第4話 分岐点の始まり

文字数 5,665文字

 「ごめんなさい!生徒会の会議が長引いて練習に遅れましたっ!…って、大野部長は?」
軽音楽部の部室に急いで駆け込んだものの、ボーカルの大野部長の姿がなかった。
「「お前…LINE見てないのか?」」
平井と、高瀬が声をそろえて俺に言ってきた。
「あぁ。生徒会の会議中は電源切ってたからな。」
そう言って俺はケータイの電源を入れた。
「渋澤先輩。大野部長が昨日交通事故に遭ったのは知ってますか?」
ケータイの電源が入るまでの間にギターの後輩、高橋が俺にそう聞いてきた。
「まだ本人から話は聞いていなかったが同期からその話は聞いた。」
そう言いながら、文化祭バンドのグループLINEの新着メッセージを開いた。
「皆。本当に申し訳ない。昨日、交通事故に遭ってしまって今日病院で検査したんだが、3週間の安静が絶対って言われてしまった。歌うどころか、喋ることも絶対にダメだと言われてしまったんだ。」
なんだと!?恐らく、俺の表情は明らかに崩れていたんじゃないだろうか。
「はははっ、驚いてるな。渋澤。」
「どうする?渋澤。」
不安げに、俺に向けて平井と高瀬が視線を向けてきた。そして、俺はこの瞬間、不覚にも「チャンスだ。」と考えてしまった。
「いや、代打を頼みたい奴が一人いる。」
リズム隊の2人の問いかけに間髪入れずに俺はそう答えた。
「「本当か!?」」
リズム隊の2人が揃って同じリアクションをとった。まぁ、すんなりと引き受けてくれるとも思えないんだけどな。
「ただ、軽音楽部の人間じゃない。それも、1年生だ。」
そう言うと、高橋はまさか。という表情をした。
「そうだよ。高橋。アイツだ。」
俺の1年下、俺が出会ってきた中で誰よりも才能に恵まれた人間。
「「大嶋 友貴也」」
「大丈夫ですか渋澤さん!?あいつは確かにとてつもなく歌が上手いと思いますよ?でも、あいつは『俺は終わった人間だ。』って言い続けてるんですよ?」
そうか、やっぱり友貴也はもうボロボロなんだろうな。それでも、アイツは音楽を辞める気は全くないはずなんだ。じゃなければ…
「あいつは、音楽を辞める気はないよ。いや、奏者として音楽を辞めるって意味なのかは分からないけど。でも、音楽自体を辞める気は絶対にない。その証拠にこれを見てほしい。」
そういって、俺はYouTubeのあるチャンネルを開いた。
「これって…」


「はぁ…。結局、こいつも辞め時を失ってしまったな。」
そういって、俺は自分の部屋のPCを開いて楽譜アプリケーションを開いて、まずは再生して全体を確認する。
「大サビ前はコード進行をC→G→Am→Gm→Fか?いや、GmとFの間にC7挟んでツーファイブにしてみるか。」
そういいながら、マウスを使ってささっと楽譜を書き換える。再生ボタンを押して、確認。
「いや、ツーファイブにするとメロディーがハマらないな。かといって、ただカノン進行のEmをGmに変えただけでも味気ないしな…。いっそ、メロディーを書き換えるか。」
また書き換える。うん、これはいいな。
「よし、いいな。さて、MVか…。」
前は…俺がイラストを描いて、それに歌詞を載せていってたっけ。同じようなことをしても味気ないしな。
「アイツに頼んでみるか。」
そういって、PCでTwitterにログインする。個人メッセージ個人メッセージ、そして、LEAF,LEAF。あったあった。
「LEAFさん、新曲書き上げたんですけどMV作っていただけませんか?」
5分もたたないうちに返信が返ってきた。
「良いですよ~金額はいつも通りで、いつも通りラフ絵と絵コンテ送るんで、アンダーステアさんが思った修正があれば言ってくださいね~。」
いつも通りか、そう思いながらまた返信する。
「分かりました。楽曲はこんな感じです。いつも通り、外に漏らすのは絶対に許しませんからね。」
そういってさっき作り上げた楽曲をLEAFさんに送信する。
「分かってますって~、じゃあ、よろしくお願いします~。アンダーステアPさん。」
「じゃあ、よろしくお願いします。LEAFさん。」
「そういえば、もうグランドモータースポーツの交流戦ってやらない感じですか?」
LEAFさんに言われて思い出した。確かに、高校に入ってから勉強に時間を取られてしまって、家で全然ゲームできていなかったな。ちょうど、学校も秋の文化祭期間に入って帰宅部の俺はただただ暇だし、純平も野球部の秋大会の悔しさから練習に打ち込むようになったし、吹奏楽部の浮田も横田も文化祭や冬のアンサンブルコンテストに向けて練習してる。軽音楽部なんて文化祭のステージ枠のトリで、部長推薦でトリのバンドのギターをやってる。峰さんも王晴では文芸部らしくて、誰もかまってくれないし、久しぶりにやってみるか。そう思って、部屋のPS4を起動させる。
「今から、久しぶりにグランドモータースポーツの練習配信をゲリラでするので、どんどん入ってきてください。」
ツイートをして、部屋を作って、YouTubeのサブチャンのゲーム垢で生配信を始めて、概要欄にレースのスケジュールを書く。「20:00~ インテルラゴス 12周 21:15~ 筑波サーキット 20周 22:30~ 鈴鹿サーキット 11周 全てGr3.BoP適用でタイヤはレーシングタイヤであればどれでもOKですが タイヤ 12倍 燃料8倍設定です。開始時間の10分前から入室可能で先着20名で開始時間になったら20名集まらなくてもスタートします。質問があればコメント欄までどうぞ、ボイスロイド君がお答えいたします。」
これでよしっと。さぁ、久しぶりに黒いZ4さんが頑張ってくれるといいな。


