第5話 What my mission is…

文字数 5,578文字

最近、面白い後輩と話すようになった。俺に友達なんか全然いない。王晴高校は私立高校で中高一貫とかじゃないからほぼ全員が違う中学から進学する。そこで、俺みたいにこの高校で独りになる方が珍しいはずだった。
「うわ、またアイツイヤホンで音楽聞きながらノッてるぜ?百瀬さんにあれだけしといてよくまだ軽音楽部に居ようと思えるよなぁ。」
「ホント、お前、部活の部長に噛みつけるか?」
「絶対無理だわ…。」
俺は、一つ上の先輩である部長に因縁をつけられた。「峰、お前は心の底では俺のことをバカにしているんだろう。」と。当時から今の今までそんなことを思ったことは一度もない。百瀬先輩はとてもグルーヴ感のあるベースを弾ける先輩だし、その場のノリに合わせて高速スラップで自分が前に出ることもあれば、ボーカルが前に出ると判断したら自分は抑える。そう言った状況判断に優れた上手いベーシストで、そういった判断が出来るのはしっかりと周りを見ることが出来ているからだと思っていたし、自分もただベースを弾くだけじゃなくてそういった判断で見てくれるお客さんたちにノッてもらえるようなベースを弾いてみたかった。だから、自分でもなんで因縁をつけられたのかがその時は分かっていなかった。だから
「百瀬さん!どうしてそんなこと言うんですか!俺が百瀬さんをバカにしている訳ないでしょう!」
「うるせー!お前には俺の気持ちなんか何一つ分からないくせに!!」
そういって百瀬さんが俺を突き放したことが分からなかった。そして、2つ上の先輩が引退する卒業ライブの打ち上げで、あるドラムの先輩に相談してその先輩が教えてくれるまでずっと分からないままだった。
「お前、ボーカルの井上と文化祭で組んだだろ?嫌われる原因があるとすれば、多分そこだよ。」
井上先輩は1つ上の学年でもトップクラスの実力があるギターボーカルの先輩で自分に厳しい先輩であることで有名な通称「ストイック先輩」。俺はその先輩のもとで自分がベースを弾けばもっと自分のスキルアップになるんじゃないかと思って文化祭でバンドを組んでもらえるようお願いをしたら二つ返事でOKを頂いた。そのことがまずかったらしい。
「百瀬は、入学時からずっと井上と組みたいって言い続けてきたんだよ。ただ、井上は『俺とお前じゃ釣り合わないだろ』と言って断り続けたんだ。」
あれだけのベースが出来る百瀬先輩が井上先輩にとっては自分と釣り合わない?なのに自分のときは二つ返事でOKをした。どういうことだ?
「お前、『どういうことだ?』って表情してるな。多分、井上も多く喋るタイプじゃないから俺も分かりきってるわけじゃないけど『釣り合わない』ってのは実力の話じゃないんだ。」
先輩は俺にそう優しく語りかけてくれた。俺も全然理解は追いついていない。
「演奏スタイルの話だ。井上の演奏は我が強いんだ。自分が前に出て、引っ張るんだ。って感じで。そして、百瀬も状況によるけどそういうことをするだろ?」
確かに、井上先輩の演奏の一番の特徴は圧倒的な声量と自分を前に出すという意識だ。そして、百瀬先輩も状況によっては自分が引っ張ろうとベースで前に出るようにしている。それの何が問題なんだ?
「井上にとって、演奏で引っ張るのは俺一人で良い。ってことなんだろう。だから、メトロノーム並みにリズム感が正確で前に出ることがとても少ないお前を選んで、状況によっては自分がどんどん前に出ようという百瀬は断られ続けている。その本質的な『演奏スタイルが釣り合っていない』っていうのを百瀬が理解できていないんだ。」
なるほど、でもどうしてそれが百瀬先輩から俺が嫌われる原因なんだ?
