第8話 ブラッディバレンタイン

文字数 4,243文字

「お前がついに女の子とまともに話せるようになんてなぁ…。」
「何回もからかうなよ。純平。」
そう言いながら俺は高木さんとのLINEを眺めていた。彼女は、楽譜を見るとそれを意識しすぎて崩れてしまう癖があると自己申告していたので楽譜の画面は一切送らず、音源だけを送った。ただ、耳コピだけで出来るような難易度の曲ではないと思いながら俺は新曲の楽譜を眺めていた。しっかし、裏打ちを少し難しくしたものをメインにタム回しも結構音数を入れたつもりだがそれをどれだけコピー…彼女の場合は多少のアレンジもあるか。どんなドラムをしてきてくれるのか週末の土曜日が楽しみであった。
「でも…私以外にも話せる女の子が増えるなんて…。」
そう言いながら浮田はふくれっ面だった。まぁ、当然だろうな。元々嫉妬の塊のような浮田が『自分以外にまともに話しかけられない』ということで優越感を得ていたはずなんだ。それが崩れれば何があってもその女の子を潰しにかかりたいはず。だが、こちらとしても大事な俺たちのドラマー候補を潰される訳にはいかない。横田の方に目線をやると
「分かっているよー、友貴也―。浮田さんに手出しさせなければいいんでしょー?」
思いっきり声に出してきやがった。なので横田の左足を踏んで徐々に力を入れながら
「分かっていても本人を目の前に言っちゃいけないことだろう…?今のは言って?」
耳元で脅すように迫力とドスを精いっぱい詰め込んだ声を出した。
「良いことー。」
力を右足に全て込めた。ふんっ!!
「良くないことですごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
全く…普段は間延びした喋り方なのに感情が出ると普通の喋り方になるのはどうかと思うぞ?そう思いながらいつもと変わらないじゃれ合いを朝から繰り広げていた。その空気は今朝一番遅く来た男が1-Bの扉を開けた瞬間に一気に張り詰めたものになっていった。
「お…はよ……う…。うっ!」
頭のこめかみの辺りを押さえながらそう言ってきた浩人の様子は明らかにおかしかった。痛みをかばっている様子が目で見ても耳で聞いていてもまともにいられる状況ではなかった。
「おい、見せろ!」
やはり、というか予想通りというか…真っ先に純平が浩人のもとへ向かい、頭を押さえていた浩人の左手を力づくで引きはがした。
「どういうことだ…浩人。」
「違うんだ…純平。」
「何が違うってんだよ!おい!またあのクソ兄貴か!おい、浩人!」
純平は怒り心頭で浩人の両肩を掴んで揺らした。それを見て俺も純平と浩人のもとへ駆け寄った。ふと浩人の頭を見ると押さえていたこめかみから流れ落ちる血とこめかみから頬にあたって赤い跡がずっと続いていた。
「おい、俺にも見せろ。純平。」
そう言って俺は純平と場所を変わるように手で指示し、俺はその傷の種類が殴られているような傷であるということを何とか見抜いた。
「うっ…!」
そう言いながらまた浩人は頭を押さえながらしゃがみ込んでしまい、そのまま意識を失った。意識を失った浩人を見た瞬間に
「おい!純平、こいつを今すぐに保健室へ!横田、廊下の1-DかE組の前にある担架を頼む!浮田、お前は1限の授業の先生に今のこの状況を説明して俺と浩人と純平が欠席する旨を伝えろ!」
「友貴也っ!私も何か手伝えることある!?」
「柿谷さんは…ごめん!今なにも思いつかないから特に何も頼めない!浮田と横田の補佐を頼む!保健室の先生への説明は俺と純平の2人が居れば充分だ!」
「真菜!お前、軽音楽部へのツテなかったっけ!?」
純平が柿谷さんにとっさにそう聞いていた。確かに、交友関係の広い柿谷さんなら何か軽音楽部へのツテがあってもおかしくはないか…!?
「律先輩やまさ先輩ならあるよ!」
あの文化祭の打ち上げで一緒になった先輩か!なら、浩人が組んでいるバンドは練習が出来ないはずだからそのことを柿谷さんからあの二人に連絡を回してもらおう。
「なら、今から軽音楽部に浩人が倒れたことについて連絡を回してもらうようにその先輩方によろしく頼む!」
「お、オッケー!」
「担架持ってきたぞ!」
「よし、純平。保健室に直行だ。」
「分かった!行こう、友貴也!」
純平がそう言いながら浩人を抱えた。どれだけ見積もっても55kgはあるその体を軽々と一人で持ち上げ、担架の上にそっと置く姿は流石は運動部と考えていた。
「行くぞ、せーのっ!」
「おらよっと!」
二人で持ち上げて俺が保健室まで案内することにした。

「友貴也ってあんなにハッキリと女の子相手に物を言える子だっけー?」
私はそう言いながら、LINEの友達リストから律先輩とまさ先輩を探していた。友貴也にあの剣幕で言われたら、その指示を無理ですっていう訳には行かないよねー、中江、中江、中江、あった!
「まぁー、仲間が目の前で倒れたんだよー?流石に人を選んでいる場合でもないんじゃなーい?」
まぁそうか。この緊急時に人を選んでいられるだけの余裕がないってことなのかな…。とにかく、浩人が無事ならいいんだけどー…。

