第1話 捨てた才能を拾うとき

文字数 3,320文字

パソコンはTwitterと作曲アプリを開き、Twitterでは今日の文化祭のエゴサーチをしていた。
「トリのバンドのボーカルマジで何者!?」
「素人であれだけライブっぽくできるの本当にすごすぎ!」
トリのバンドがすごいというものはある程度あったが、それ以上に
「最初のバンド凄かった!あのボーカルの人が目茶苦茶格好良くて女性の私でも惚れちゃった!好き!」
「ギターの人のクールな流し目最高だった!」
「キーボードの人の表情可愛い!」
玲華さんのバンドが褒められすぎだろ!そう思いながらスマホでは
「渋澤さんが俺と峰先輩が組めばFight Of Rockすら狙える位、峰先輩は実力があるベーシストだということを言っていたのですが、本当ですか?」
と峰先輩に渋澤先輩が言っていたことを直接問いただすメッセージを送った。返信を待っている間に俺は峰先輩の力量を測るための曲をベースラインから作り始めていた。前に、平井さんが「ベースはフレットが動けば動くほど難しいと思う」と言っていたのを思い出して、曲としては自然な範囲で収めながらベースソロも入れてってなるとこういう構想になるか…?そう考えていると返信が返ってきた。
「馬鹿言え、俺がどれだけ凄くても半年近くステージに立ってなかったら腕が鈍ってるっての。それに、俺もお前もまだ完全体じゃないし、ギターとドラムはどうする?ギターに関しては俺が組んでみたい奴がいるからそいつをお前が交渉してもらうとして、ドラムのあてはねぇぞ。」
しっかり目の返信が返ってきた。ギターで組みたい奴?
「俺、アイツと組みたい。文化祭でお前の横でギター弾いてて歌も歌ってた奴。」
俺の隣で弾いてた奴…浩人か?
「渋澤先輩じゃなくてですか?」
「アイツとは合同ライブの合同バンドで組んだことがあるからいいや。」
「なるほど、合同ライブで渋澤先輩とは知り合ってたんですね。」
「まぁそうだな。お前も、その隣で弾いてたアイツも、俺も未完成なんだ。だから、俺たち全員が完成したとき、Fight Of Rockを目指せるってことかな。」
なるほど…参考になる。峰先輩の目利きはParterreの一件で確かだと思っている。だからこそ自分もそれだけの可能性があるということか?
「とりあえず、ドラムどうするんだよ。」
とにかく、ドラムを探さないといけないのか。
「それは一回、打ち込みでライブハウスのイベントに出て、そこから探すのはありじゃないですか?」
「なるほどな…それもありだな。とりあえず、あのギターの交渉を頼むわ。」
「分かりました。」
そう言って、俺はまた作曲に戻っていった。

「くそっ…!」
弾いても弾いても納得いかない。何回弾いても渋澤先輩みたいに何も考えずに弾けるほど技術に特化するわけでもなければ友貴也みたいに感情に振りきれてるわけでもない…。駄目だ、あの文化祭までは良かったのにあの文化祭以降全然自分で納得のいく演奏が、基礎練の時ですら出来ていない。いったいこの違和感の正体は何だ?
「くそっ…!」
ダメだ、左手のスイッチが上手くいっていない。落ち着け落ち着け。何も考えるな、何も考えるな、何も考えるな。もう1回…1,2,3,4!
「…!」
左手首に痛みが走った。くそっ…!左の手首を立てすぎていたか…!こうなるともうだめだ…。今日はもう練習を止めて寝よう…。

