第13話 追う背中

文字数 4,462文字

俺はもしかしたらとんでもないことをアドバイスしてしまったのかもしれない…。そう思いながら峰先輩に相談をしていた。
「んまぁ…。俺たち2人ならそれに気づいた瞬間そう言ってただろうから気にすんな。」
峰先輩からはそういう励ましを受けたものの、やっぱり気にはなる。そう言いながら窓枠にもたれかかれて外を見渡す。
「俺たちがレベルアップしていく中で友貴也のピアノがあればより良い環境になっていくのは明白だろ?」
「そうですよね…。でも、そのためにあぁなるっていうのは…。」
「でも、お前がそういう選択をしたんだよ。お前が自分自身でその選択を否定するな。」
隣で同じようにもたれかかっている峰先輩からそう力強く言われると、しっかりしなければと自分に檄を入れられた気分になる。
「もちろん、そのまま何かの拍子にアイツのピアノがそのまま俺達オバシュに入ってくれりゃあ大儲けだけどね。」
そう言いながら、武骨な見た目の男がニコッと笑う。全く、この雄々しい顔でそんな無邪気な笑顔が出来るからあんな美人さん…Astarothさん(仮)も落ちる訳だな…。全く。ダメだろ本当に。
「さて…問題は…彼の精神状態だよな。」
窓の外を見ると、夏も近づき日も全然落ちない耀木学園のグラウンドが軽音部の部室から見える。
「しっかし。…この機材の良さはビビるもんだなぁ。完全防音のおかげでそこの扉を開けなきゃ昼夜問わず練習可能かぁ…。おまけに、そこら辺のライブハウスと引けを取らない部室機材に、古くからプロのアーティストのバック演奏を務める人たちを排出してきたっていうブランド。実績に甘んじず、投資を続ける経営側もたいしたものだよなぁ。」
しみじみとそう呟きながら、峰先輩も一緒に窓の外を見る。
「お前にはこの景色…どう見える?」
…なんだ、その含みのある言い方は…。どう返せばいいんだろう…。声を張り上げている野球部に、パス要求をしているストライカーが居るサッカー部の紅白戦。俺にとっては
「…いつも通り…ですかね。」
「そうだろうな。」
笑いながら峰先輩はそう言い続ける。
「俺たちオバシュのコンセプトは…」
「「当たり前を奪われた3人組+」」
!?…いきなり増えた声に驚きながら後ろを振り向く。
「渋澤先輩!?」
「渋澤くん…入る時にノックしたか?」
「お前らの間柄でわざわざ気を遣わなきゃいけねーのか。面倒だろ。峰。」
「承知。」
渋澤先輩がいきなり出てきてびっくりしてしまったが、渋澤先輩も何か言いたげな雰囲気を醸し出していた。
「この際、俺からも言いたいことを言わせてもらおうか。」
「はい…?」
渋澤先輩から…何を俺は言われるんだ…?
「友貴也のことはお前だけが背負うもんじゃねぇよ。俺が摘み切れなかった地雷の芽を、お前が踏んじまった。…ただ、それだけだよ。それ以上でもそれ以下でもねぇよ。拡大解釈してるんじゃねえよ。」
「それに関しては俺も同意見だな。渋澤くん。」
???
