第7話 才能と怨嗟の声

文字数 3,669文字

「悪いな、付き合ってもらっちゃって。」
そう言いながら、俺はショッピングモールを探索していた。世間は1月の終わりで「バレンタイン商戦」なるもので踊らされている。
「にしても、この年で兄さんの誕生日プレゼントを買うとか…よくやるなぁ。」
そう言いながら俺は浩人の前にLサイズのフライドポテトをドサッと置いた。そのまま食べ始めてまた浩人に話しかける。
「で、その兄さんってどういう人なんだ…?」
ごくごく一般的な質問だと思っていたが、浩人にとっては何かまずいようなものがあるような反応があった。
「…俺とは違う…天才だよ。」
「どういう意味だ…?」
そう言いながら俺はまたポテトを1本口に含んだ。
「勉強でも、運動でも、それこそ楽器でも俺以上の才能を持って生まれた人間だよ。おまけに、自分にも他人にも厳しくて俺をずっと『気遣いの出来ない男』って目線でプレッシャーをかけてくるんだよ。」
なるほどな…。こいつはこいつで家庭に闇抱えて生きてんのかよ。世の中ってのは生まれついた瞬間から絶望っていうデバフでもかかってるんじゃないかと疑問にすら思える。
「で、兄さんも楽器をやってるんだろ?パートは?」
「ねぇよ。」
は…?楽器をやってるって言いながらパートは無いってどういうことだよ。
「ボーカルも、ギターも、ベースも、ドラムも…。おまけにキーボードにDTMで使うような機材まで何から何までこなせるバケモノだよ。」
天は2物を与える。なんて言葉があるが流石に何個も与え過ぎだと思うんだよ。なんだそりゃ。どこまでこなせるのかは分からないが、浩人の口ぶりからして少なくともギターに関しては浩人以上の実力がある。それを考えるとギター以外も相応の実力を持ち合わせているんだろうな。と戦々恐々としていた。
「『努力では…才能には勝てないってことを俺がお前に思い知らしめてやる』って発言するあたり…もう俺を弟だと思ってない節すらあるからなぁ…。」
浩人のその発言を聞いた瞬間…俺の右手に持っていたポテトが粉砕した。
「許せねぇ…。」
そう言いながらまた右手を握る力がどんと強くなっていくのが分かった。
「俺は…才能なんて信じてねぇよ。」
「は?…元天才ピアニストのお前が、才能を信じていないだと?ふざけるなよ…お前に才能が無ければ誰に才能があるんだよ!」
浩人が右手を思いっきり机に叩きつけようとした拳を左手で何とか止めた。
「ギタリストの大切な右手をそんな雑に扱うな。…そして、俺の言い分を聞いてくれ。」
そう言いながら左手で拳を掴んだまま、右手で粉砕したポテトをトレーに払ってスマホを操作し始めた。このノートを見てくれれば少しでも分かってくれるんじゃないだろうか。そのわずかに歪んだ思想を治すためならノートの写真をどれだけ見せてやってもいい。
「これを見ろ…。」
俺は左手で止めていた拳を離して、スマホの画面を見せた。そこに書かれているのはとてつもない量の練習メニューをただただ毎日羅列していただけのノートだ。毎日練習メニューを書いては、それについて感想を書き、その感覚の原因がなぜ起こっているのか指の感覚やその日の温度などから毎日毎日考察して書きなぐっていて1日1頁は余裕で毎回書き切っていた。
「なんだこれは…。」
「なんだこれは…って俺の練習メニューだよ。」
俺の実力はたった一つだけ。並々ならぬ練習で培った実力であって決して才能があった訳じゃない。きっと俺が才能の人間であるならこの世の90%の人間は才能の人間になる。音楽に関しての俺はずっとそうやって考えてきた。
「俺は、自分で自分のことを才能の人だと思ったことはないよ。これだけの練習量があれば上手くならない訳がないと信じていた。それも、ただただ練習をするだけじゃなくてちゃんと考えて練習していたんだ。上手くならない訳がない、ただそうやって毎日毎日弾いて弾いて弾き続けてきた。その積み重ねを12年間続けてきたら嫌でも国内トップレベルになれるはずだよ。」
語っている俺はどこか悲しげな表情をしていた。と後に浩人が教えてくれたがこのときの俺は少し浩人の考え方とは違うのだろうと考えていた。
「俺は…才能のある人間じゃない。今のボーカルもピアノで築き上げた音楽に気持ちを込めることと音感を武器に自分が出来る限りのことを全力で取り組んでいるだけだ。だから、お前も才能の無い人間同士。一緒に頑張っていかなきゃいけないだろ。それが、兄貴を見返す唯一の方法だよ。」
俺の心は悲しくないのに声が悲しみを帯びているのを感じていた。