9年間歩きなれた道も、気分次第で輝いて見えるときもあれば暗く見えるときもある。今日は、冬も近づき日の出が遅くなったとか関係なく暗い。一晩経ってもまだ痛みが走る左手首をジッと見つめながら俺は正門をくぐりぬけていつもの教室へ向かっていった。
「おはよう。浩人ー。」
「おはよう。純平。」
朝いちばんに挨拶をしてきたのは、小学校の時からの親友、純平で、そのあとに浮田さん、横田、そして最後に友貴也が
「おい、左手首どうした。」
なぜか一発で見破られた。こいつの目はどうなってやがる…。
「あぁ、ちょっと練習をしすぎた…。」
「やっぱりか。手首の動き方が俺のピアノやってた時の腱鞘炎の動きとちょっと似てた気がしてな。でも、どうしてお前ほどの男が今更練習を思いっきりすることがあるんだ?本番が近いわけでもあるわけじゃないのに。」
お前ほどの男が…ねぇ…。
「まぁ、スランプってやつ?」
俺がそう答えた瞬間、友貴也が「しめた」と言いたげな表情で次の一言を発した。
「なら、お前に会わせたいベーシストがいるんだが…興味ないか?」
会わせたい…ベーシスト?どういうことだ?
「興味は…ある。ただ、どういう人間なんだ?」
「俺も、直接その人の演奏を聞いたことがあるわけじゃないんだが、玲華さんのところのバンドがライブハウスでもやっていけるレベルだと目利きしていたし、目利きに関しては確かだ。曲の分析も確かで、俺に文化祭のときの歌うポイントだったりを細かく指示したり修正したりしてくれてそのアドバイスはどれも的確過ぎて俺ですら若干引いたくらいだ。それほどの人だ。直接その人の演奏を聞いたことがあるわけじゃないが、指導者としては完璧だ。」
「長々と説明ありがとう。お前がそこまで言うならちょっと興味あるわ。」
友貴也が認める耳と的確なアドバイス…か。その人の耳があれば、俺のスランプの解決の糸口も…何か見えるんじゃないか?
「ちょっと、今俺とそのベーシストの人とお前と打ち込みのドラムでライブハウスイベントに出るための曲を3曲ほど書き上げてるから時間をくれ。」
はいはい…まぁ、オリジナル曲の方がその人の実力も、俺の今いる場所も分かりやすいしな…ってはぁ!?
「ちょっと待て!おい、ちょっと待て!」
ライブハウスのイベント!?待て待て待て待て。なんでそんなこといきなり言い出すんだよ!
「あぁ…ライブハウスのイベントは、まだ何に出るかは決めてない。」
「そこもそうだけど!ベーシストの人はOK出してんの!?」
「まだ言ってない。なにせ、今決めた。やるからには目標が必要だろ?」
お前何言ってくれてるんだよ…。ビビるじゃねぇかよ。朝いきなり登校してから手首の心配されたと思ったらライブハウスのイベントに出ることが決まったこっちの気持ちにもなってみろよ!
「おいおい…いきなり過ぎるんだよ。お前…。」
「俺も新しい目標が今できて…とても嬉しいよ。」

「と、いうことで浩人の交渉には成功しました。」
峰先輩にメッセージを送った。お昼休みに純平や横田と浩人弁当を食べながら教室でだべっていた。
「バカかよ…ライブハウスのイベントに出るのか…。お前何言ってくれてるんだよ…。ちょっと俺もリハビリ始めなきゃいけないな。3週間くれ。あと、課題曲かなんかがあれば1日でも早く送ってくれるとありがたい。」
「分かりました。1曲は曲の根幹が出来ているので今日、学校が終わったら細かいところを作り上げて、峰先輩と浩人に送ります。」
「分かった。よーし、久しぶりに頑張るぞ。」
「浩人。」
峰先輩とのメッセージの会話を終わらせた後、俺は浩人を呼んだ。
「俺は今日学校が終わったらすぐに帰って1曲書き上げるから、20時をめどに3曲ある課題曲の1曲をお前と峰先輩に送るよ。峰先輩は3週間欲しいって言ってたからそれをめどに仕上げておいてくれ。」
「おっけー。峰先輩っていうんだな。そのベーシスト。」
「じゃあ、そういうことで。」
「全く…生徒会役員選挙で会計補佐に立候補してて気を張ってるってときにもう一個上乗せしてくれるぜ。」
あれ?浩人そうだったっけ?
「そうだ!会計補佐の選挙どうなりそう?」
「純平。選挙のことは機密だからあんまり喋れないんだぞ?まぁ、喋れる範囲内で言うと立候補者がまだ少ないからなぁ…もしかしたら投票なしでなれるかも。例年補佐は選挙になる方が珍しいらしいし。会計も補佐時代の働きぶりから十中八九渋澤部長らしいし。まぁ、その分今年は会長副会長選が熾烈らしいけどな。」
「へぇー、そうなんだ。」
浩人も、渋澤先輩も動き出しているんだ…。俺も動かな不安よな。大嶋、動きます。
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