第4話 存在意義

文字数 4,042文字

「浩人…。お前、何か『焦り』みたいなのを感じるぞ。毎回俺とお前でセッションするたびに、どんどん出来なくなっていってるぞ。一回リラックスでもするか?」
「お前、物言いが容赦ないな。」
「大嶋もそれだけ本気だってことだ。高橋くん、めげるなよ?」
「分かってます…!」
おいおい…ならなんで右手のピック持つ手がそんなに力んでるんだよ。そんなんだと弦が切れるぞ?
「ちょっと待て。高橋くん。力み過ぎだ。一回リラックスして深呼吸。」
俺がそう諭しながら右肩をポンポンと叩いて力を抜くように指示した。しかし、肩を叩いた感触からして力はまだ入っている。駄目だな。このスランプは根が深い所にある。きっと文化祭で発現しただけで原因自体はもっと前から出てきたのか。そう思いながら俺は祈るように友貴也の1,2,3というカウントに合わせてベースを弾き始めた。
「元気出してけよ!ずっとずっとずっと君の笑顔見てたいよ!」
よし、問題なく入ることは出来た…。この曲のサビの入りは、友貴也が最高音hiAでいきなり飛び出して印象的なフレーズだからそこで大ミスするわけにはいかないんだよな。しっかしhiAか…hiAとかレミオロメンの粉雪のサビの「こなーゆきー」ってやってるところの「な」の音だからなぁ。音楽経験者、というかもはやプロのピアニストだったとはいえ歌は全くやってなかった素人が簡単に出せるような音域じゃねぇ。なんて男だ…。そう思っていると演奏にストップがかかった。
「どうした…?」
そう言いながら俺が二人の方を見ると浩人のギターの1弦が切れていたのが見えた。やっぱりか…そう思いながら俺はカバンを漁り始めた。ギターの弦は…一応あった。でも、多分メーカーが違うな。確か浩人の持ってるあれは日本製Fenderのストラトキャスターのはず。
「D‘Addarioのなら持ってるが…要るか?」
「はい…すみません。でも、なんでベースの峰先輩がギターの弦を持ってるんですか?」
まぁ、そうなるか。
「次に弦が切れたらこの弦を薦めようと思ってな。」
そう言いながら俺はついこの間、この練習に合わせて買ってきた弦を浩人に渡して、浩人が弦を張り替えているうちに浩人が気づいた。
「ん?この弦ミディアムケージじゃないっすか?」
おっ、流石にアレくらい引けたらこの位わかるか。そう思いながら綺麗に1弦から6弦まで張り替える様子を見ていた。
「もともと、レスポール向けって言われたんだけど、友貴也の作曲の方針が吹奏楽部でトロンボーンをしてたからなのかは知らんが中低音が重視されてるだろ?だから、低音も出るミディアムケージでも良いんじゃないかって思ってな。」
「なるほど…はい、張り替え終わりました!」
そう言うと、水を飲みながら会話を聞いていた友貴也が水を飲み終わってペットボトルのふたを閉め、床に置き、椅子から立ち上がりながら口元を右手で拭き、マイクスタンドのもとへ歩いてきた。
「大丈夫だな。浩人、行くぞ。」
そう言いながら左手でマイクスタンドからマイクを引き抜いた。
「行きます。…1,2,3!」
カウントがスタジオに響き、俺たちはまた演奏を始めた。
「元気出してけよ!ずっとずっとずっと君の笑顔見てたいよ!」
その瞬間、俺と大嶋の二人はあまりの変わりように驚いた。
(こいつ…弦が切れてから対応するまでに時間がかからなさすぎるだろ…!)
内心そう思いながら俺もガンガンに6弦全部活かして演奏をしていく。しっかし、力んでいたのが硬めの弦にしたことでちょうどいい力加減になった?もちろん、弦を変えたことで聞こえ方が変わったのはある。にしてもこれだけ音声が変わるもんか?
「苦しくて辛いときは 僕が笑わせるよ」
友貴也も安心したかのように全力で歌いに行っている。その顔は安堵の表情を隠しきれない笑顔で、ベースの俺もちょっとテンションが上がっていた。
「悲しみ越えてけよ!そっとそっと思い出して僕たちのことを!」
浩人自身も何かを思い出したかのような感覚で暴れだした…!来た来た来たっ!一時的でも文化祭のときのアイツが戻ってきたか?
「いつまでも忘れないで 旅立ってく君よ」
このあとの俺たちは友貴也の歌声を引き継いで同じテンションで演奏をしながら2番の歌いだしまでにちょっとずつ落ち着きを取り戻さなきゃいけない。俺は高橋くんにアイコンタクトを送るも、自分の世界に入っていた高橋くんと目が合うことはなかった。仕方ねーな。そう思いながら高橋くんに合わせて少しずつ落ち着いていくように分かりやすく弱奏へと持っていった。
「4月の桜に散った花びら 僕たちはまた出会えると 約束したのはずっと昔のことでした」
ここの進行はリズム隊が若干マーチのような動きを見せることもあってか、友貴也と高橋くんはその場で行進の足踏みを取っていた。
「覚えてないくらいずっと昔で 忘れていても仕方ない そう思って僕はポケットの桜を見る」
フレーズの合間で俺に少し目配せを友貴也がしてきたので俺も仕方なく小刻みにジャンプをする。こういうのって…テンションが上がって自然とやるものだろ…?そう思いながら演奏するが、演奏に支障がないようになっている自分に気づき、練習の凄さを思い知った。
「君はいまどこでなにをしてますか 離れた君は何を思うの」
ここで敬語交じりのタメ語なのは、きっと今の俺たちくらいの年齢で再会した昔の友達位の距離感だから。俺はそう解釈して俺はその微妙で近づきたいけど近づきにくい距離感をなんとか表現しようと本来の音源ではすべて単音引きのところを単音、和音、単音、和音と1小節ごとに変えて演奏してみたりする。
「もしも君が苦しいなら もっと声を出してよぉ!」
ここの「出してよ」の部分で思いっきり友貴也が声を出す。というより最早ほぼシャウト。そのシャウトをきっかけに俺たち楽器隊はテンションを一気に100%に引き上げる!
「元気出してけよぉ!」
しっかしこの裏拍始まり、若干アンダーステアP味を感じるな…。そんなことを考えていると2番のサビも終わっていよいよあと2フレーズで俺のベースソロか、まずは俺が前に出て強く弾く!そのあとに、入れ替わるようにギターが出て自分は弱奏…。よし、この前のスタジオ練習よりいい感じの演奏でいけたんじゃないか?そして、ここからベースソロ!

