第7話 決意のスタジオ練習

文字数 3,719文字

「うふふ…。」
今日はやたらとAstarothが上機嫌だな…。何かいいことでもあったのだろう。そう思いながら俺は仮面の外れた4人でのスタジオ練を楽しんでいた。
「良い事でもあったんですか?アス姉さん。」
休憩中に、ニコニコしているAstarothが気になったのかAamonがスタンドに立てたベースに向かってずっと笑顔だったAstaroth…Aamonの言い方を真似すると、アス姉さんに声をかけた。
「えぇ…その…恋人が出来ましたっ。」
「「「ええっ!?」」」
俺やAamonが驚くのはともかく、Sarahまで驚いてるのはなんでだよ!お前ら姉妹同士仲良くやってただろ!
「ええーっ!?誰!?誰!?」
やっぱり、Sarahも普段からAstarothの身を案じていただけに物凄くにこやかに質問攻めをしていた。普段からこういう恋愛の話は大好きなSarahだが…身内の話な分、余計にノリノリだな…Astarothが答えにくそうにしているからやめてあげて欲しいのだが。
「Sarah、言いにくそうにしているだろ。ちょっとは加減をしろ。」
「えぇー…気になるぅ…。」
Sarahは完全にしょげてしまっていた。まぁ、無理もないか。普段からSarahはAstarothのことを「なんであんなに可愛いお姉ちゃんにが彼氏できたことないの!?高嶺の花で誰も手を付けないみたいなことなの!?どう思う?Ba’al!Aamon!」と絶賛をしていた。確かに、日本の良き美を体現する大和撫子といっても過言ではないほど美麗なAstarothの容姿を仮面で隠すのは勿体無い。俺とAamonが反対したのをAstarothが「恥ずかしいから」Sarahが「覆面バンドって格好いい!」って意見した結果、全員が仮面をすることになった。っと、話が横道にそれてしまった。さて、そんなAstarothの彼氏か。気になるな。
「いずれ…私たちがFoRを目指す以上、直接お会いします。」
「あぁー、なるほどねぇ!」
艶のある黒い髪に若干かかっている目から凛とした、2つ年上ならではの風格…先輩としての威厳のある真剣な表情をした。それほどまでに…自分の彼氏のことを誇りに思っているということか。そして、Astarothは音楽に対して俺たちの中で誰よりも真剣。中学の時の俺とAamonをPop fun houseのオープンマイクから拾ってくれたのも…Aamonの才能を見定めて、自分がギターからベースに楽器を変えてまでAamonをベースからギターに転向させたのも、妹さんのSarahの視野の広さを活かして様々なシンバルやタムを用意してドラムセットを要塞化させても叩けるように指導したのも…全部Astaroth…アス姉さんの慧眼のおかげだ。だからこそ、今度は俺達がAstaroth姉さんの夢…FoRの全国の舞台に立つという夢のために恩返しをしたい。
「ほぅ…?」
だが、その夢に立ちはだかるような人と、恋人になった。つまりは…相手も相当な手慣れ。と考えていいのか…。
「Sarahちゃん、今ので誰か分かった?」
「うん!でも、名前を言ってもまだ分からないと思うから言わなーい!」
「…!このクソガキっ!」
「やめろAamon。クソガキっつっても同い年だろうが。でも、俺もSarahに聞きたいことがある。」
身長150cm前半のSarahの両こめかみをグリグリと拳でえぐり取ろうとしている身長167㎝のAamonを静止する身長170cmの俺の様子をAstarothは
「マトリョーシカですね。」
と上品に例えていた。おいおい…。
「Sarah…まぁ、Astarothさんが答えてくれてもいいんですが。その彼氏さんって俺かAamonに関係あったりします?」
「私が思ってる人なら、私とBa’alの先輩だし、Aamonの先輩のバンドメンバーだね!」
「…正解。」
自分のことのようにうれしがって語る妹のSarahに、赤面して一言だけ語る姉のAstaroth…同じ両親からここまで真反対の性格の姉妹が生まれるのも不思議だな。そう思いながら二人を交互に見つめていた。
「なるほどねぇ。俺たち2人共に関係あるということね。どう思う?Ba’al。」
どう思う?と聞かれても…
「Aamon。Astarothさんには申し訳ないが…正々堂々と叩き潰しに行く。どうせ、FoRの関東予選の高校以下部門通過枠は2つ…一般枠も含めれば4枠あるんだ…Astarothさんが『直接会う』とおっしゃるほどの腕前の持ち主ならば…俺達と一緒に関東予選を通過することも不可能ではないはずだ。ただし、トップ通過をAstarothさんの彼氏がいるバンドに譲るつもりはない。ってところかな。」
