第6話 A gambler gets both

文字数 2,684文字

「虚偽の鏡にさぁ、映るが闇!」
『虚像』の終わりは張り裂けるようなYUKIYAの叫びの直後に1音だけ炸裂させて終わらせる形のため、その1音を外せないプレッシャーのある曲構成になっている。今日もそれをビシッと決めてPop fun houseの空いているスタジオでいつも通りYUKIYAの寸評を聞く。
「峰先輩、流石です。ベースの安定感は洗練されたものだと感じています。」
YUKIYAの聡明で優しい印象を持たせながらもどこか厳しさも感じさせる特有の目つきが俺に向けられ、自分の心が引き締まるのを感じる。この優しい顔つきが音楽になると一気に真剣な表情になるのがまた自分にYUKIYAのこのバンドに懸ける思いの強さを、音楽に対しての理想の高さを表している。
「虚像に関してはもう自分が楽器隊の皆さんに言うことはありませんので、皆さん、各自でこの感覚を忘れないようにしてください。」
氷のような冷たい目線が一気に綻び、またいつもの優しい表情に戻った。そのまま、俺や浩人君、高木さんに温かい目線を送った。それに
「了解!」
浩人君
「分かった。」

「ありがとうございます!」
高木さんと返事を返した。
「では、少し休憩しましょうか。時計が14時40分なので…15時から新曲『無敵な人』を合わせましょう。」
「「「はい!」」」
まったく毎月毎月新しい曲を書けるその創作力や体力はどこから湧いて出てくるのかが分からない。そう思いながらYUKIYAを見ていると、また高木さんがYUKIYAに話しかけていた。
「YUKIYAさーん!また教えてもらっても良いですか!?」
「今日は何の話だ?」
「オススメのバンドとかあります!?」
確かに…クラシック出身の友貴也が見つけたオススメのバンドか…。素性を知らない高木さんもだが、素性を知っている俺たちはさらに気になる。「そうだな」と言いながらスマホを操作する指を俺と浩人君の2人は食い入るようにジッと見つめていた。
「んー…FoRに参戦するのなら、こことかは俺達のライバルになる。Solomonっていうバンドだ。元ネタはおそらくソロモン72柱。」
そう言いながら友貴也が再生したのは、ゴリゴリのメタルっぽいサウンドだった。映像を見ると、仮面をつけた黒いゆったりとした衣装を着けた4人組のバンドだった。俺たちのバンドはボカロっぽさから派生したオルタナティブさを重視するバンドだと俺は勝手に解釈している。そのボーカルの友貴也がこんなしっかりとしたメタル系を選んでくるとは思わなかった。そして、歌いだし
「人に頭下げて 自分が悪くないのに」
!?この声…高野か!?そう思って画面をもう1度見る。
「人に許しを乞い 全部俺が悪いんだろ!」
画面には仮面の4人組。ボーカルを見るとギターを弾いてはいるが、高野が新入生青葉ライブで持っていたものは白いレスポールだったのだがそれとは違う赤いテレキャスターだ。声も、よくよく聞いてみたらちょっとだけ。本当にちょっとだけ…声のハリや歌い方の表現が違う。仮面には黄色い稲妻の紋章が入っている。リードギターは青…というよりネイビーのV字の形をした変形ギターのネックに炎のモチーフで作られたオオカミが美しい印象を持たせていた。ベースは髪の長さや指からして女性か…そう思った矢先
「はっ…?」
俺には見えてしまった。ベースが動き続けたうちに一瞬だけ見えた「緑の龍と紫の蛇」のモチーフ。それが見えたら終わり。俺は無意識的に
「木原さん……。」
そうボソッとつぶやいていた。それを地獄耳の友貴也が聞き逃すはずもなく、俺にすぐさま
「知りあいなんですか!?」
と10歩ほどあった距離を、音楽を再生したまま一気に詰め寄ってきた。俺もその間に思考が追い付くことを頑張らせるがダメだ。さっぱりまとまらない。去年から親しくしていた、それもベースをきっちり教えていた人が…ライバルになる?俺はその取り返しのつかない事実を何とかして受け入れようとして黙り続けていた…。



結局、昨日は一睡もできなかった。自分たちの前に立ちはだかるライバルが自分の想い人…どうすればいいのか一日中考えたが全くもって策が思いつかなかった。自分の信念を取るか、自分の恋を取るか…
「木原さん。」
俺は…昨日の受け入れがたかった事実を木原さんに聞く。最悪、木原さんとはもう喋れなくなる。自分の信念のためには自分の恋を捨てられるのか……。いや、捨てねばならないのかもしれない。覚悟は昨日の夜に決めてきた。さぁ、全てを失おう。そういう気持ちで自分のスマホを操作し始めた。
「このことなんだけど。」
SolomonのAstarothのベースを弾いている映像を見せた。その瞬間、木原さんが全てを察したような表情で俺に語りかけた。
「はい…。峰さんの思っておられる…その通りです。」
そう語る木原さんの表情は仮面を着けていないはずなのに全くもって変わらない鉄のような…冷たく、凍り付くような表情をしていた。
「そうかい…。」
俺はただただその一言を語り掛けるしかなかった。ただ、1つだけ聞けることがあるのなら…。その思いを込めながら…晩春の暖かな風の吹く5月の屋上で昼飯を食べていた穏やかな空気がいきなり急転直下で真冬のような冷たさの空気の張り詰めた雰囲気へと合わっていくのを肌で感じる。
「ただ…木原さんと…Astarothは…別人だよな?」
「えっ?」
例え仮面を着けたAstarothと、木原さんが同じ人物であっても…そのために俺たちの関係が…Astarothのために木原さんとの関係が終わるのは嫌なんだよ!最悪は、木原さんを失うこと、最高はもちろん両取り…最高を取れる可能性がたった0.1%でもあるのならギャンブルをしてみなきゃ分からないだろ!
「…木原さんがAstarothであっても…俺は木原さんと話し続けたいし、それが好きだし…Astarothも含めて、木原さんを好きです。これからも好きな人と話し続けたい。…こんな我儘に付き合ってくれませんか?」
自嘲したような笑いが自分でも出てしまった…。ライバルになるベーシストにこんなことを言うなんて本当にダメだよな。俺は…。恋心を捨てられないのなら、玉砕覚悟で突っこむ!本当に俺は無策だな。そう思いながら、木原さんの方を見つめると木原さんは涙ぐんでいた。
「はい……こちらこそ…よろしくお願いします!」
そう聞こえると、木原さんにいきなり抱き着かれて自分の頭がショートしてしまった。え!?ウソでしょ!?
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