第10話 耀き、始める、宴

文字数 3,891文字

「これより、第62回 耀木祭を開催いたします。」
生徒会長の宣誓で耀木高校の文化祭は始まった。さて、俺は3日目の軽音楽部のラストステージ以外はほとんどクラスの出し物でも出番がないので1,2日目は観覧メインなんだよなぁ…。
「お暇ですか?渋澤さん。」
「あぁ、暇だが。どうした?福永さん。」
そう思っていた矢先に同じ生徒会会計補佐の福永さんに話しかけられた。同僚を褒めるのはあまり好きじゃないが、目がぱっちりしていてメガネ美人だと思う。まぁ、玲奈には及ばんが。
「良ければ、私のクラスの出し物に行きませんか?」
「あぁ、良いぜ。お前らのクラスは何やってるんだ?」
「純喫茶です。」
あぁ…。なるほど。そういえば純喫茶をやる2年生のクラスがあるって聞いてたけど、お前らのところだったのか。そう思いながら、福永さんが開けたドアから生徒会室を出ていった。
「純喫茶ってことは…バリスタでも居るのか?」
「はい。黒瀬君ってご存じですか?」
「あいつか。確か…あいつはバリスタの資格を持ってるんだっけ。」
「はい。日本バリスタ協会っていう協会の認定バリスタですからね。」
へぇー、そんなもんあるのか。なにせよ現役高校生バリスタでおまけにイケメンとかモテないわけがないよな。そう思いながら校舎の廊下から中庭の様子を見た。雨男の俺にしてはこういう行事で珍しく晴れたな。中庭では3年生の先輩方が早速HIPHOPダンスのショーをして盛り上がっていた。
「晴れてよかったですね。」
「あぁ、俺は雨男だから晴れるか不安だったんだよ。」
「私も、雨女なんで…。」
そう言いながら、福永さんはうっすらと笑ってメガネをくいっと上げた。
「さぁ、着きました。」
2-Dの教室のドアの前には黒板を小さくしたおしゃれなカフェで見かける立て看板が立ってあり、そこには「純喫茶 スターダム」と書いてあった。オススメは「コロンビアブレンド」か…。確か、コロンビアコーヒーはコーヒーの中でもマイルドなんだっけ?文化祭みたいな学生の多い所にはピッタリだな。
「失礼します。」
しまった。いつもの癖で。つい言ってしまった。
「いらっしゃいませ。1名様ですか?」
「あぁ」
「いえ、私も客として入るから2名様でお願い。」
ちょっと待て福永。何かましてくれてるんだ!

「お疲れー友貴也。」
「おう、純平。お前はどこに行くんだ?」
「俺は、3-Cのお好み焼き買ってそれを食べながらグラウンドの『耀木学園のど自慢決定戦』の1日目の予選でも見て、隙があったら出てみようかな。」
「なるほどな。確かにお前も歌は上手いし、野球部で1年からの人気はあるんだしいいんじゃないか?」
純平と俺はとりあえず、のど自慢決定戦とやらを見てみるか。と思ってた矢先に
「やっほー、友貴也に純平じゃーん!」
「ヒィヤァ!!」
「だーかーらー、友貴也もそろそろ真菜に馴れろって!」
怖いものは…怖いだろ!
「いーのいーの。私も最近、友貴也のこういう反応に馴れてきた私もいるし、それにちゃんと話は聞いてくれているから問題はないわよ。」
ごめんなさい…ごめんなさい…
「で、純平?私ものど自慢決定戦に出るけど、純平は何の曲で出るの?」
「うーわ。お前も出るのかよ…。」
純平が終わった。とでも言いたげな顔をしている。
「真菜さんは…そこまで上手いの?」
なんとか勇気を振り絞って聞いてみた。女の子怖い女の子怖い女の子怖い…。
「うーん、友貴也には勝てるかどうかは分からないけど、自信はあるよ?私は、Honeyworksの『今好きになる』か、aikoの『ストロー』で挑んでみるかなー!純平と友貴也は?」
「は?友貴也も?」
「へっ…?」
真菜さん…なんで俺も参加することになってしまったんだ?
「まぁ、友貴也が参加するかどうかは別だが、俺はback numberの『瞬き』で挑むよ。」
「へー、友貴也は?」
「へっ…!?」
さ、参加するのっ!?俺も!?とりあえず、渋澤先輩に連絡を入れるか。
「すみません。渋澤先輩。成り行きでのど自慢決定戦に参加させられそうなんですが、参加しても大丈夫ですか?」
送信。っと。
「そういえば、デュエット部門もあるけど、友貴也―。私とやる?」
「柿谷さん!それは流石に無理です!!」
咄嗟に防衛反応が出てしまった。