「うーん、どうして僕がそれで嫌われなきゃいけないんですかね。」
「まぁ、お前にとってはそうだよな。とんだとばっちりだよ。百瀬は、体験入部でたまたま居合わせた井上の演奏に惹かれてこの部活に入って、井上と組みたい一心でベースを続けてきたけど演奏スタイルの違いで後輩に井上を取られた。その後輩に逆恨みって…部長がそんな心の小ささで大丈夫かよ。俺も大学に行ってから不安でしかないよ。確か、お前文芸部と兼部してるだろ?」
「えぇ、はい。」
そのあとの発言通りの学校生活になってしまっているのが本当に怖い。どれだけこの先輩の先見の明があったのか、恐れ入ったという感情しかない。
「新入部員は百瀬の圧力でお前とバンドを組まないように行動させられる。同期も1つ上も怪しいな。だから、百瀬が引退するまでお前は一回もバンドを組めない。だからお前は文芸部に入り浸ることになる。そして、最終年に軽音楽部に復部したときにどれだけお前のベースの腕前が落ちていないか。どれだけステージでベースを弾く感覚が薄れているか。それによってお前が音楽を辞めるかが決まるといっても過言ではない。」
「冗談はやめてくださいよ、先輩。」
そのときは本当にこの発言通り、俺は新入部員に声をかけただけで怖がられ、逃げるように退散され、同期からも1つ上の先輩からも白い目で見られその結果、本当に文芸部に入り浸るようになるとは思っていなかった。そして、今ではクラスでも独りだ。
「噛みついたわけじゃないと思うんだけどな…」
そうボソッと呟きながら文化祭で弾いたZARDの「ハートに火をつけて」を聞く。今でも自然にベースのフレットを左手が押さえてしまう。そう思っているとイヤホンから通知の音が飛んできた。
「Yukiya.からメッセージが届きました。」
最近、面白い後輩と話すようになった。当時と髪色や帯びる雰囲気が違えど、名前を聞けば少し音楽をかじっている人間なら誰でも思い出せるほど有名な「元」天才キッズピアニスト。大嶋 友貴也。彼は
「俺はもう終わったんです。もう音楽をやろうって心の底から思えない。」
そう俺に言ってきた。何がもう音楽をやろうって心の底から思えない。だ。バカ野郎。それが音楽をやりたくてもやれない男に対して言う言葉か。そう思いながら彼の話を聞き続けてきた。彼が拒食症で入院したという話は当時、クラシック音楽界隈では一大ニュースとなり「日本の至宝が失われた」と大騒ぎになっていた。幸か不幸か、彼が退院した際にはもう当時の顧問が監督不行きということで解任され、他の部員には一切損害賠償などは行わない形で決着がついており、本人の周りにマスコミなどが殺到することはなかった。
「すいません、峰さん。相談があるんです。今日の放課後空いてますか?」
メッセージを見るとそういう文面だった。俺はすかさず
「空いてるぞ。いつものショッピングモールのフードコートで大丈夫か?」
そう返信した。なんでそう思ったのかは分からないが、なんとなく音楽関係の話だろう。と察していた。まだ出会って半年程度とはいえ、毎週毎週ゲームセンターで会っては話し手を繰り返していると互いのことを分かるようになってきた。大嶋も、俺のことを「何の楽器かはまだ分からないけど音楽経験者だと思ってます。」と言っており、よくわかったな。と思っている。
「はい。分かりました。じゃあ、いつも通りポテトLとダブルチーズバーガーセット置いて待ってますね。」
「はいよー。」
きっと、彼が音楽関係で相談するなら、俺は間違いなく「やれ。」と言うだろう。彼は昔の失敗が強烈過ぎて、成功体験がないまま時間だけが過ぎていった。そのまま、昔の失敗が何回も何回もフラッシュバックされていくうちに、怖さが増幅しているだけなんだ。だから、1つ成功体験を得られれば彼の中で音楽に対しての印象が変わるはずだ。なら、その成功体験を得るための1歩を俺が踏み出させてあげたい。そう思いながら、午後の数学Ⅱの授業の準備を始める俺がいた。


「すまない、友貴也。2人きりで話したいことがあるんだが良いか?」
昼休みが始まるや否や、俺は高橋にそう呼び止められた。ここは特に断る義理もないので高橋の話に乗ろう。
「あぁ、良いぜ。ということで純平、横田。すまないがお前らだけで昼飯を食べておいてくれないか?」
「分かった。仕方ないな、横田。」
「うん、仕方ないねー。」
二人からも了承を得て、俺たちは普段誰もいない視聴覚室で向かい合いながら昼飯を食べることにした。俺は、家で作ってきた弁当を、高橋はコンビニのサンドイッチを机に置いた。
「で、話ってなんだ?」
「単刀直入に言うよ。文化祭で軽音楽部のバンドのボーカルを頼みたいんだ。」
「断る。」
なんとなく、そういう類の話だろうと思ったよ。
「それが、お前の頼りにしていた渋澤 昂樹先輩からの頼みでもかい?」
ん?今、なんて言った…。なんでお前が渋澤先輩の名前を知ってるんだよ。
「事情は今から話すよ。」
そう言って、高橋は俺にボーカルを頼むようになるまでの経緯を事細かに教えてくれた。元々、高橋と渋澤先輩は同じバンドを組んでいて、そこのボーカルが3週間絶対安静と言われて確実に文化祭に出れなくなったから代わりに出てほしいということか。
「どうして俺なんだ。俺はもう終わった人間だと何度も言っているだろう?」
「そこら辺は、決めたのは渋澤先輩だから渋澤先輩に聞かないと分からないんだ。」
「なるほどな…。」
高橋も、そこまでの意図は分かっていないと。
「俺も、何個か渋澤先輩がお前を推薦した訳は予想できる。でも、そのどれもが俺とお前が話し合うだけじゃどうしようもない問題なんだ。」
「つまり、どうすればいいんだ。」
高橋に、かなり真剣な声でそう問い詰めた。
「友貴也には、渋澤先輩と話し合って欲しいんだ。『今の友貴也があぁなってしまったのは俺の責任でもある。だから、謝るだけでも良いから会わせてくれ』って言ってたし俺も友貴也は渋澤先輩に会うべきだと思う。どうだろう?」
いきなり話が進みすぎていて俺にもよくわからない状況になってしまっている。俺の頼りにしていた渋澤先輩が俺に対してなぜか負い目を感じている?それに、渋澤先輩がなんで俺がここに入学していたことを知ってる?おまけに、音楽を辞めていることを知っていてその状態の俺を頼りにしようとしている??
