第10話 I’m like Chameleon

文字数 3,074文字

ここ最近…いろいろなことが立て続けに起こりすぎだと思う…友貴也には「お前の家庭に問題があるなら俺のところで引き取るぞ」とか言われるし、高木さんがドラマーとして加入するし、その高木さんだけには友貴也はハッキリと物を言えるし…何があったのか自分の理解の及ばないことばっかりが起きていて自分にはよく分からない状況だ。…だとしても、俺がやるべきことはたった一つ。眼の前に出ている課題曲を次々と弾きこなすだけだ。
「~♪~♪~♪」
大下先輩から電話がかかってきたので3コール以内に出る。
「大変お待たせ致しました、大下先輩。本日はどのようなご用件でしょうか。」
「そこまでかしこまらなくても大丈夫よ。だって、私は『玲華さん』とかでいい。って最初のバンド練にも言ったでしょ?」
「いえいえ…先輩である以上、そういうフランクな呼び方は…」
「浩人くん。あなた、気を張りつめ過ぎよ。」
気を張りつめ過ぎ…か…。そりゃ、部活に行けば自分の世界に没入しても周りを見て演奏できたり、目をつぶっていても演奏できたりする渋澤先輩や一フレーズ歌うだけですぐに曲の世界へ観客を引きずり込む大下先輩。他にも俺以上に輝きを放っている同期達がいる。O’verShootersでも友貴也には歌唱力はもちろん、ステージ上での立ち振る舞いから発揮されるカリスマ性があり、それを存分に発揮して観客を一気に乗らせる能力がある。そして友貴也に合わせて峰先輩や高木さんはどんどんボルテージを上げて行ったり、むしろ落ち着かせたりすることも出来るコントロール能力に長けている。家に帰れば持ち前の才能で何でも出来る兄がいる。どこに居ても俺以上の実力を持つ人間ばかりで、俺はそれに食われないように合わせるカメレオンのような人間なんだ。気を張りつめて周りに合わせなきゃ、俺は食われて捨てられるだけの人間なんだ。物心ついた時から才能のある兄についてくる付属品だった俺はずっとそう思ってきただけに、自分の良さなどまるでないものだと思ってきた。だけど、峰先輩に「お前は俺や友貴也と組むだけの実力がある」と言われたり、「渋澤より数倍ギターが出来ている」と言われたりしたが自分では全く届いていない。だからこそ大下先輩に聞いてみることにする。
「大下先輩…俺のギターの良さってなんですかね?」
思い切って、俺は自分の演奏の良さを聞いてみることにした。すると、大下先輩は困ったようなため息をして少し間を取った後、こう答えてくれた。
「正直な話、自分の良さは人がいくら言ったところで自分が納得しないと引き出せないものだと思うの。そこは分かってくれるかしら。」
「もちろんです。」
「じゃあ…私が思うに、あなたの良さはカメレオンのような変幻自在さよ。どんな曲に合わせてどんなアンプでもどんなエフェクターでもすぐにセッティングして曲に合わせた音色にして同じバンドの違う曲でも少しずつ変えて、完璧に再現してくれる。あなたはまさに、変幻自在のギタリストじゃないかしら。だからこそ、渋澤くんのような突き抜けた特徴が出ないと悩むのも当然だと思うの。」
「なるほど…。」
変幻自在のカメレオン…か。でもそれって何もないっていうことなんだよな。
「ありがとうございます。大下先輩。でも、自分の中でそれってなにも良さが無いって言われているような気がするんですよ。」
何もないからこそ、変幻自在に生きていくしかない。残された生き方が…良さだと?そんなの…納得できるわけがない!
「そうなのかしら?」
「はい。少なくとも僕はそう感じているんです。絶対的な強者が兄で…僕はその付属品でしかなかったんです。それから逃げるように兄に勝てるように兄に勝てるようにと色々な方法を探っては兄に先を越され…ずっと逃げさせられてきたんです。追われ続けてきたんです。それこそ、擬態してやり過ごすカメレオンのように。」
逃げながら、やり過ごす。そんな生き方をずっとずっと強いられてきた。才能がある人全員が嫌いになるほど、果てには、才能に努力で追いつけない自分ですら嫌いになっていった。「努力では才能には追い付けない」。そう思っていた矢先に俺の目の前に現れた天才少年。大嶋 友貴也。彼はピアニストとして幼少期から成功し、ヨーロッパ国際ピアノコンクール、Shigeru Kawai国際コンクール、一番有名なもので言えば浜松国際ピアノコンクールと様々な国際ピアノコンクールに出場してきた。中学生ながら大人と同等の実力を持ち、当時から今のボーカルと同じような曲の感情を詰め込んで彩の多い演奏だったのが、ピアノから歌声に変わっても全く色あせていない…。それが才能だと俺は嫉みながらも彼に乗せられて自分のギターの能力以上の演奏が出来た自分には才能が必要だとただただ板挟みな感情を押し付けられてきた。
「なら、それは少し違うんじゃないかしら。…カメレオンはあなたにとっては貶し言葉でも、私にとっては誉め言葉のつもりよ。これ以上は…自分で納得するために自分で考えてくれないかしら。」
俺にとっては貶し言葉でも、他の人にとっては誉め言葉…どういうことなんだろう。
「すみません…。なんか、頭の中がもやもやしますけどこれ以上深く聞きこんでもダメなんですね。ありがとうございます。ちょっと考えてみます。では、失礼します。」
「そうね、あなたの成長につながる言葉を投げかけられたと信じて見守っているわ。おやすみなさい。」
そう言って、大下先輩は電話を切った。カメレオンは誉め言葉…カメレオンは誉め言葉…カメレオンは誉め言葉…カメレオンは誉め言葉…ダメだ。さっぱり分からん。脅威から逃れるための逃げに逃げる擬態の変幻自在さの何がいいんだ。そう思いながら、また俺は卒業ライブに向けてギターの練習を始めた。…あれ?結局、大下先輩は何のために俺に電話をかけてきてくれたんだ?
「~♪~♪~♪」
もう一度、大下先輩から着信がかかってきた。
「はい、もしもし。」
「重ね重ね申し訳ないわ。浩人君、バンド練には参加できるくらいには病状は回復したかしら?」
「あぁ…そういうことでしたか。」
倒れてから3日のスピード復帰でO’verShootersに復帰し、高木さんの採用試験もあったのでギターに関してはまだ倒れていた間の感覚のズレが直りきっているわけではない。そのために今こうやって少しの時間の間でも自宅でガンガンギターの練習をして感覚を治そうと頑張っているわけだが倒れる前から元々スランプだったことも相まって文化祭のときのような絶好調ってわけじゃない。
「いえ…文化祭の時どころか、倒れる前の感覚にすら追い付いてはいませんが卒業ライブまでは時間がありませんからバンド練には参加します。」
「分かったわ。バンド練で私があなたの感覚をチューニングできるように私も全力を尽くすわ。あなたの不調の原因のいくつか心当たりがないこともないけど、うまく言葉にできないからバンド練で試してみたいことがいろいろとあるのよ。」
なんで俺ですら分かっていない、スランプの原因が大下先輩には分かっているのは流石の音楽経験。としか言えないな…。大下先輩や渋澤先輩の様に他の音楽の経験があるわけじゃない俺には自分がなんでここまで追い込まれているのか分からないままだったからこそ、大下先輩が色々と試してくれるその期待に俺が精いっぱい応えなきゃいけない…。そのような怖さや期待と向き合いながら俺はまたギターの演奏を始めることにした。
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