「了解。アス姉さん。Sarah。そういう方針で良いですか?」
直接会う…それは書類審査。即ち音源での審査は余裕で突破するということ。でなければ直接ライブを行って観客の反応と審査員の点数によって全国のイスを争う関東予選まで残らない。関東だけで100バンド以上を越える応募から16枠まで絞って3曲制限のライブを行う。その時に、書類審査で添付した曲を使うか使わないかはそのバンド次第。…例年、音源を越える演奏を本番1発で出来ないという理由で使わないバンドが予選を通過しやすいらしいが。
「でも、あの人なら高校以下部門通過枠から漏れても入ってきそうな気がしない?」
「一般枠でか!?」
SarahがAstarothに問いかけた内容が俺の聞き間違いじゃなければ…高校生でありながら大学生、大学院生にも匹敵する実力だと?…大学生や大学院生だけで編成されたバンドだけが予選を突破していた事態に対して、高校以下部門通過枠…俺たちのバンドも対象になるが、『最年長者が18歳以下、かつメンバー全員が高等学校か中学校及びそれに準ずる教育機関に所属していること』を条件とし、その条件にあたるバンドのみで選考する枠が高校以下部門通過枠として5年ほど前に制定された。それに漏れた高校以下部門の対象バンドが全国に立つには大学生や大学院生だらけの一般枠で全国へのチケットを奪い取らなければならない。これまで、一般枠で出場した高校以下部門の対象バンドは0…。つまり、前例がないことを成し遂げるということになる。
「Aamonさん…そこまで驚かないでください。全く…恵。必要以上に驚かせないの。」
「えぇー?でも、出来そうじゃない?お姉ちゃん。」
少なくとも…Sarahは本気でそう思っているらしい。正体は不明だが、俺の先輩であることも考えて…国友部長?いや、あの人は親衛隊が居るからAstarothが付け入るスキがない…。…皆川さんという線はどうだ?無いな。接点が無さ過ぎる。他にも、2年生以上の先輩で所謂『離反組』と呼ばれる人たちの可能性も充分ある。その筆頭候補が峰さん、でもあの人は生徒会ですでにAstarothと接点があった訳だし、あの人だった場合、もっと前から結ばれていてもおかしくなかったはずだし、俺は充分上手いと思うが、あの人が『ベースにはブランクがある』と満足した様子ではなかった。となれば、今挙げた人以外の先輩方で『離反組』ってところか?それも、ライブハウスでステージに立つような先輩。
「考え込んでるなっ!Ba’al。お前、中学の時からずっとそうだよな!」
「Aamon。そう思うなら話しかけるな。今、色々なことを考えてるんだ。」
「はいよー。」
Astarothがニコニコと俺を見つめているのが余計に集中を削ってくる。
「Ba’alー?そういう時は演奏して思考をリセットしよう!」
Sarahが俺のピリ付いた表情にそう言ってストップをかける。同学年3人組を2つ上のAstarothという姉さんが見守る獰猛なロック…それが俺達Solomonだ。
「ありがとう、Sarah…そろそろ始めよう!」
俺はそう言いながら、ギタースタンドから愛用の赤いテレキャスターを持ち上げた。
「Aamon!」
構えながら、エフェクターボードを確認し、Aamonを呼ぶ。
「あいよっ!」
Aamonがマイモン君と名付けているネックに炎を纏う狼のモチーフを施した変形ギターを構えるのを確認してから
「Astaroth!」
視線を左から右に移す。
「はいっ!準備完了です!」
Astarothも真っ黒で裏面に龍と蛇のワンポイントを入れたベースを構える。足元にはプリアンプ、ディストーション、コンプレッサーと様々なエフェクターが鎮座していた。
「Sarah!4カウントで頼む!」
最後に、後ろを見て、改めてよくそんなに叩けるな。と思うほどの要塞と化したドラムセットの中に埋もれたSarahと何とか目を合わせる。
「分かったー!今日もテンション上げて頼むよー!」
Sarahがそう言うと、黒いドラムスティックから4回乾いた音が鳴り、俺たちは同時にネックを上げて、演奏を始めた。Astarothさんも…演奏しているときはマジで別人だよな…そう思うほど、暴れまわるAstarothさんがそこに居た。
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