第15話 発火

文字数 6,984文字

気づけば、1バンド目からいきなり熱狂させられた。文化祭のときに演奏したメンバーであの時と全く同じ曲をやるんだ。楽器のメンバーの連携は問題ない。それを分かったうえでそれに完璧に応える大野部長には脱帽しかなかった。自分にはこれに至るまでどうやって鍛錬をすればいいのだろう。そう思うだけで自分にはまだまだ実力不足だと感じると同時にまだまだ伸びしろを感じることが出来た。幸せだ。
「ひらりとひらりと舞ってる 木の葉が飛んでいく」
「「Wow Wow Wow」」
全力で歌っているはずなのに全然力感がない。体全体が響いて壁を反射させてさらに壁からも音を発しているように感じる。この響きをどうやってもたらすのか考えれば考えるほど分からない。どうやっているのかを分かるためにはやはりある程度の知識や技術は必要になってくるのか。そうなると、師の存在が必要不可欠になる…。一体どうすればいいのか…。自分をどうやってレベルアップしていくのか分からない俺には伸びしろはあっても伸びることは無いのだろうか。そういう風に考えているうちに1バンド目の演奏は終わってライブハウスは拍手に包まれていた。あまりにもうるさかったので俺は思わず耳を守るためにライブハウスを出て、すっと息を吸った。ふと横を見るとあたかも当然のように浮田もいる。
「一体どうしたら…。」
俺は思わずボソッと弱音を吐いて空を見上げた。3月の初めにしては気温が高い今日の快晴に若干のイラつきさえ感じる。ふと横を見ると、弱音を聞きとられてしまったのか、浮田が不安そうな表情で俺を見つめてきた。だが、俺はそれを意に介さず夢中に自分でどうすればあれほどの技術を養えるのかを考えていた。まず、腹式呼吸。基礎中の基礎の徹底は大事だろう。それに大事なのはイメージの持ち方か?
「あら、どうしたのかしら。浮かない顔をして。」
声をかけられた気がして、ふと右を見るとそこには1つ上で中学の時にはユーフォパートでお世話になった玲奈先輩…にしては声のかけ方が堅苦しいな。それが若干の違和感として目の前に現れた。
「あっ!玲華先輩!お久しぶりです!」
浮田がその玲奈先輩に答えた。ん?今、「玲華」先輩と言ったか?そうだ。そういえば、渋澤先輩が認める軽音楽部員に玲奈先輩の姉さんがいたな。そう思うと自分には妙な納得感があった。やっぱり、双子とはいえ似ているもんだな。
「お久しぶりです。浮田さん。あれから吹奏楽部の方はどうですか?」
「はいっ!私も頑張って冬の大会の選抜メンバーに選ばれて頑張って県大会まで頑張りました!褒めてください!」
浮田がそう言うと、玲華先輩が浮田の頭にポンポンと手を置いた。
「よくやったわね。でも、問題は私の妹のように苦しむ人がいないような部活にしなきゃいけないということよ。それが、私たち。残された人たちに出来ることだから。お互いに頑張りましょう。」
「はいっ!頑張ります!」
なにやら俺が分からないうちに浮田もこの先輩と仲良くなっていたのか。そう思いながら俺は二人の顔を交互に見ていた。すると、先輩の方が俺に気づいて慌てて俺に自己紹介を始めた。
「あっ…申し訳ないわ。自己紹介をしないといけないわよね。私は、大下 玲華と申します。あなたも知ってる大下 玲奈の双子の姉なのよ。だから、私の顔を見た時に少し違和感を持ったのかもしれないわね。で、横の浮田さんとは文化祭のときに横田君と渋澤さんと4人で会ったことがあるのよ。」
…ごめんなさい。こちらが一方的に渋澤先輩を通じて知っております。なんか申し訳ないです。
「あの時、渋澤先輩からアドバイスを頂いて先輩方と思い切って話し合ってみたんです!」
「なるほどね…。どうだったかしら?面白い話はいっぱい聞けたかしら。」
「はい!すごくためになる話だったり参考になる話だったりいっぱい話していただけました!」
渋澤先輩はテナーサックスをやってたんだし、浮田もサックスパートに居るんだから渋澤先輩は誰よりも的確なアドバイスを出来るってことか。ギターとサックス、違う種類の楽器を出来るということはより多角的に音楽を聴けてアドバイスもいろいろできるのか。渋澤先輩だって色々と暴れまわるスタイルだから音楽に対して感性で聞いているのかと思いきや割としっかりアドバイスを出来るだけの聴力は持ってるんだよな。
「それで、本題に戻るけれども…大嶋君。何か悩んでいるような表情をしていたけど、何か力になれないかしら。」