上手い…!なんだこの人…!やっぱり6弦ベースは伊達じゃないな…。ちゃんと鳴らさない弦はミュートしていて余計な音は出てないしそれだけじゃなくてスラップもダウンアッププルプルで4連ちゃんと鳴ってるし…ホントに俺がこの人と組んでて大丈夫なのか?そういう不安にすら駆られるクオリティに峰先輩が仕上げてきていてかなり恐怖を感じた。そのベースソロが終わると、来る!
「いつまでも忘れないで あの日の約束を」
このサビの偶数回目のフレーズを1回挟んだあとに一気にラスサビ来るぞ!
「忘れて前に行けよ! ずっとずっとずっとずっと過去にすがるなよ」
やっぱりこれは旅立つ仲間にエールを送る応援ソングに見せかけた今の友貴也と浮田さんの状態を歌ってる悲しい歌だ。そう思いながら俺は異常に俺の手にマッチしているD‘Addarioの弦をかき鳴らす。なんだこの感覚!今の手の感覚…なんで起きてるんだ!?そうやって夢中になっていた間に演奏は終わった。
「はぁ…疲れました…。」
「お疲れ、高橋くん。どう?その弦かなり弾きやすそうにしてたな。」
やっぱり…分かっていましたか。実際、この弦の太いやつは力が必要な分今の演奏にピッタリだな。
「はい、今まで弦に対して力んでいた力が硬い弦になってちょうどいい力加減になって…おまけに今までの弦じゃあまりよくわかっていなかった中低音が思っていたよりもきれいに弾けていたんだなって感じてちょっと不安が無くなったんですよ。」
そう言うと、峰先輩は納得したような表情をしていた。そして、峰先輩がこう返した。
「確かに、お前の演奏からそういう感じは受け取ったよ。ただ、直接の原因は解決できていない気がするんだ。」
うっ…本当ですか…。そういう表情をしていると峰先輩は続けて俺に畳みかけた。
「俺がベースソロを弾いているときの表情が不安に見えたからな。まるで、自分がここに居ていいのかって感じだったぞ。」
見抜かれてる…!この人も友貴也と同じで精神見抜いてくるタイプの人かよ!そう思いながら平静を装う。
「ビンゴですね。峰先輩、息が若干荒いです。」
友貴也…!お前もお前で…!
「なら言っておくぞ。高橋くん。」
峰先輩からの言葉に…自分は一つ覚悟を決めなきゃいけない。そう思いながら耳を傾けた。
「高橋くん。お前はここに居ていいんだよ。なんでお前がいるかって俺が友貴也に指名したからなんだよ。お前のポテンシャルは渋澤すら越えられる。去年、俺が年明けの合同ライブで組んでいた時の渋澤より今のお前は数倍ギターが出来てるよ。それは俺が保証する。」
峰先輩のいつも以上に真剣な言葉に俺は思わずうっと込み上げるものがあった。
「浩人…俺にとっては」
友貴也もマイクをマイクスタンドにかけながら俺に語り掛けた。
「俺にとっては『お前が居なきゃ今の俺はいない恩人の一人』なんだよ。だから俺を救ったお前を今度は俺の歌で救う番だ。押し売りでも受け取ってもらわなきゃいけない。」
そういって友貴也は俺の肩に右腕を組んできた。そして、友貴也は俺の言葉を待っていた。
「あぁ…俺は自分に自信を持てないことを『乗り越えて』見せるよ。」
「Overshootの意味は『飛び越える』だけどな。」
いたずらっぽく友貴也が笑う。
「うるせー。意味はあんまり変わんねーだろ。」
そう言いながら俺も友貴也に笑い返した。ふとスタジオの鏡を見ると満足そうな、でもどこか羨ましそうな表情をする峰先輩の表情が見れた。
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