「すまない、いきなりの話過ぎて状況が呑み込めていない自分がいる。明日の朝には渋澤先輩と会うか決めるから少し時間をくれ。」
「分かったよ。渋澤先輩も『時間をくれって友貴也は言うと思う』って言ってたから大丈夫だよ。」
渋澤先輩、あなたはどこまで俺のことを理解してるんですか、化け物でしょう。


「…と、言うことなんですよ。どう思いますか?峰さん。」
俺の目の前の白髪少年はそう言ってきた。要は、中学時代頼りにしていた先輩から文化祭のバンドのボーカルを頼まれたが、自分のトラウマをえぐられそうで少し怖い。と…。ふざけるな、自分がどれだけ恵まれた状況にいるのか分かっていってるのか。と少しにらみつけたくなった。
「俺はその渋澤先輩って人に会うべきだと思うぞ。」
「どうしてですか!?」
飛び上がるように理由を聞いてきた。やっぱり、こいつはトラウマに関連する何かにずっと怯えている。幼馴染で話を聞いてる限り大嶋に好意を寄せている浮田さんにそこまで冷たい対応であしらうのもきっとそこなんだ。
「お前は、トラウマを拡大解釈しすぎなんだよ。」
ここからは、言葉を一つ間違えると日本の音楽業界が一気に変わると思えよ…。俺!
「そんなことは…。」
「あるよ。お前、夏のコンクールから今まで1年と1ヶ月位は経ってるだろ?」
「はい、そうですね…。」
大嶋の様子的に、まだ踏み込んでも大丈夫だな。
「お前はその間に音楽を聴くたびに『俺はもう出来なくなったんだ』って自分を責めていったんだ。違うか?」
これは、俺にも同じことが言えるかもしれない。自分にはもう軽音楽部で音楽が出来ない。音楽を聴くたび少しだけそう感じてしまう自分がいた。だから、大嶋もそう思っているんじゃないか。
「そう…ですね…。」
ビンゴ。やっぱりか。
「逆に、成功体験は全くなかった。その成功体験と失敗のトラウマのバランスが失敗に偏りすぎているんだよ。だから俺は、この文化祭のボーカルの話はお前のトラウマを乗り越えるいいキッカケになれると思っているんだ。」
「俺のボーカルが軽音楽部に通用するとでも思ってるんですか!?」
こいつはどこまで音楽の自己評価が低いんだよこのバカは。
「通用しなきゃ、その渋澤先輩って人も頼んでないだろ。そもそもよ。」
「…はい。そうですかね。」
「そもそも、会ってからも断れるような先輩だろ?会う分には何も問題ないと思うぞ。」
「そうですよね。はい。」
大嶋の目は、話をする前とは違って少し決意を秘めているような眼をしていた。
「俺…渋澤先輩に会ってみます。背中を押してくれて、有難うございます。峰先輩。」
「あぁ、これくらいどうってことないよ。それよりも…」
それよりも、というと大嶋は俺と目をもう一度合わせた。
「その、渋澤ってやつ。俺も会ってみてーわ。絶対にイイヤツだよ。ここまで荒んだお前にそこまで気を揉んでくれるなんて。」
「荒んだって…余計ですよ。峰先輩。」
そういって笑いながら大嶋はポテトを口にした。俺も笑いながらダブルチーズバーガーを食べながらほっと一息をついた。
「じゃあ、明日。渋澤先輩としっかり話して来いよ。いい話し合いになるよう祈っておくぜ。」
「はい。有難うございます。峰先輩。」
大嶋の目にもう迷いはない。良いぞ、大嶋。お前はここで俺とつるんでていい男じゃない。早く音楽の道に戻るんだ。そう思いながらまたダブルチーズバーガーを俺は口にしていた。
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