うーん…ここでこの人に頼るのはどうなのだろう…。この人にどれだけの人脈があるか…。2年生からの途中加入っていうことを考えるとあまり人脈は広くないのではないか?まぁ、話さないよりは話すほうがいいか。
「やっぱり、大野部長の歌を聞いて…独学には限界があるんじゃないかな。って考えていたんですよ。」
「え…?ゆーくん歌やってるの?」
「えぇ。詳しいことは渋澤さんから聞いた方がいいと思うわ。彼から聞いても口は割らなそうだし。」
玲華先輩も玲華先輩で面倒な言い回しをしてくるんだろう…。そう思いながら俺は話を続ける。
「話を戻しますが、誰かこういう歌い方の指導を出来る人が居ればいいな。と思ったんですよ。」
「なるほどね…。」
そう答えると、玲華先輩は腕を組んでいる風に右手を顎に当てていた。こうやって初対面の相手に対して真剣に考えていてくれているのはやっぱり双子揃って真面目なんだなと痛感した。そして、1分経つか経たないかのところで玲華先輩の口が開いた。
「渋澤さんから経歴は聞いていたのだけれども、経歴からして貴方のお父様は確か声楽家じゃなかったかしら。だからこそ、貴方のお父様。昌彦(まさひこ)さんこそ指導者にはふさわしいと思うのだけれども。」
父さんか…。それはダメなんだよな。父さんは今、海外に仕事に出ていてとても仕事以外のことを出来るような状態ではない。それが彼の仕事の流儀であり、仕事に対する姿勢であるのは業界では有名な話だ。
「ダメです。父さんは海外に仕事に出ているし、そもそも日本に居ても自分のこと以外はまるで眼中に無いほど仕事に…音楽に打ち込んでいるんです。そんな人に頼めるほど俺も遠慮のない人間じゃないです。」
「なるほど…やはり意識の高いプロフェッショナルな人間なのは本当なのね。」
そういうとまた先輩は考えだした。
「じゃあ、私でも大丈夫かしら。」
「!?」
あまりに唐突過ぎる提案に俺は思わず驚いてしまった。確かに、渋澤先輩も認めるほどのボーカリストではあるが…男性と女性では体格がかなり違うものだ。その体格の違いからくる感性の違いをどう考慮してくれるか…。うーん…。
「あら…。その顔。私のこと信用してないのね?」
そりゃあ…渋澤先輩が話してくれていたとしても、初対面の人を信頼しろって言うのがなぁ…。
「なら、安心してほしいのだけれども小学校の時に合唱団で6年。中学校の時に3年間合唱部に居てそれなりに知識と技術はそれなりにあるつもりよ。その中で、男声パートを指導することも多々あったから歌を教えることに関しては自分が歌う以上に得意かもしれないわ。」
なるほど…指導に関して、今回が初心者と言う訳ではないんだな…うーん…迷うな。
「受けてみなよ!ゆーくん!こういう時に迷っていてダメになるのがゆーくんでしょ!」
浮田が背中を押してくれた。確かに、先輩の厚意を無下にする訳にもいかないしなぁ…。文化祭でParterreの演奏を聞いた時に玲華先輩は俺のタイプの延長線上の1つなのだと思った。それと同時に大野部長も延長線上にいると考えてしまった。
「恐らく、今の貴方は素材としては私の見てきた中ではNo1だし指導してみたいっていう私の私欲も絡んでいるのだけれども…良いかしら?」
うーん…流石にここまで言われると断る方が無礼だよな。そう思って俺は玲華先輩に指導を受けることにしてみた。
「じゃあ、昼休みに屋上に来てもらえるかしら。私はいつもそこで渋澤さんと音楽談義をしているのよ。」
へぇー…だから、あの人は教室に行っても会えなかったのか。
「すみません、玲華先輩。出番の3バンド前が終わったので呼びに参りました。」
「あら、有難う。浩人君。では、参りましょう。私たちなりの『青い薔薇』を再現して見せましょう。」
「えぇ。再現してみましょう。俺たちのBlue Roseですからね。本家ですら凌駕するつもりで戦っていきます。俺に合わせてください。とは言いません。玲華先輩…俺は先輩についていきますので、先輩も俺についてきてください。」
…?なんて独特の表現なんだ…。対等にガンガン仕掛けていくっていう意志表示なんだろうか。そう思いながら俺は浩人と玲華先輩がライブハウスに戻っていたのを見て、俺もライブハウスの中へ入っていき、後ろに浮田もてくてくと歩いて着いてきた。





「こんにちは。Roseliaのコピバンをやらせていただきます。それではいきなりですが聞いてください。『LOUDER』。」