「友貴也ですら…才能の人間じゃない。っていうのか…。」
そう言いながらLINEで送信された友貴也のピアニスト時代の練習メニューの書かれたノートを眺めながらベッドの上に寝転がっていた。だとすれば兄さんも兄さんで並々ならぬ努力を…?
「ただいまぁ…。」
あの気だるく、重い声が家に響き渡った。
「兄さん…誕生日おめでとうございます。」
「あぁ…?おう…ありがとよぉ…。」
そう言ってプレゼントの中身を見るや否や俺に投げつけた。
「いらねぇ…110ABCなら持ってる。」
「え…でも、予備のスティックとかに…。」
「いらねぇっつってんだろぉ!少しはまともなもん持ってこいやぁ!!」
そう言って俺は兄さんに腹を思いっきり蹴られた。その衝撃で廊下の壁にたたきつけられた音が家に響き、母さんも駆けつけてきた。
「どうしたの!?浩太郎!」
「こいつ…俺が持ってるドラムスティックを誕生日プレゼントによこしてきやがったんだ。母さんに誕生日プレゼントを買ってきてもらうように言ってもらったのにこいつは本当に使えねーなぁ。」
そう兄さんが言うと、母さんは持っていたフライパンで俺の脇腹を思いっきり殴った。
「あんた…!どうしてそんなひどいことが出来るんだい!この出来損ないの弟が!」
その衝撃で今度は床に自分が崩れ落ちた。
「母さん…!」
俺はそう言って何とか立ち上がろうと頑張った。が、体の感覚がこれ以上頑張ってはいけないとブレーキをかけてしまっていた。それが全ての運の尽きだった。
「まだ口答えしようっていうのかい!」
母さんは地面に突っ伏した俺の頭を持ち上げてもう片方の手で何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もフライパンで俺の頬を殴ってきた…。ふと床を見ると、赤い液体が少し滴っているのが分かった。
「母さん。気遣いの出来ない出来損ないの弟に、俺のサポートをしてもらおうと少しでも考えた俺が間違いだったんだよ。もういいんだ。」
「いや、浩太郎が間違っているなんてあるわけないでしょう!間違っているのは浩太郎の才能に嫉妬して、あえて邪魔をしている浩人なのよ!それを許してしまってもいいの!?」
「いいんだ。母さん。『才能はいついかなる時でも発揮される。』…俺が普段から言っていることだろ?それがこんな弟一人の邪魔でどうこうされるもんじゃない。」
才能はいついかなる時でも発揮される…やっぱり…友貴也には才能があるからピアニストからボーカリストへの転向も出来ているのか…?
「俺は絶対にFight Of Rockを優勝して、プロのミュージシャンになって母さんを楽にしてあげる。それが離婚してからずっと苦労してきた母さんへ恩を返すことを支えに生きてきた俺の今の目標だよ。だから、こんな父さんの息がかかった邪魔虫に横槍を入れられてる場合じゃない。」
こんな性根の奴が…Fight Of Rockで優勝できるわけがないだろ…!そう思いながら、俺はただただリビングに遠ざかっていく兄さんと母さんを見ているしかなかった。そして、何も音がしなくなってから、俺の右の脚のポケットから震えと聞きなれた音がしてスマホをわずかな力でなんとか通知からLINEを開いた。
「YUKIYAさん!HIROTOさん!TAKERUさん!私、耀木学園の進学3類理数コースに合格出来ました!これでちゃんとバンドを組んでくれますよね!」
そういうメッセージと共に彼女の受験票と合格発表者を掲示するボードに書かれている受験番号が一致している画像が送られてきた。おめでとう…と力を振り…絞って…メッセージを…打ち込もう…と…したの…だが
「おめでとう!じゃあ、まずはドラムのブランクをしっかり取り戻してくれ!曲に関してはまたYUKIYAから曲が送られるからそれが出来るよう練習すること。よろしく!実力が無かったら組みたくても組めないからな!」
「分かりました!TAKERUさん!しっかりドラムでもYUKIYAさんから合格を貰えるように私、頑張ります!」
そのメッセージを見て安心したのか俺のそのあとの記憶はなく、目が覚めたら景色は次の朝になっていた。
「はぁ…新しい朝が始まるのか。ここから。」
そう言って、充電が0%のスマホとモバイルバッテリーの入ったカバンを持っていきながら俺は制服のまま、決意を胸に学校へと向かうことにした。
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