第9話 出会ってしまった

文字数 2,471文字

浮田さんが楽器を片付けるときの横顔が夕日に映えてとても綺麗だった。
「出席番号3番。浮田 ことみです。『浮田』とか、『ことみ』とか好きに呼んでください!小学校の時からバイオリンをしていて、中学で吹奏楽部に入ったので高校でも吹奏楽部に入ろうと思っています!よろしくお願いします!」
初めて浮田さんを見た時に、俺は今までにない感情になった。あの人を知りたい。自分しか知らないあの人の一面を知りたい。ただそれと同時に、彼女にはもう好きな人がいることも知った。
「出席番号4番。大嶋 友貴也です。女の子と話すのが苦手なので話しかけるときは他の男子かさっきの浮田を挟んで話しかけてください。中学までは音楽をしていたんですが、高校では特に部活に入る予定がないので何かいい部活があったら教えてください。よろしくお願いします。」
正直、浮田さんがあの友貴也を好きなのは始業式の前からバレバレな態度だった。だけど、なんであんな無気力な奴が好きなんだと憤慨していた。だが、俺と浩人と、純平と浮田さん。そして友貴也でカラオケに行った時のあいつの歌声…。それだけで納得してしまった。友貴也は奏者として自分が見た人たちの中で一番惹かれる人だった。きっと…いや、浮田さんも友貴也を人間として好きなのか。奏者として好きなのか。分からないなー。
「どうしたの?横田くん?」
「うわっ!びっくりしたー…浮田さん!びっくりさせないでよ!」
「ごめんね?でも、リードを見つめて真剣な表情をしていたから、つい。」
つい。じゃないよ。全く…。
「はぁ、俺も自分の楽器を片付けるかー。」
そう言って、テナーサックスにスワブを丁寧に丁寧に丁寧に通して、大事に片づけた。
「誰かのことでも考えていたの?」
流石に浮田さんでもバレるかー。
「あぁー。友貴也のことをちょっとねー。」
「分かるよ?」
「あいつはあそこまでの可能性を秘めていながら、音楽を辞めると言ってきかない男。あの才能が欲しいって思ってしまうんだよー。」
そして、それと同じくらい、君も…。なんて、言えるわけないかー。
「うーん、分からないよー?ゆーくんも、自分で自分のことは『音楽のことを誰よりも考えた男』って現役時代は言っていたから。」
音楽を誰よりも考えた男。かぁ…。どういうことなんだろう。
「ふふふっ。そうやって考える姿は、中学校のときの先輩に似てるなぁー。」
「ん?どういうことだ?」
そういって俺はテナーサックスのケースを持ち上げてー、北校舎の最上階にある楽器庫に向かい始めた。
「中学校時代ね?私たちの1つ上の先輩に、渋澤先輩っていうテナーサックスの先輩が居たの。その先輩はね?なんか、纏っている雰囲気が周りの男子たちと違ったの。ゆーくん以外だと、初めての感覚だった。なんかゆーくんに似てて…でも、ちょっと違うような感じ。本当に音楽が好きでやってるんだろうな。って感じ。」
なるほどなー。その渋澤さんって人がこの話のキーか?
「その渋澤さんってー、どんな人だったんだ?浮田さん。」
「分かりやすく言うと、強引な頼れるアニキって感じかな。難しいんだけど自分が分かっていることだけじゃなくて、俯瞰的にみて分かることを伝えることがすごく上手いの。ただ、自分の意見を押し付けがちなのよね…。あの人は。でも、その人に比べたら横田くんはすごく親身な気がするよ?強引なのが絶対にいいってわけじゃないし。」
そう言って、浮田さんは悪戯に笑った。全く、その笑顔が愛おしく感じてしまうじゃねーか…。
「さて、楽器庫についたし、一緒に帰ろうか。浮田さん。」
「うん!いいよっ!横田くん!」
そう言って、サックスパートの2人で一緒に変えるのが鉄板になりつつあった。

「友貴也ほどの実力がある人を闇に送った武田ってやつ…許せねぇな。」
「でも、その武田さんは聖ウラヌス女子大付属高校に進学したのよね。」
暗がりの夜道で俺と浮田さんの2人が話している。文にするとただこれだけなのに、傍から見たらどう見えてくれるんだろうか?
「聖ウラヌス女子大付属か。ってはぁ!?日本トップクラスのお嬢様学校じゃねぇか!」
俺は思わず大声をあげてしまった。
「なんで、そんな奴がお嬢様学校に入れてるんだろうなー。全く。世の中は理不尽だぜー。」
「そう思っていても仕方がないでしょ?」
「まぁー、そうだな。」
「あら?そのお嬢様学校通いの私に、何か用がありまして?」
なん…だと…?こいつが、武田??
「梨奈ちゃーん!久しぶりー!!」
「あら、ことみちゃん。友貴也くんから心変わりしたの?」
「えっ!?ちょっと!違うわよ!」
「それは残念ねぇ…。全く。」
俺は完全にこの2人の会話に置いてけぼりだった。
「あら、置いてしまってすみません。私は、武田 梨奈(りな)と申します。」
「お前がっ…!」
殴りかけたところで、俺は浮田さんに止められた。
「やめて!横田くん!相手は生粋のお嬢様なんだから騒ぎを起こしたところであなたの立場がなくなるだけよ!」
「んなこと言って、才能をただただ潰れるのを指くわえて見てろっていうのか!」
「ここは抑えて!」
そういって、浮田さんに抑えられた。
「そちらの方は少し気性が荒くて?抑えるのに苦労していらっしゃるのね。」
「えへへ…ごめんね?うちの横田くんが。ほら!自己紹介!」
「あぁ、横田 昌行(まさゆき)だ。耀木学園で、テナーサックスをしている。それ以上は喋るつもりはない。」
「ごめんね?横田くんはゆーくんから話を聞いた時にかなり気を悪くしちゃってたのよ。だから、武田さんの第一印象はかなり悪いのよ。」
「でも、私だって彼のことはあまり好きじゃないわよ。しかも、あの顧問に責任を求めたのは結局彼じゃなくて世間だったじゃない。」
「そういって自分のせぇじゃねぇって言いてえのか!」
「はいはい!だから落ち着いて!」
肩までの黒髪に真一文字のような一重瞼の目、すらっとした鼻筋に薄い唇の弥生人みたいな顔…覚えたからな!
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