第11話 喧騒と静寂

文字数 4,192文字

「ただいまより、第14回耀木学園のど自慢決定戦3日目、決勝を開催いたします!」
決勝には俺と柿谷さんの二人が残り、純平は予選落ちだった。柿谷さんもかなりの腕前で俺はびっくりしてしまった。
「演奏順はこれまでの予選と同様に直前でくじ引きをしていきなり演奏になります!それでは皆さん、盛り上がっていきましょう!!」
放送部の司会の方の煽りを受けて観客は大いに盛り上がっていた。
「それでは、1番目の挑戦者は…!この人だぁー!」
思いっきりくじ引きの箱から引き抜かれた腕の持っているプレートは…
「エントリーナンバー7番!」
幸か不幸か俺の番号が書かれていた。

「はい!エントリーナンバー7番、1年B組大嶋 友貴也。Eveさんのドラマツルギーを歌わせていただきます。」
よりにもよってトップバッターかと思いながら、決勝用の曲を言わせていただいた。予選と決勝では曲を変えなければいけないらしく、自分の柿谷さんの希望と関係なく単純に得意曲でエントリーした。
「僕ら今さあさあ喰らいあって 延長戦サレンダーして」
予選の曲とこの曲でサビを思いっきり出すことに変わりはない!アイネクライネは悲しみ、ドラマツルギーは自分が誰でもない状況から逃げ出したいという怒りを!
「メーデー淡い愛想 垂れ流し言の愛憎」
柿谷さんも上手い…だからこそ負けられるわけないだろ!これでも一応元天才少年なんだよ!
「ドラマチックな展開をどっか期待してんだろう」
この曲のサビは2回同じ音型を繰り返すからこそ、1回目より2回目がより印象に残るようによりフォルテ気味で!
「君もYES YES息を呑んで 采配はそこにあんだ」
もう自分じゃ覚えていられないくらい感情を詰め込むぞこの野郎!
「まだ見ぬ糸を引いて 黒幕のお出ましさ」
この黒幕は結局誰か…それが分からなくともこの怒りや悲しみの愛憎をぶつけなければいけないだろう!だからこの後の歌詞にはより一層憂いが欲しい。
「その目に映るのは」
それを見たのは本人しか分からない…。彼には、もしくは彼女にはショッキングな光景かもしれないなら憂いや辛さは入れなければならない。そのためのこの歌声だ…。そのためのこの曲なんだ!

「いやぁー、お疲れー。友貴也―。」
「柿谷さん…お、…お疲れ様です…。」
全く…あんなのトップバッターでやられたら勝てるもんも勝てないじゃん…。そう思いながら、次の番号18番さんがコールされた。18番さんを見てみるとはぁ…とため息をつきながら舞台裏から袖に移動して、舞台に上がっていく様子が見て取れた。当然だよねー。あんだけ曲に憑依するタイプの人の後だとやりづらいよ。
「いやー、予選のときもそうだったけど友貴也って凄い歌声してるよね。」
「そ、そこまで柿谷さんにべた褒めされるほどですかね…?」
「すごいよー。本当に帰宅部でいいの?って思っちゃうよ。本当に。」
小さく委縮して友貴也がヘコヘコと私に礼をしていた。
「私も、十八番を用意したからね。友貴也にくらいついていかなきゃ!」
「続いてはこの人!エントリーナンバー6番さん!」
「柿谷さん、…呼ばれましたよ。」
「そうだねー。じゃあ、頑張ってくるよ!」
そう言って、私が振り返った瞬間、友貴也が小さな声で
「…頑張ってください。」
そう言っているのが聞き取れた。それに私は小さく手を振って応えた。

「エントリーナンバー6番!1-B、柿谷 真菜でーす!よろしくお願いしまーす!」
「きゃー!真菜ちゃーん!!」
「がんばってー!真菜ちゃん!!」
流石は柿谷さん…。女子への人気が半端ないな…。柿谷さんも観客席に向かって大きく手を振って応えている。まるでアイドルのようだな…。
「曲は、私の十八番。MOON PRIDEです!聞いてください!」
なん…だと?俺の聞き間違いじゃなければ、あのMOON PRIDEだと?その選曲は浮田に喧嘩を売ってるのか?
「Moon Pride あなたの力になりたい」
一言目から違う。浮田は一人に寄り添うような歌い方。柿谷さんはみんなを元気づけるような歌い方。非常に言葉にはしにくいが感じたままを喋るとそういう感想になる。
「嗚呼女の子にも譲れぬ矜持がある それは王子様に運命投げず 自ら戦う意志」
上手い…。浮田よりここの決意の表現は上手い。
「Shiny Make Up 輝くよ 星空を集めて」
浮田よりキラキラした歌声…。本当にキラキラしていたところを歩いてきた、俺や浮田よりよっぽど明るいものを感じられる。生きてきたバックボーンなんかがまるで違うのか…?
「ただ護られるだけの か弱い存在じゃないわ」
この曲の歌詞が表現している女の子像に近いのが浮田じゃなくて、柿谷さんだ。ってだけの話じゃない上手さ…。何がここまで違うのだろう…。そう思いながら舞台裏の椅子に座り込んで考えていた。
「悲しみの波に揺られ 怒りの焔に灼かれても」
喜怒哀楽の表現をすぐに切り替えられる。柿谷さんと浮田を比べれば比べるほど違う人が歌うのだから違うのは当然なんだが、柿谷さんの方がこの曲に関しては上手いということを受け入れられるだろうか。浮田のやつ、あぁ見えて嫉妬深いからな…。刺されないように気を付けないとな。
「稲妻のように呟く 永遠の愛を誓う」
柿谷さんが舞台上でそう歌うと観客席から
「「「「Fooooooo!!」」」」
耳が割れるかと思うレベルの歓声が上がった。正直、ビビりの俺にはキツイうるささだった。