ステージが青のスポットライトに染まったかと思えば、いきなり曲が始まった…。浩人はさっきと違って落ち着いた雰囲気を纏ってまるで1バンド目にリズムギターを弾いていた人物と同じ人だとは思えないほどのテンションの落差だった。物凄く落ち着いているし本当に浩人の演奏の幅が広いと痛感する。そして、本当に作曲する側からするとイメージが湧いてきたそのまま表現できる素晴らしいギタリストだと思える。
「裏切りは暗いままfall down 崩れゆく世界は 心引き剥がして 熱を失った」
やっぱり、文化祭のときから思っていたが玲華先輩は上手い。喜怒哀楽で言うと哀と怒を得意とするタイプなのだろうか、俺も同じような哀と怒の曲を作曲する以上、このタイプのボーカルは目指すべき領域なのだ。そう思えば、自然とさっきの指導を受ける話もありなのではないか。と考え始めていた。
「未だに弱さ滲むon mind 未熟さを抱えて 歌う資格なんてないと背を向けて」
…!なんだろう。この歌詞が俺の心に刺さった。文化祭までの俺は嫌になってしまった音楽から背を向けていこうとした。だからこそ自分にこの歌詞が刺さるのかもしれない。
「色褪せた瞳 火をつけたあなたの言葉!」
そんな俺を、渋澤先輩が無理やりにでも音楽に戻してくれた。文化祭こそ俺を変えてくれたのだから、俺は何か渋澤先輩の役に立てるようなことをしてあげたいと思う。その決意と共に浩人の叫びともいえるギターの音がステージを刺すように奥へ響いていった。
「Louder You’re my everything!!
「You’re my everything!!
その浩人の叫びを受け取るように玲華先輩がステージからライブハウス全体に響かせる。それを受け取って、浩人と中江先輩が返す。普通の光景ではない。なぜなら…
「…なんだ…あれは。」
玲華先輩の背中から青白い炎のようなものが燃えているのが見えた。…もちろん実際に燃えているわけではないが、青白い炎を纏っている雰囲気が覇気なのだろう。さっきの一体感と言い、今の玲華先輩の覇気と言い…今日の俺の目は若干バグっているのか?
「輝き溢れゆく あなたの音は私の音でtry to 伝えたいの」
青白い炎がフレーズの終わりを迎え、もう1度同じフレーズを繰り返すに向けて更に火力が上がった!
「I’m movin’ on with you!!
「movin’ on with you!!
青白い炎の火力が増したのと同様に玲華先輩の迫力がぐっと増した。声を張り上げる訳でもないのに迫力を増しているのはどういう秘訣があるんだろうか。はっ、ダメだダメだ。すぐ分析を始めようとしてしまう。そういうのは今はやめて、単純に聞くことに徹しろ。分析は後でもできる。
「届けたいよ全て!」
全ての「べ」が最高音なのだろう。そこへ向かうために1音1音ずつステップアップしていくのが聞いていて気持ちよかった。
「あなたがいたから私がいたんだよ」
このフレーズの終わり際から、玲華先輩に負けじと浩人がギターで素早い音数の多い装飾を難なく弾き切って俺は「スゴい!」と感じて思わず浩人の方を見ると浩人は表情一つ変えていなかった。まさに「これくらい当然」という表情であった。全く、そういうのをするからお前にドンドン色んなことをやらせたくなるんだよ。流石だぜ。
「No more need to cry きっと」
そして、もう1度玲華先輩に目線を戻すと、サビが終わったからなのか、はたまた最初から俺の見間違いだったのか玲華先輩から燃え上っていた青白い炎は消火されていた。なんなのだろう。あの感覚は。そう思いながら俺は最後の曲まで聞いていたが、結局3曲目が終わった時点でその青白い炎を再び見ることはなかった。

「楽しい時間はあっという間ね…。最後に、私たちから新たな旅立ちへの歌として…この曲を送って最後にさせていただきます。聞いてください。『FIRE BIRD』。」
そう言うと、拍手が起こり、それが治まるとドラムの先輩が泣きながらスティックでカウントを取っていた。4回ドラムスティック同士を打ち付け、最後の曲が始まった。
「空がどんな高くても 羽が千切れ散っても」
静かな曲の始まりだな…。だいたい、こういう曲のときはこの部分が終わるといきなりアップテンポになる。長年色んな音楽を聴いていると自然と経験則で分かってくる。
「翔び立つこと恐れずに 焦がせ不死なる絆」
良い歌詞だな…飽くなき探求心については俺もボカロで一回それをテーマに書いたことがあるが、意外と再生回数が伸びなくて思わず机の前に突っ伏した覚えがある。
「Fly to the sky Fire bird…!!
