第12話 突如始まる分析会議

文字数 5,115文字

「お疲れ様…昂樹くん。久しぶりだね。こうやって電話で話すのは。」
「お疲れ…。峰。確かに、1年前の合同ライブのコラボバンド以来か。」
「そうだね…。あれ以来、この2人の関係はあまり喋る機会も無いもんね。」
俺は、なぜか知らないが今。木原さんが隣にいるなかで昂樹くんから電話がかかってきた。俺たちは屋上で冬の終わり際の少し肌寒い屋上で二人で話し合っていて良い雰囲気になりかけていた矢先に電話なんかかけてこない奴が電話をかけてきたときのイラっと感はかなりあると思うんだが…。昂樹くんはそういうことを考えないのか?
「大嶋の文化祭のときに俺に俺と昂樹くんの関係を隠せって言った狙いは未だに分かってないんだけど。俺は大嶋に昂樹くんのことなんて説明すればいいのさ。」
「そこはテキトーに『苗字を忘れていた。』とかはぐらかしてくれよ。」
「全く…お前がそう言うけど、頭を使うのはこっちなんだからな…?」
「しかし、お前が面白い後輩を見つけたっていうから話を聞いてみたら友貴也って分かったんだから文化祭のときも手を回しておいて助かったぜ。」
俺も、親切が回り回って今こうやってバンド活動をさせてもらっているのは友貴也とそれを丁寧な段取りを組んで誘導した昂樹くんのおかげなのは言うまでもないし、木原さんに出会えたのも間接的にはこの2人のおかげだろう。だからこそもう1人の初期メンバー。高橋くんのことがそっちではどうなっているのか気になる。
「渋澤さん?私からも少し良いかしら?」
「峰さん…私も話に入れてくれませんか?」
木原さんの声が左から、聞きなれない女性の声が右から同時に聞こえてきた。
「昂樹くん。ちょっとマイクとスピーカーを上げようか。」
「そうだな。」
二人そろってマイクとスピーカーを上げた。そして、木原さんに自己紹介をするように促した。すると、息を精いっぱい吸い込んで、自己紹介を始めた。
「あっ、あのっ…木原…莉緒と申します…。ベースを…有志のバンドでやっています。」
「初めまして。大下 玲華と申します。耀木学園の軽音楽部でボーカルをやっていて、それなりに出来るつもりなのでまた合同ライブのときに共演出来たらうれしいわ。」
「いえ…私は…軽音楽部じゃないんですよ…。」
「あら、申し訳ありません。」
そう言いながら二人の女子が談笑していた。この二人の波長は…意外と合うんじゃないか?初対面の2人の様子を見ているとそういう風に感じていた。
「で、今日は二人を話し合わせるために電話をかけたんじゃないでしょ?昂樹くん。」
「そうだったそうだった。…お前、生徒会に知り合いがいないか?」
生徒会…?藪から棒にそんなこと聞いてきてどうするんだ…?そう思っていると木原さんがいきなり話し始めた。
「すみません…私、王晴高校生徒会副会長の木原 莉緒と申します。」
あっ…木原さんってそういえばそうだったっけ!?そう言う表情をしていると、木原さんがスマホには乗らないほどの小声で「そうですよ。ホントに。」って小さく、小さく呟いたその表情にドキッと来てしまった。



「すみません…私、王晴高校生徒会副会長の木原 莉緒と申します。」
よっしゃ!来た来た来たっ!心の中でそう思いながら大下さんには「冷静にね」と諭された。
「改めて自己紹介をさせていただきます。私、耀木学園高等部生徒会会計の渋澤 昂樹と申します。」
スッーと息を呑む音がスマホから聞こえた。
「その…王晴高校生徒会にどのようなご用件でしょうか。」
俺は、電話を掛ける本題をしっかりと伝えようと心を決めた。会長の吹き飛んだ提案だが『言わなければ何も始まらないじゃない!』っていう俺たちの会長の行動重視な方針に逆らえず、結果的に王晴高校に人脈がある俺が頼むことになってしまった。なんでこんなことに…とか言ってる場合じゃないな!しゃあねぇ、乗り掛かった舟だ!