「これを見てほしい」
渋澤さんにそう言われて、俺は渋澤さんのスマホに映し出されるチャンネルを見た。これって
「これって『アンダーステアP』のチャンネルですよね。確か、登録者250万人越えのボカロPで、ゲームの配信を行っている『アンダーステアPがゲームをするだけのチャンネル』でもゲームのうまさから登録者が80万人くらいいるんでしたっけ。昨日、新曲がMVと一緒に動画に出たばっかりですよね。」
「おぉ、高橋も詳しいか。こういうの。」
渋澤さんにそう言われたものの、あまりこれが友貴也と関係があるとは思えない。どういうことだ?
「どういうことだ?って表情を皆してるな。実は、このアンダーステアPの正体が…」
「その、大嶋 友貴也ってことか。」
「平井!俺の言いたいことの美味しい所全部持っていきやがったな!」
え?そうなの?普段のアイツからして、もう全く音楽をやっていないのかと思っていたな。
「アンダーステアPってかなり有名でも顔バレどころか、個人情報も一切出ていないボカロPだろ?なんでお前が正体を知っているんだ?」
高瀬先輩が俺も気になったことを質問してくれた。
「高橋が知っていたかどうかは知らんが、友貴也と俺は同じ中学の同じ吹奏楽部で苦楽を共にした仲だったんだ。ただ、俺が引退してから、俺も受験と元カノのことで心が死んでいったし、友貴也も部活のことでしんどい思いをしていたから、少しずつ話す機会はなくなってったんだけどな。」
「そうなんですか。そういえば、友貴也もこの前『先輩が1人だけこの高校に来ていて、辛いことを忘れるにはぴったりだと思ったからこの高校にしたのに、浮田がついてきてうんざりだ。』って言ってたんですよ。で、その先輩が」
渋澤さんの方を見ながら言うと
「俺のことだな。友貴也は中学の時、浮田さんのことを『ことみ』って言って俺と浮田さんは同じパートの先輩後輩なのに俺以上に詳しくて、話してるときは顔が若干赤かったからてっきり俺は友貴也と浮田さんは相思相愛なんだと思ってたんだが、その浮田さんに対してうんざりだって言い切るとはよほどヤバいことがあったんだな。」
「そうだったんですか!?」
渋澤さんが言う言葉は嘘じゃないと思う。ここで嘘を言ってもしょうがないし。ただ、神妙な面持ちで真面目な見た目の人が喋っている内容は俺たちが見てきた友貴也と浮田さんの関係性から想像しがたいどころか今の関係性から180°違うものだ。
「驚いてるな。高橋。やはり、今の浮田さんへの対応は中学の時とは正反対か。俺も詳細を知ってるわけじゃないから踏み入った事は言えないけどこれは高橋一人で交渉できるとは思ってない。だけど高橋、なんとか友貴也を俺との交渉の場に立たせてくれないか?それさえ出来れば、俺は絶対に口説き落とす。」
渋澤先輩の表情はいつも以上に覚悟が決まっていた。いつもは柔和で頼れる生徒会会計補佐の尊敬している先輩だが、このときだけはその柔和な雰囲気は消え、どこか自分の宿命を悟ったかのようで、どこか自分が絶対にやるんだという決意を感じていた。ただ、その雰囲気はどこか寂しげな表情を帯びていたように感じた。
「渋澤。お前、絶対に口説き落とせるんだな?」
平井先輩がそう聞いてきた。もちろん、他の先輩方は不安ですよね。
「相手の気持ちも分からんから絶対とは言えない。ただ、やれるだけはやってやる。そして、1回ここに立たせてボーカルとして練習をしてもらう。ここに立たせるまでは俺の仕事だが、そこからボーカルで本番に出てくれてるか、そこは俺たちの腕前次第だ。だから、俺たちもしっかりと腕前を上げて友貴也を迎えよう。相手は超有名ボカロPだ、小手先の誤魔化しは聞かないと思えよ?」
「「面白れぇ、やってやろうじゃねえかよ!」」
どこまでこのリズム隊の2人の先輩たちは息がぴったりなんだ。そう呆れていると
「分かったか?高橋。」
渋澤さんが出会ってから今までで一番真剣な表情で、一番真剣な声で俺に問いかけてきた。
「分かりました。僕も覚悟決めますよ。小手先の誤魔化しをやってきたつもりはありませんが、やってやりますよ。」
安心したかのような表情で渋澤さんがそう返してきた。
「良い表情だ。じゃあ、今日は解散。個人練はしていってもいいぞ。あと、高橋。ラーメン行こうぜ!」
気さくで柔和な先輩が返ってきた。この人とラーメンに行くのがこのバンド練のあとの恒例行事になっていった。


