橋。お前は俺のボーカルや渋澤さんのギターが前に出るときに、自分は支えようと自分のギターを退かせることがあるだろう?」
「あぁ、そうだな。自分を退かせてお前と渋澤さんの仕掛け合いをサポートするように徹してみたんだが。」
「それが問題なんだよ。本来、ボーカルとリズムギターは同じ人がやる楽曲ばかりだろ?そんな楽曲でボーカルの俺が出てるのに、リズムギターのお前が退いているのはおかしいだろ?」
高橋は、そこまで言えば、納得という表情がしたのでもうそこから先は言わないことにした。
「んじゃあ、そういうことだ。次、平井さん。」
「俺にはなんだ?」
「平井さんは、自分が一番俯瞰的にみているって自負があるからこそ自分が出るところを他の人に譲っているような印象があります。なので、自分が出るところは出ましょう。で、最後に高瀬さん。高瀬さんは演奏で例えば、1曲目のリズムパターンでバスドラが16分刻んでるところで意識が働きすぎて右足が少しもつれているような感覚がします。なので、明日の晩飯のことでも考えながらできる。ってくらいに余裕を持ってください。」
リズム隊への指摘はこんなものかな。
「凄いな…。あんだけ激しく動いておいて、全部指摘できるところを指摘している…。流石は超一流ボカロPだな。」
「そういう言い方ある?高瀬。」
「別にいいだろ、平井。好きでやってんだからよ。」
リズム隊のお二人は仲がいいんですね。
「よし!練習枠の45分も終わるから、すぐに撤収!各自宿題を終わらせてくること!そして浩人!ラーメン行こうぜ!」
「分かりました!」
渋澤さんが、高橋にラーメンを誘っていた。
「俺も行きます!」
「「おっ!友貴也も行くか!」」
この反応…二人の食の好みは似てるんだな。
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