第18話 新曲と呪いと克服法

文字数 3,901文字

「さて、始めようか。」
TAKERU先輩のその声で練習するスタジオの雰囲気がピリっと引き締まった。ボーカルのYUKIYA先輩、ギターのHIROTO先輩、ベースのTAKERU先輩。それに比べて私のドラムには何が出来るんだろう。YUKIYA先輩は場の雰囲気を一気に惹きつける立ち振る舞いが出来て、それに煽られるような動きをしていながらも手元に全くの狂いの無いHIROTO先輩にTAKERU先輩。ハイレベルな所に突入してみたはいいものの、着いていくだけで精いっぱいでステージのことなんか全く考えられる状況じゃなかった。
「じゃあ、新曲合わせましょう。高木さん。カウントをよろしく。」
YUKIYA先輩の声は歌声の時よりも低く、喉を浪費しないように気を遣ってらっしゃるんだな。と見て取れる。
「はい。行きます…!」
そう言った後、私はスティックで2カウントを鳴らした。
「虚偽の鏡に映る僕は ホントの僕よりも優しくて」
RLK後クラッシュを両方同時に叩く。歌い始めのギターとボーカルの息はピッタリで、縦のラインの揃い方で世界観が作り上げられていった。
「虚偽の鏡に映る俺は 誰よりも猛る無駄な男」
フィルインでスネアをタカタンと叩いた後、クラッシュで始まってからシンプルな裏打ちでイントロを駆け抜けていくことにした。叩きながら、ギターやベースの先輩方を見ると演奏をしながらもHIROTO先輩は一心不乱に弾き続け、TAKERU先輩は周りの様子を見て自分の演奏のボリュームを合わせている。ただ当たり前の光景なのに凄くTAKERU先輩は広い視野で私にですら目線で何かを訴えかけるようにしていたような気がした。
「イメージの罠につっかかり行動前に細心に」
歌い始めのサビのメロディーとは違い、1番が始まると一気にボーカルの言葉数が増えるからか同じテンポでもテンポが速くなったように感じるけど、そこは注意しなきゃ…!
「表情読み取り食い下がる」
この後の3連符の7連打はBメロ区切りになるから大切に…!
「それが本心」
ハイタムとフロアタムで6連打をして最後にオープンハイハット、すぐに24分音符でスネア3回クラッシュ1回!
「人の思いに応えたくて何度も何度も死んでった」
Bメロになっても早口で言葉数が多いのは変わらなくても、より物語が進展していくような雰囲気をYUKIYA先輩からひしひしと感じる。自分もそれに合わせてテンポ感を早めたくなるが、それを抑え付けるようにTAKERU先輩が一定のリズムでベースを弾いてくれているから自分でも自制が何とか出来ている。
「本心のことを想えば嫌嫌嫌嫌」
私がこの曲を聞いた時に真っ先に思ったことは「かわいそうな人」。難しいことはうまく言えないけど…自分にさえ嘘をついてみんなのために動くせいで損をする人のことを描いているんだな。ってことは私でもわかる。
「自分のことは後回し気づけば人からいい人で」
サビに向けてYUKIYA先輩がギアを上げてきた…!私もそれに負けないように演奏に熱を帯びさせるように意識をした。HIROTO先輩も動きがだんだん大きくなっていくのが見て取れるし、TAKERU先輩を見ると、表情がにこやかになっていた。
「虚偽の鏡は僕を美化していく」
「美化していく」
YUKIYA先輩が思いっきり叫ぶような歌声を出すと、それに負けじとHIROTO先輩もコーラスに全力だった。それに重ねるように私もクラッシュとスネアでサビ前にフィルインを叩きこむ!
「虚偽の鏡に映る僕は誰より何よりも哀しくて」
YUKIYA先輩もHIROTO先輩もステージと何ら変わらない動きを見せている。ここまで動いても発声がブレないし手元もブレない技術力はとても学生レベルとは思えない。
「虚偽の鏡を作る要因(もの)をただただ恨んでは咽び泣く」
YUKIYA先輩を中心に作り上げられる空気感に私は何も考えなくても勝手に手が動いてドラムを叩く。その動きにTAKERU先輩が弾きながら何かを感じ取るような表情をしていたような気がする。
「虚偽の鏡が作り出した僕は我儘の前の供物(くもつ)
HIROTO先輩がぴょんぴょん飛び跳ねながらくるくる回りながらギターを弾いている。YUKIYA先輩は歌いながら「そうでなくちゃ」という表情をして、TAKERU先輩は「やれやれ」という表情だった。それでも、3人の演奏が乱れることはなく私がミスをしないか私が演奏しているはずなのに不安感が襲ってくる。
「今僕の歌うこの歌は 壊すを許さぬものへ歌う!」
声量MAX!テンションもMAX!半端ない音圧が私の耳に刺さった。