「玲華さん。どうする?卒業ライブの企画バンドで畠山先輩と篠田先輩を迎えるために玲華さんと高橋くんと律で二人の大好きなRoseliaの『Neo-Aspect』と『BRAVE JEWEL』と『FIRE BIRD』に『LOUDER』をやるって話だったろ?2月の下旬に国公立大学の前期試験があってそれが終わって初めての土日から4日間かけてのライブだからまだ時間があるとはいえ…このタイミングで浩人が倒れたのは正直不味くない方がおかしいだろ。」
窓の外には雪もちらつく2月のバレンタイン直前でホワイトバレンタインだとクラスメイトは騒いでいるが、俺や玲華さんにとっては気が気でなかった。
「どうしましょう…と、言ったところで浩人君の回復を待つしかないのよね…。」
「あいつ…うちの軽音楽部だけじゃなく、友貴也主宰のバンド…O’verShootersにも参加して毎月8曲近く練習していたんだ…。その無理がたたったのかもな…。」
「そうね…いくら練習の鬼のあなたに憧れているからと言ってあなたのように体が強い訳でもないのだから、こうなることは覚悟を決めていたのかしら。」
玲華さんがそう言った矢先に、LINEの通知音が鳴り、チェックすると友貴也からのメッセージが送られているのを確認した。
「分からん。だが、友貴也に連絡をよこしてもらって聞いた話では『保健室の先生曰く、重いもので何度も殴られた内出血の跡があって、その経過から昨晩に殴られたと思うけど、とても人間がやった暴力の量ではない。』って話らしい。だから、覚悟云々の話ではないだろう。」
そう言いながら、俺は弁当箱の中のゼリーを食べて、弁当箱を閉めた。気づけば、左手を握る力がどんどん強くなっていることを感じた。自分は…慕ってくれている後輩1人ですら守れないのか…。そう思うと自分の無力さを感じてしまっていた。
「渋澤さん…?」
「クソっ…また自分は何もできないのか…。」
右目からそっと一滴右の頬へと伝っていくのが感じられた。それを見た玲華さんが俺の肩にそっと手を置いた。
「でも次は…私がいる。…今度は一人じゃないわよ…!」
「あぁ…玲華さん!」
俺は左手の握る力がスッと抜けていくのを感じた。

「おかえりなさいませ。友貴也様。」
「様なんていいよ。荒瀬兄さん。全く…2月の中旬なのに寒さが和らぐ気もしないよ。」
「小さいころからの仲とはいえ、今はお父様から家事手伝いとして雇われている身ですので、こちらこそ兄さんは結構ですよ。友貴也様。」
俺は、俺たち二人で暮らしている大嶋家の神奈川県の別邸に帰ってきた。俺は2階の自分の部屋に戻り、制服から私服に着替えて1階の洗濯機の前にある洗濯物を入れるカゴに夏制服のYシャツを入れた。そして、リビングに戻りソファに座ってテレビを見る前にパンパンと2回手拍子をして、荒瀬兄さんを呼んだ。すると、キッチンから「今向かいます。」と食器類を片付けて、荒瀬兄さんが来た。
「すまない。荒瀬兄さん。…一つ、頼みたいことがあるんだ。」
「はて…どのようなご用件でしょうか。友貴也様の声から、それ相応の真剣な話題であるということは分かるのですが。」
全く…荒瀬兄さんはいつも察しが良くて助かる。浩人がまだ目覚めない以上正式に話が進められるわけではないが、準備だけは進めていてもいいだろう。
「俺のやってるバンドに『HIROTO』ってギタリストがいるだろ?」
「はい、常々名前も写真もお話も伺っております。なので、彼についてのことはある程度知っているつもりではあります。身辺調査もこちらで致しましたので彼自身については何も問題ないかと。」
そう言いながら彼は冷蔵庫の中からカステラを出して、テーブルの上においてくれた。
「いや、お前の身辺調査でも見つけられなかった問題があったんだ。おそらく、本人も話したがらない家庭の話だ。家庭内暴力とかそういうスジの話だ。」
「ですが…相手方の家庭の問題まで踏み込めるほど私も、お父様も力は持っておりませんよ?」
「だから、何か証拠をつかんでいただきたいんですよ。それを警察に出せば動かない方が問題なんだ。」
「なるほど…でもそれで警察が動くかどうか…。」
「なら…」
俺の声が荒瀬兄さんとの会話を繰り広げていくたびに声が落ちていっているのが分かっていた。
「この別邸で浩人を引き受けてくれるようにお父様を説得してくれないか?2人だとこの別邸も広くて広くて仕方がないだろ?ちょうど空いている部屋も1つあることだし。」
「その程度なら…造作もないと思われます。ですが、お父様も声楽のお仕事で海外に長期で住み込んで仕事をしているだけなので夏休みなどの長期休暇には帰ってこられる可能性はございます。そのあたりはご理解いただきます。」
「分かったよ。そこら辺はまだ浩人の了承を得ていないから分からないけど出来るだけこちらで引き受けてくれるように頑張るよ。」
「はっ。承知いたしました…。友貴也様。」
そういうと荒瀬兄さんはまた家事の方へ戻っていった。自分の中で1つ覚悟を決めた作戦を動き出すように自分の心をもう一度確かめた。
「…これはあっているはずなんだ。だから、俺はただただ進まなきゃいけない。これはあっているはずだ…。」
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