「こちらの生徒会からの発案なのですが、私たち耀木学園と王晴高校、そして聖ウラヌス女子大付属高校の3校合同で文化祭を開催させていただきたいのです。」
「なるほど…私の一存で決められることではないので、生徒会長に一旦持ち帰らせていただきます。」
「それはもちろんそうだと思いますので、返事はまた先にしていただいてもかまいませんが、4月の初めまでには返事を頂きたいです。」
「はい…分かりました。では、そのことについての仮計画でもあれば、生徒会の方にFAXで送っていただければ前向きに検討できるかと思います。」
「分かりました。その旨をこちらの会長にも伝えておきます。」
「では…今日のご用件は以上でしょうか?」
「生徒会としての木原さんへは以上です。」
「分かりました…。峰さんと変わりますか?」
「いや、このまま木原さんも一緒に話そうよ。」
そういってから、了承を得るように玲華さんに目配せをすると玲華さんは「あなたって本当に人たらしよね。」と小さな声で少し温和に声をかけられた。俺に自覚があるわけじゃないが、時々玲華さんは俺に「人たらし」と言うが部長として人を惹きつけるスキルがあるっていうのならあるに越したことはないだろうし、素直に喜ぶべきなのだと思う。というか、部長として周りの部員の悪口を1つずつ丁寧に聞いていたら中学時代の友貴也みたいに死んでしまう。
「はい…お手柔らかにお願いします。」
「さぁ、昂樹くん。というか、大下さんにも聞きたいことなんだけど。」
いきなり、電話口から峰の質問が飛び込んできた。
「うちの高橋くんのこと。部活の先輩としてはどう思う?」
どう思う?と聞かれてもな…。そう思いながら玲華さんに目配せをすると、玲華さんが代わりに話し始めた。
「それは…浩人君の現在地の話かしら。それとも、未来も含めての話かしら。」
玲華さんがこういうことを話すのは物凄く興味がある。この音楽の技術論的な類の話は、玲奈ともある程度話したことはあったが彼女はどちらかと言うと感じたままに音楽をしていたし、感じたままに人の評価をしていたからあまり為にはならなかった。だが、玲華さんはいつでも冷静に自分の状態を語るし、あの口ぶり。よほどしっかりしたことを話せるんだろうと期待してしまった。
「じゃあ、どっちも。って欲張っちゃダメかな?」
「えぇ。大丈夫よ。」
玲華さんがそういうと、さっきまで柔和だった表情が急に真剣な顔になった。
「彼の現在地としては、曲に没入さえしてしまえばギタリストとしての腕前は何でもこなすし、何でもできるだけの技術力を持つ類まれな才能を持つ素晴らしいギタリストであることに間違いはないわ。」
「なるほどねぇ。確かにベースをやっていて俺もそれを感じることは多々あるよ。1年生の時の年が明けたくらいに合同ライブで昂樹くんと組ませてもらった時や、今大嶋や高橋くんと組んでるときに安心感はあるけど、昂樹くんは引っ張るからどうすればいいか分かる安心感。高橋くんは何やっても許してくれるような感じの安心感で少し種類が違うんだよ。」
峰…お前俺のことそう言う風に考えてたのかよ。二人の会話を聞き入りながら俺はそう言う風に自己分析を始めていた。確かに、曲に没入するという点で安易に俺と浩人は似ていると勝手に考えていたが、技術的な部分が根本から違ってそのうえで表面上見て取れるのが同じ没入感。ということなのか…。
「そのうえで、彼がスランプに陥っている節が見て取れるのよ。この前、私は彼から『自分の良さって何ですか?』という質問を受けたのよ。」
俺が知らないところでそんな動きをあいつはしていたのか。だとしたら確かに俺に聞くよりも分析の的確な玲華さんに聞く方が正しいかもしれない。さっきまで俺と浩人が似たタイプだと思っていた俺よりは。
「なるほど…かなり問題は深い感じですか?」
「いや…そもそも彼のそれはスランプとは違うと思うのよ。」
「と…いいますと?」
本人がスランプだと思っていることは周りから見ればスランプじゃないなんてことがあるのか?俺も峰も頭の中で疑問符がついている。木原さんに関してはまるで話に入って来やしない。まぁ、そりゃあそうか。誰がこんな一人だけ知らない状況について知ったかぶりして話に入っていけるって言うんだ。全く。峰は気遣いの出来ない男だな。