「やっぱり表情豊かに演奏してますよね。TAKERU先輩。」
新曲も含めた4曲を通し練習した後、私はTAKERU先輩にそう話しかけた。すると先輩は
「そうか…?まぁ、アイツらがガンガン感情乗せてそのまま行っちゃうタイプだからな…。アレのリズム隊を俺たちはよくやってるなとつくづく感じるよ。」
その言葉が遠回しに私を褒めてくれているような気がした。
「それって褒めてます?」
ので、すかさず確認を入れた。
「あぁ。高木さんは、自分では『着いていくのに必死』って自分では言ってるけど、俺的にはアレにテンポ感を引っ張られずに上手く叩けるだけでもとっくに中学レベルは卒業してるし、高校に進んで軽音に入ったとしても上手くやれるだけの実力は持ってるんじゃないかな。ただ、耀木学園は高瀬が居るからなぁ…。」
TAKERU先輩の言葉の節々から「褒めてくれているんだな」と感じると同時に高瀬先輩という強敵が耀木学園には居るんだということを知らされる。
「高瀬先輩ってどんな先輩なんですか?」
「それは…高橋くんと大嶋の方が詳しいぞ。お前も見かけたことあると思うけど、あいつ等、耀木だし。」
たしかに。YUKIYA先輩はまだ私がココに正式加入する前に耀木学園の正門で会ったことがあったなぁ…。
「高瀬先輩か…。あの人は、一言でいうと『職人肌』じゃないか?浩人。」
「確かに。あの人、1発リムショットを外しただけでリムショットとそのフレーズを2時間練習するくらい拘りが強い人だな。」
うわー…私、そんなの無理だよぉ…。その高瀬先輩って人、職人肌っていうより…ドMなんじゃないでしょうか?
「ただ、それは目指さなくていいよ。MITSUHAの良い所は、咄嗟に出る俺たちにもどう来るか分からないフィルインだから。」
え…?私の魅力ってそこなんですか…?YUKIYA先輩のその一言で、私の咄嗟に出る「暴走する呪い」がまた先輩方の美しい演奏に泥を塗っていることを知り、私は死んでしまいたいような思いをした。また「そんなに目立ちたいならドラムをするな。」とか「私より目立たないでよ。」って言われる…。そう覚悟を決めた。
「私…それが原因で所属してたバンドが解散になったことがあるんですけど…。」
「まぁ、普通のバンドならそれがスタンドプレイになってしまって当たり前だと思うよ。高木さん。」
私の言葉を最後まで聞いてから、TAKERU先輩が何かを悟ったように落ち着きのあるあの声で話し始めてくれた。
「フッツ―のバンドならドラムがそういうことをしても『ただの暴走』としか見られないのは当たり前。でも、俺たちなら、O’verShootersならそれを『ドラマーMITSUHAの武器』として採用できる。それだけの即興が出来る技術力が今の俺たちにはあるし、大嶋も、高橋くんも…なんなら俺もまだまだ未完成で伸び代がある。まぁ、俺だけは元があったものを取り戻すだけなんだけど。」
そういうTAKERU先輩の言葉の一つ一つが…私の心に染み渡っていった。
「それに…MITSUHA。お前は気づいてないかもしれないが、お前は既に新曲でも俺が送った音源と違うフィルインを、スタジオ練の1回の通し演奏が終わるたびに全部違うフィルインにして、まるで『自分の心にフィットするのはどれか』を探しているように叩いているだろ?それって、楽器を始めたばかりの新高校1年生じゃあ普通出来る訳ねーよ。だから、お前のそれは『暴走だけど技術のある暴走』だよ。こんな言い方をして悪いけど、俺はお前の技術を認めてる。自信持てって。」
「…!」
YUKIYA先輩のその流れるような話で、私のドラムを叩く意味が先輩に見透かされているのが分かった。私は、ただ叩くのが楽しくて目立ちたいわけじゃないけど私の音は聞いて欲しい。そのフィット感をずっと追い求めてきた。そのことがバレて恥ずかしいのか、鏡に映る私の顔は一気に赤くなっていった。
「な、な、そんな訳ないじゃないですかー!」
「図星だな。大嶋。」
「図星ですね。峰先輩。」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
私は、また声を張り上げた。
「観念しろ。高木さん。こいつらの耳はちょっとの心情の変化も聞き取れる地獄耳だ。」
「ちょっと!HIROTO先輩まで!」
そう言いながら照れ隠しをする私の顔は久しぶりに心から楽しんでいるように私でも見えた。
「さて、次のステージは3月20日のZEEXです。そこまでに各自で修正しましょう!」
…え?YUKIYA先輩…?
「大嶋…またお前は急だなぁ…。」
「空いてるって言ってましたよね?」
「空いてるには空いてるがお前…。まぁ、しゃあねぇ!大嶋。覚悟しとけよ。」
YUKIYA先輩とTAKERU先輩のそのやり取りで、私が初めてステージに立つ日を知らされた…ってあと10日じゃん!
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