ここは浩人と中江先輩が歌うのか…。にしても、4曲目になっても女性と調和できる柔らかい声質を出せる浩人は凄いとボーカルをやっているのにコーラスの人の凄さを考えてしまった。もちろん、それだけ凄いコーラスを脇に据えているのだから自分も頑張らなきゃいけないし、それに見合うだけのボーカルになれなきゃいけない。と強く、心に突き刺さった。

「潰えぬ夢へ 燃え上がれ!」

視線を玲華先輩に戻す。すると、やはり先ほどの青白い炎がまた見えた…。やっぱり、さっきのは見間違いじゃなかった。なんだあれは。そう思いながら俺はイントロの間、他のパートには目もくれず玲華先輩だけを見つめ続けていたが、イントロというタイミングでボーカルが歌うことがないからかイントロの終わりが近づくにつれ、炎が消えていってしまった。
「暗闇での絶望を どうか怖がらないで」
玲華先輩が再び歌い始めるころには完全に炎は消火してしまっていたが、それと同時に誰が始めたわけでもないが観客席から手拍子が沸き起こっていた。俺もそれに合わせて手拍子を打つ。
「貴方の胸いつだって 灯す夢があるから」
玲華先輩もギターを弾いているが、それでもブレない発声、手もしっかり動いている。全くどうやったらそんなことが出来るんだと思ってしまう。
「決断への」
「運命―さだめ―に」
「慟哭した」
「現実」
「だけどそれは」
「愛故―あいゆえ―の」
「背負う未来―つばさ―だと…!」
Bメロの玲華先輩とコーラスの掛け合いは目を合わせることもなく、ただ自分の為すべきことを為している。という感じがとても仕事人という風格を漂わせていた。それが、このバンドの特色なのか。このライブ限定のバンドなのにここまで連携できるのも素晴らしいものだ。
「飛べよ鵬翼―ほうよく―のヴァイオレット 火の鳥のように」
サビに入ってもまだ青白い炎は出ていなかった。あの青白い炎の正体…この感覚があるうちに突き止めておきたいのだが…。ダメだ。さっぱり分からない。
「We are… 何度も歌い 強くなった」
「夢は負けない」
やっぱり、元がアニメ出身のバンドなだけあってコーラスも忙しい関係で盛り上がるサビも動きにくいのかもしれない。他の人にはノビノビ動いているように見えるかもしれないが、俺にはどう見てもちょっと動いてはマイクに戻り、またちょっと動いてはマイクに戻っているようにしか見えなかった。こういう細かい所は、普段から組んでいる俺にしか分からないものなのかもしれない。
「貴方を連れていきたいんだ 絶世の天へ」
ステージから観客の皆を迫力で圧倒して玲華先輩は自分自身の凄みをこれでもか、これでもかと見せつけている。
「ゼロ距離で抱き締め合い 神話に記そう」
最早…俺が説明するのも馬鹿馬鹿しく感じるほどこの5人の、特に玲華先輩の凄さは同じボーカルとして、しかと受け止めた。
「この音を風に」
決めた。俺はこの先輩の指導を受けよう。俺の腹はもう誰が何と言おうともう変えられない。
「そして新世界へ!」
サビ終わり、いきなりのハイトーンと共にまた青白い炎が玲華先輩から燃え上った…!この感覚を完全に自分のものにするためにも、俺はあの先輩に近づく…!
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