「分かってないって顔をしてるね。」
「まぁ、そりゃあそうだろうな。ここからは俺がメインで喋らせてもらおうか。峰。」
「いいよ、渋澤くん。」
「じゃあ、俺から喋らせてもらう。」
二人の軽快なやり取りの後、渋澤先輩の顔が、いつもよりもさらに真剣な表情になった。渋澤先輩はいつもそうだ。生徒会の時も、部活の時も、いつも真面目に仕事を取り組んでいるのに人に話すときはより一層真剣な表情になる。それがこの先輩の人としての魅力なのかもしれない。いついかなる時も真剣で、それでいて人のことを自分のように考える人であるからこそ、皆の信頼を得ているんだろうとつくづく感じる。
「俺にも責任があるが、俺や浩人がどうこうしても友貴也の中では全く響かないかもしれない。」
「と…言いますと?」
俺が渋澤先輩にそう答えると、今度は峰先輩が答えてくれた。
「簡単に説明すると、今の友貴也は『自分一人で考え込みたい』って心境なんだよ。多分、アイツに俺や渋澤くん。浩人が何を言っても『これは俺が決着をつけるものだ。お前らに助けを求めたら自分のためにならない』って言うんじゃないかな。」
それに対して、峰先輩は俯瞰する人。ってイメージがある。渋澤先輩は他の人の気持ちを汲み取るというよりは、『同じ状況になった自分がどう考えるか。』っていう考え方をするけども、峰先輩は『その人物がどういう風に考えているかを言動から察知する』タイプだ。
「それをこじ開けられるのが…浮田さんじゃないかな?」
「同感。俺もその手があると考えた。」
「だよな。やっぱり渋澤くんもそうなるよな。」
「あぁ。…ここから先は俺が解説してもいいか?」
「はいよ。ここからはお前から話した方がより納得がいくよな。」
「じゃあ、気を取り直して…。友貴也を元に戻すには浮田が重要になってくる。というより、アイツのふさぎ込みがちな思想をこじ開けるのがアイツの人を巻き込む力、悪い言い方をすると『自己中心力』なんだよ。まぁ、元々アイツはあんな奴じゃなかったんだけどな。」
「え…?そうなんですか?」
俺がそういうと、渋澤先輩は先輩としてこれが喋りたかった。と言いたげな笑顔を見せた。
「浮田は元々…あぁいう他人の心をドサドサと踏み入るような娘じゃねぇんだよ。奇跡的に友貴也から記憶が綺麗に抜け落ちているから『昔からそうだった』って思われてるみたいだけどな。」
そう言うと、渋澤先輩は遠くを見ながら話し始めた。



「渋澤先輩!…どうしましょう!?友貴也君が急に倒れちゃって…!」
あの日、いきなり俺の家に電話がかかってきた。あいにく、その電話を受け取ったのは俺ではなく、母だった。秋の終わり、11月の下旬ごろだっただろうか。
「落ち着いて!とりあえず、119番はやった?」
「…まだです!」
「今すぐにお母さんとの電話を切って119!早く!」
「はい!」
8月に倒れたばっかりで、なんとか普通に過ごせる程度に栄養失調、拒食症が治った友貴也だったが…それが治りきっていなかったのか。その時の俺はそうとして思っていなかった。だが、アイツが目を覚ますまでの間、浮田が『一人でいるのはしんどい』なんていうから、俺は夜中の23時から徹夜をして土砂降りの雨の中、ザーザーと鳴り響く雨音と浮田さんと話し込んでいた。するとどうやら、ピアノを納得できるレベルまで感覚を取り戻せず死のうとしていた友貴也にかけた『まだ…死んだらダメだよ…。私との約束を果たしてよ。』という言葉がアイツにとどめを刺したらしい。ということが分かった。
「そういうことか…。お前にとっては目標を設定するだけの言葉だったのかもしれないが…アイツには『死という救いすら拒む言葉』っていう風に取れてしまったのかもしれないな。」
「そうなんですか…私…どうすればいいんでしょう……。」