「渋澤さんのそのチョーカー、すごくセンスがありますね…。」
そう言って、福永さんは俺のチョーカーを褒めてくれた。
「あぁ…。これか。元カノからのプレゼントを未だに捨てられなくてな…。ホント、ダメな男だよ…。俺は…。」
そう言いながら、俺は表面の「R」と裏面の「K」を交互に見た。その表情があまりに悲しそうに見えたらしく福永さんがすかさずごめんなさい。と何度も謝ってきた。
「いや、良いんだ…。いつまでも自分に決着をつけられない俺が悪い…。」
そう言いながらオススメのコロンビアブレンドを一口飲む。マイルドなはずのコーヒーがやけに苦く感じる。
「前に…渋澤さんから元カノの話を聞かせていただきましたが…。もしかして、死別なんですか?」
「あぁ…。」
「なら、無理に前に進まなくても良いんじゃないでしょうか…。苦しんでまで克服してほしいとその方も考えておられるかどうか…。」
福永さんがそう言ったところで俺のスマホがブルブルと振動した。福永さんに断りを入れて、LINEを確認した。
「すみません。渋澤先輩。成り行きでのど自慢決定戦に参加させられそうなんですが、参加しても大丈夫ですか?」
と、友貴也からのメッセージだ。これは好都合…。
「あぁ、参加してもかまわないが、条件は3つある。1つ目は最終日のラストステージに支障が出ないこと。2つ目は上位入賞。3つ目はお前が軽音楽部のラストステージに立つことを言わないこと。1つ目はお前なら大丈夫だと信じているが、2つ目と3つ目が特に重要だ。お前がこれを守れれば、サプライズ性はぐんと上がる。だから、この3つを守ってくれれば参加してもかまわないぞ。」
俺はそう返信メッセージを打ち、送信した。そして
「ごめんね、福永さん。君の提案には乗れないんだ。俺は進まなきゃいけない。」
俺はそう言いながらチョーカーを外した。そして、机の上において
「俺は、元カノと同じ思いをした後輩と共に前に進む。そのためにも、このチョーカーは外さなきゃいけない。」
「でも…ハートのチョーカーには『私だけを見て』っていう」
「知ってる。俺もそこまで馬鹿じゃねーよ。ハートのチョーカーの、どこにも行かないで欲しい。っていう思いは、どんな感情に対して『どこにも行かないで欲しい』ってことなんだろうな。俺も分かんねぇや。でも、前に進むと決めた以上、いつまでも過去にこだわってちゃいけない。」
そう言いながら俺はハートのチョーカーをそっと自分のズボンのポケットにしまった。

なるほど。サプライズ性か…。あの人も考えるな。
「参加のオッケーが先輩から出たよ。じゃあ、俺も参加するか…。曲は…。」
「じゃあ、私あれが良い!米津玄師!」
うーん、米津玄師とハチさんは別カウントな奴だよな…。
「それなら…ピースサインか、アイネクライネかな…。」
「なら、こういう大会って盛り上がる系の曲が多いし、まともに勝負をするならピースサイン。ちょっと絡め手を使うならアイネクライネかなー。」
「へぇ…そ、そういうの…あるんだ…。アドバイスありがとう…。柿谷さん。」
「いやいやー、そこまで気にしなくてもいいよー?」
そうは言ってくれてるけど、地毛だと言っている茶髪にネイル…。どう見てもギャルなんですけど…!ギャル怖い…。
「まぁ、3人共曲は決まったから、エントリーするか!」
「あぁ…!」
「真菜…またお前の歌が聞けるのかー!期待してるぜ!」
柿谷さん…かなりの実力者なのか…。期待してみよう。

「すみませーん、ここの3人、のど自慢決定戦にエントリーさせてほしいんですけどー。」
「はい。では、こちらに学年とクラスと出席番号。それとエントリーする曲をこちらの紙にそれぞれお書きください。」
「だってさー、友貴也―、純平―。書いてー。」
そう言って私は友貴也と純平にそれぞれ紙を渡した。正直、純平は上手いけど聞き飽きてるし、友貴也を出させたのはすごく大きい…!ことみとか浩人、昌行みたいな音楽をしっかりやってる人たちが絶賛してるんだからすごく興味がある。友貴也が私を楽しみなのと同様に、私も友貴也を楽しみにしている…。こんな感覚、いつぶりかな。私は、友貴也やことみ。浩人や昌行のようにしっかりと音楽をしてきたわけじゃない。それでも、昔からダンスをしてきて、ちょーっとだけスタミナやリズム感には自信がある。
「はい、真菜。書けたからよろしくー。」
「柿谷さん…よろしく…お願いします…。」
2人から受け取ったエントリーシートを受け付けの運営委員の方に渡した。
「はい、お三方のエントリーを承りました。では、この番号札を持って10時半にここに集合してください。この番号札は演奏順とは関係ありません。演奏順はくじ引きで演奏直前に決めさせていただきますのでそこはご了承ください。」
「分かりましたー。」
「はい、有難うございます。」
番号札は、私が6番。友貴也が7番、純平が8番だった。
「じゃあ、お好み焼きでも食べに行くか!」
「あぁ!純平!」
「いいよー、私、2日目以外暇だしー。」
私は久しぶりに跳ねるように歩いていた。
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