「大丈夫?木原さん。ついてこれてる?」
「はいっ…!私、峰さんのいるバンドが出演したライブハウスで…そ…そのっ、バイトしてますので…分かりますよ?でも…お気遣い…有難うございます。」
うわっ…余計なこと言ってしまったか?そう思いながら玲華さんの顔を見ると、何食わぬ顔で話をつづけた。
「彼にとってスランプだと感じているのは、本番やバンド練では生の人が演奏している表情や音に込められた思いを感じ取ることで曲に没入して…いわゆる『ゾーン』に近い状態になっているのだと思うわ。」
「となると…個人練ではそのゾーンにどうしてもは入れないのがスランプの正体だと?」
「私はそう考えているわ…。不満そうな声ね。何か反論でもあるというのかしら?」
「俺としては、きっと自分と昂樹くんの違いを分かりきってなくて表面上で似ているということや、大嶋から感じ取る感情の大きさが振り切れて自分が分かる以上の能力を引き出されているから自分で何故自分が個人練で能力を出せないのかに悩まされているんじゃないか。って考えていたんだが。」
「なるほどね…。」
そう言うと、玲華さんは少しにやついた。すると
「分かったわ。ちょうど、卒業ライブで浩人君と組んでいるのよ。だから、友貴也君のように出来るだけ感情を入れるのと、いつもの私と違って冷静に技術に徹して歌う2パターンをやれば、流石に浩人君も気づくんじゃないかしら。」
スゴい…。バンドだと一人一人の音に気付くのはかなり耳を澄まさないと気づきにくいのにここまでしっかりと分析していて、それでいて個人練とバンド練の環境や心情の違いを推察してここまで分析する力は根本が違うのか?
「すみません…本番とバンド練しか聞いていないので…少し…的外れなことを言うかもしれませんが…」
「どうしたんだ?木原さん。」
「どうしたの?木原さん。」
ここにきて木原さんが一つ発言をした。
「そうなると…根本的な解決法は無いのでしょうか?…ゾーンに入るといっても…生音と録音というだけでそこまで入りやすさは変わらないと…思うんです。」
たしかに。生音の方が伝わりやすいとはいえ、録音でも伝わらないなんてことは全然ないはずだ。
「となるとその高橋さんが…意識すべきなのは…自分の出来ていること。より、自分が何を伝えたいか。…では無いでしょうか?」
凄い…自分はテンションが高くなると記憶が飛ぶくらい暴れまわるギタリストだから、他のパートから見て、自分とは違うギタリストがここまでしっかり分析されているとなると自分の分析能力の低さが嫌になってきた。
「で、昂樹くんから見てどうだい?高橋くんは。」
いやー…俺、お前たちほど分析できないんだけど。
「一つ言えるのは…アイツも俺と同じくらい出来るし、練習量も1年、新2年の中では圧倒的だ。だからこそ、見えない部分ってのもあると思うんだ。」
「ほぅ…それは興味深いわね。」
「たしかに、俺もそれは気になるな。昂樹くん。」
うわ…テキトーにそれっぽいこと言ったら新しい観点みたいに言われてどうすればいいんだこれ…。なんとかこの3人を納得させなきゃ…。
「やっぱり…俺も練習していて『本当にこれでいいのか?』って思うときは結構あるんだよ。例えば、俺の良さって言うとほぼ皆が『エキサイトしたときの暴れまわる姿勢』って言うんだよ。ただ、その時の記憶って大体飛んでるから、こういう音楽を話し合う場であんまり喋れないのを抱えてるんだ。」
「なるほど…。それが高橋くんとどう関係があるんだ?」
怖いんだ。彼の中で
「自分の良さが悪さも孕むことを踏まえても、自分の良さを肯定できるか。って話だ。俺はこういう技術論が喋れなくなるデメリットを踏まえても俺のスタイルを維持している。それが彼にも出来たら、俺の立場を奪う良いギタリストになれるんじゃないかな。」
「なるほど…。」
「いいことを言うわね。渋澤さん。」
「確かに…悪さは良さであり…良さは悪さであるってことですか。」
俺の中でそういう結論が出ていた。ただ、それのおかげで自分の中で分かったこともある。皆が分析するこういう話は興味深い。今度、俺の分もお願いしようかな。
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