「ゆーくん?どうして私を誘ってくれなかったの??」
案の定、浮田がのど自慢決定戦の騒ぎを聞きつけて、中庭のベンチで休憩している俺と柿谷さんのもとに来た。本番が終わって採点中のときに俺と柿谷さんに駆け寄ってきたときの表情は柿谷さんであってもナイフで刺すぞ?とでも言いたげな表情で柿谷さんに笑顔を振りまいていたのは言うまでもない。
「仕方ないだろ。俺も柿谷さんにいきなり誘われたんだ。だから仕方ないだろ?」
「そういう問題じゃない!」
「おまけに、選曲が選曲だもんな。柿谷さんが選んだ十八番。浮田の十八番でもあるんだよ。」
俺が柿谷さんに選曲に関してのことを言うと、柿谷さんは咄嗟に
「えっ!?マジで!?いいじゃんいいじゃん!私のMOON PRIDE、私と比べてどうだった?」
「…まぁまぁですね。私の方が上手く歌えます。」
そう言いながら浮田は柿谷さんのことを睨みつけていた。今にでも戦争が始まるっていうか一方的な軍事侵攻が始まりそうだった。
「いや、浮田。認めろ。MOON PRIDEに関しては好みの問題とかじゃなくて、曲の歌っている女の子像に近いということや、これまで生きていた経歴、それに自分の良さを理解しきっている。そのことを考えたら柿谷さんの方が圧倒的に上手い。」
今度は俺が逆に浮田を睨みつけた。目線で殺しにいかなければ浮田が暴走する。
「うぅ…ゆーくんまでそんなこと言わないでよ!」
あぁあぁ…逆ギレかよ…。
「うるせぇ!…お前には…バイオリンやサックスがある!違うか!」
俺が怒鳴ると浮田も柿谷さんもびっくりして俺を見つめた。そのあとに俺の本心をぶつけた。
「…俺にはもう…何もない。残された最後の楽器…それが『歌』なんだよ。ピアノやバイオリン、サックス。人はいろんな楽器を嗜んで音楽を楽しむ。でも、何かがきっかけで出来なくなったときに残るのは楽器の経験から培われる音感だけだ。それを活かせる最後の楽器。それが歌なんだよ。…まだいっぱい楽器が出来るお前が…歌に関してごちゃごちゃいうんじゃねぇぞ!!」
珍しく俺が浮田さんにここまで説教をするのはいつ以来だろう…。
「でも私はまだあなたのピアノと一緒に私のバイオリンでセッション出来るって…あの日の約束を信じているんだよ!?私たちの2人の演奏で世界を魅了するんでしょ!」
「俺にいったいどれだけ背負わせれば気が済むんだお前は!!」
「約束を信じてきた私がバカだって言いたいの!?」
「俺が限界を迎えてたときですらそうやって約束を押し付けて…人を見ずに自分のエゴをぶつけるお前がバカじゃなければなんなんだよ!!」
浮田とノーガードの言葉のぶつけ合いになっていた。それを察してか柿谷さんが誰かを呼びに行ったのが見えたが、気にせずにこの言葉のドッジボールを続けるようにしよう。
「ふざけないでよ!あなたがボロボロになった時に…心の柱になってたのはなんなのよ!」
「そんなものが無かったから俺はあの時倒れたんだろうが!いい加減にしろ!」
「私の心の柱はずっとあの約束だったんだよ!?」
「…できない約束はするもんじゃねーな…。」
自分はそっと呟いた…。
「もうやめろ!浮田さん!」
「もうやめよう!友貴也!」
俺たちの口喧嘩をきいて、柿谷さんと横田が止めに入ってくれた。
「すまないな…横田。ちょっと言い過ぎちまった。」
最後の一言を聞いて泣き崩れる浮田を見て、俺はそっと呟いた。
「お前何言いやがった!」
横田が見るや否や横田の右ストレートが飛んできた。
「ぐっ…!」
あまりの威力に俺は中庭の芝生に倒れこんだ…。久しぶりにしっかりと暴力を貰ったな…。本心を貰ってうれしいと思いながらもやっぱり痛いものは痛い。ただ、納得感のある痛みな気がする…。
「お前!ふざけるんじゃねー!」
そう言って振りかぶった右の拳を咄嗟に受け止めた。
「すまない…横田。もう俺が何を言っても浮田はこうなるんだ…。これからはお前が支えてくれ…。横田。」
自分でも悲しい声をしているのは分かりきっていた。それを感じ取ったのか横田も
「あぁ…。お前にあたる俺も…違うよな。」
「好きなんだろ?…なら、支えてくれ。浮田が俺とかかわり続けていたら…浮田の持つ理想の俺と…現実の俺が違うから浮田が傷つくんだよ。だから、浮田を支えるのは俺じゃなくて…横田。お前なんだよ…。頼むぜ…。」
拳を受け止めたまま俺は続けて横田にそう言って託した。
「あぁ…。ごめんな…。友貴也。」
「友貴也ー…どこまで悲しいものを引き受けるのよー…あなたは。」
文化祭の喧騒の中で二人の悲しげな声とすすり泣く浮田の声しか俺には聞こえなかった。ごめんな。二人とも…。
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