すすり泣く彼女を見ていると…俺は自分だけでも、性格には自分の彼女、玲奈のことだけでもボロボロだったのに『この2人を救わなければ大きな損出になる。』と思ってしまったあの感触がいまだに俺の心の中に鉛のように沈んでいる。俺のどん底はあそこか…それとも玲奈が死んだときか。その位屈指の苦境だったのは覚えている。そして、この後の一言が浮田さんの性格を捻じ曲げた。俺にその自覚はあっても後悔は出来ない発言だ。
「ここはハッキリ言うぞ…。そこまで自分の意見を通せたことを大事にしろ。結果がこうであったとはいえ、お前がハッキリ意見を言えたのは貴重な経験だ。だから、後悔するな。お前まで自分を否定すると誰がお前を褒められるんだ。俺か?悪いが、俺は全肯定できるほどやさしい人間じゃないし、お前に惚れてるわけでもねーんだよ。悪いが、俺の隣は玲奈だけだよ。」
…今も昔も、俺の隣は玲奈だけだ…。そう言いたかったけど、玲奈はもういないんだよなぁ…。全く、これを言った2カ月後に死ぬんだぜ?未来のことを言うことなんて誰が出来るんだよ。本当に。
「そうなんですね…。私、もっと自分が後悔しないようにいっぱい自分の意見を言って、自分を大切にします!」
例えどれだけボロボロになろうとも、自分を守れるのは、最終的には自分だけ。自分を奮い立たせられるのは、人の力も大きいのかもしれないが、自分の力の方が大きい。そう思って喋ったこのアドバイスがたとえ、浮田自身の首を絞めることになっても、俺はこの発言を取り消すつもりは無い。



「…って感じだ。」
なるほど…。浮田さんは元々引っ込み思案だったのが渋澤先輩のアドバイスで無理矢理でも自分の意見を押し通すようになったって訳か。
「まぁ、どっちみちこの一件のカギを握るのは…」
「「「浮田さん。」」」
「ってことだな。」
「ってことだね。」
「…ですよねぇ。」
3人の意見が揃った瞬間、ドアのノックする音が聞こえて3人が振り返った瞬間ドアが開いた。
「休憩は終わりだよー!男子3人そろいもそろって窓際で談笑してないで、準備準備!ギター2人、準備してー!莉緒ちゃんの彼氏君!ベースの準備!」
「…いつもいつも…ほのかちゃんが申し訳ありません…。」
「全く、騒がしいんだよ。後藤ウラヌス生徒会長。」
「うるさい!耀木の会計さん!ミドルネームみたいに聖ウラヌスの名前を使うんじゃない!」
「おまけに…さらっと俺と木原さんの関係性を強調するんじゃない。」
「良いじゃーん!話しても減るもんじゃないし!」
「その理論が通用するわけないだろ!」
「はーい…。」
騒がしい後藤(ごとう)・ウラヌス・ほのか生徒会長と渋澤先輩、峰先輩が軽い談笑をする間に、木原副会長がドラムの準備をし終えたのを見て俺も頑張ろうと気合を入れる。
「はい!耀木の会計補佐君も大丈夫?」
「はい!大丈夫です!」
負うべき2つの背中…その2人と唯一同じバンドを組める機会なんだ…行くぜ!
「では…純情な感情…4カウントで行きますよ!」
淑やかな雰囲気を纏いながらあれだけ暴れられる本業はベーシストの人がやるドラムに…
「「OK!」」
2人の先輩のベースとドラム。
「準備はいつでも出来てるよ!」
騒がしいものの、実力は友貴也のピアノ程とは言わないが確かなキーボードを演奏する後藤会長。こんだけのメンバーがいるなら…
「気合入れていきます!」
俺が全力を出さないとこのメンバーをそろえてくれた神様に申し訳ねぇよな!
「おぅ!そうでなくっちゃな!会計補佐!」
「役職で呼ぶな。後藤ウラヌス。」
「だーかーらー!」
「行きますよ…?」
「お、おう!分かったよ莉緒!」
「1,2,3,4…!」
イントロのギターリフが少し鳴ってから歌声を出す。イメージするのは
「壊れるほど愛しても…1/3も伝わらない!純情な感情は空回り…I love youさえ言えないでいるMy heart!」
壊れるほど愛していた渋澤先輩の想いを俺なりに乗せて…この歌を歌う!
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