「すいません!」
今日は駅から少し外れたところのラーメン屋で、ここは豚骨感を残した醤油ベースのあっさりした豚骨醤油スープに細麺の麺の食感がとても歯切れが良い。是非とも渋澤さんに教えたかったので反応が楽しみだ。俺と渋澤さんはテーブル席で向かい合い、それぞれのギターケースを隣に置いている。
「豚骨醤油ラーメンの普通1つとチャーシュー増し1つで。」
俺が注文する。
「はい、豚骨醤油ラーメンの普通1つとチャーシュー増し1つで。かしこまりました。麺の固さの方どうなさいますか?」
「チャーシュー増しの方は固めで、渋澤先輩はどうしますか?」
「まぁ、最初に入った店は普通って決めてるからな。」
「じゃあ、普通の方は麺の固さも普通でお願いします。」
「注文の確認をさせていただきます。」
渋澤さんも俺もかなりラーメンが大好きなので腹を割って話すにはこういうラーメン屋の方が向いている。
「豚骨醤油ラーメンの普通、麺の固さも普通が1つと、豚骨醤油ラーメンのチャーシュー増しで麺固めが1つ、以上でよろしいでしょうか。」
「はい、お願いします。」
そういうと、店員さんは注文を伝えに厨房に戻った。
「ところで、渋澤さん。友貴也と浮田さんの中学の時の関係性って本当なんですか?」
やっぱり気になってしまったので聞いてみるとしよう。
「本当だぜ。むしろ、高校になってからそこまで友貴也が浮田さんから離れているとは思わなかったな。」
渋澤さんが言葉通り信じられないという表情をしていた。なので、高校に入ってから聞いた友貴也側から見たトラウマ話を渋澤さんにそっくりそのまま話した。
「そうか…。また、武田か…。」
苦虫を嚙み潰したような表情を渋澤さんはしていた。
「どういうことですか?渋澤さん。またって。」
「俺も、武田には因縁があるんだ。」
そういって、渋澤さんはまた真剣な表情に戻った。話を聞く限り、その武田さんは本当に吹奏楽部の熱量だけでそんな行為に出ていたのだろうか。いささか疑いを持たざるを得なくなってしまう。
「武田は、つどつど話に出してきた自殺した元カノを追い詰めた主犯なんだよ。状況証拠しかないから絶対ってわけじゃないんだけどな。」
「そうなんですか…。」
渋澤さんの元カノさんは最後の夏のコンクールで元カノさんのユーフォと友貴也のトロンボーンのソリを失敗してしまい、先輩たちの代での県大会止まりの要因になってしまった。そして、それに不満を持っていた先輩方を武田さんが焚きつけていじめに発展させたって寸法か。聞いてる話だと、顧問も自分の保身からか「終わった代の話なんか俺には興味がない、だから自分たちで解決しろ。」といった。確かに、トラブルが起きて解任なんて、顧問も嫌だったろうからな。おまけに武田さんも焚きつけただけで直接手を下していないから断罪されない。そこは友貴也にも同じ手を使ったってことか。武田さんはとんだ腹黒野郎だな。とにかく
「渋澤さん、俺、決めました。」
「どうした?高橋。」
渋澤さんが俺をまじまじと見た。
「友貴也を絶対に交渉の場に立たせます。力ずくでも。そうじゃなきゃ、その武田さんってやつの思い通りになってる気がして。」
渋澤さんの表情は「意外」という表情をしていた。
「こちら、注文のラーメンになります。」
「よしっ、じゃあ、今日は食べて明日からの交渉に備えよう!んじゃ、頂きます。」
渋澤さんは目の前のラーメンに、手を合わせ、いつも以上に深く礼をしていた。そして、ひっそりと口の動きが
「絶対に許さねぇ。武田。」
と動いているのが見えてしまった。
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