第6話 克服への第一歩

文字数 4,387文字

「ありがとうございました!またお会いしましょう、さようなら!」
そういって照明を落としてもらい転換が始まり、マイクスタンドに貼ってもらった紙を外して舞台裏から楽屋へと俺たちは移動していった。
「ふぅー…お疲れ様。大嶋、高橋くん。」
楽屋に帰ってきて峰先輩が労っているところをいきなり扉が開いた。
「あのっ!すみません!O’verShootersの皆さん居らっしゃいますか!」
扉が開くなりいきなり大声で俺たちのことを呼んでいる…女の子っ!?ヒャァッ!!

扉が開いて俺たちが呼ばれた瞬間に友貴也が俺たちの後ろに隠れた。全く…女の子嫌いもほどほどにして欲しいんだけどな。
「はい、ここです!」
仕方がないので俺が手を挙げて応答した。すると、腰位まで髪の長い女の子がいきなり走って距離を詰めよってきていきなりこう言ってきた。
「あの、すみません!私をO’verShootersのドラマーにさせてください!」
ん…?そう来たかぁ…。そう思いながら俺は俺の背中に隠れている友貴也の顔を見ると口が「無理無理無理無理」と何度も何度も呟いていた。それは…ドラマーを迎え入れるのが無理なのか、女の子が無理なのかどっちか分からないんだよ。そう思いながらとりあえず受け入れるにしても実力が分からないしなぁ。峰先輩と相談することにした。
「どうします?TAKERUさん。」
「うーん、まぁ、とりあえず名乗ってもらわないとな。君、自己紹介をお願いしてもいいかな?」
確かに、話をするにしても名前を聞いておかないと不便で仕方ないよな。とりあえず、女の子の自己紹介を頼んだ。
「えぇ!申し訳ありませんでした。私は、高木(たかぎ) 三葉(みつは)っていいます!中学校3年生です!よろしくお願いします!私のことをO’verShootersのドラマーにさせてください!理由は、一目惚れです!」
中学校3年生…、思いっきり受験生じゃないか。峰先輩と目を合わせて、どうするか話し合うことにした。
「ちょっと待ってくれ。TAKERUさんと話し合うから。」
「そのYUKIYAさんはどう思ってるんですか?」
うーわ…最悪だよ。なんでこの娘はこのタイミングで友貴也に話を振るんだよ…。
「ヒィッ!!
年下相手にひるみまくってるじゃねぇかおいおい…。
「正直に言うと…YUKIYAは女の子が得意じゃないからな。俺とTAKERUさんで話し合わせてもらうよ。」
「分かりましたっ!」
そういってなんとか友貴也と高木さんの両名の気を紛らせることには成功した。
「で、どうする?HIROTO。」
「僕としては実力が分からない以上、すんなりと受け入れるわけにはいかないんじゃないでしょうか?」
「まぁ、それもそうだが、中学3年生を12月から受け入れる訳にもいかないだろう。参考程度に一つ聞いてみるか。」
そういって、峰先輩が振り返って高木さんに一つ聞く。
「君、高校は私立の志望か?」
「いえ、中高一貫の私立中学に通学しているので内部進学です!」
「そうか。となると進学先のコースが決まるのは1月下旬位か?」
「そうです!」
なるほど、進学の問題か。でも、それだと峰先輩も厳しくないか?来年は高校3年生になる。それどころか大学受験は高校2年の年越しから受験が始まるっていうじゃないか。
「じゃあ、進学先が決まるまでは高木さんをすんなりと引き受けることは出来ない。」
その話の流れだとそうなるよな。進学先を確定させてから引き受けたいって気持ちは分かる。しかも私立の高校を受験する場合は進学するコースで受験する大学までもが決まるようなものだ。だからこそまずは受験を優先させるべき。という考え方か。
「そうですね。TAKERUさん。中学3年生である以上、中途半端なこのタイミングで受け入れるより進学先を確定させてから実力を見て、受け入れるかはYUKIYAに判断をゆだねましょう。」
「そうだな、HIROTO。ということで…」
また峰先輩と振り返って俺たちが高木さんに会話をすることにした。
「ごめんなさい。高木さん。話をしてくれて嬉しいんだけど、君は受験期でしょ?だから、進学先が決まってからもう1回話をさせてくれないか?」
「ということで、連絡先だけは聞いておきたいんだ。キープみたいな扱いになって申し訳ないんだが、それでもいいか?」
…そう言うと、高木さんはムスッとした表情をしてこう返して来た。
「YUKIYAさんはなんて言っていたんですか?」
「…!!
俺の肩をつかむ友貴也の手の力がより一層強くなるのを感じた。これは…ダメな奴か?後ろを見るとブルブルと震えていた。遂には俺の肩ですら震えるのを感じていた。そのまま友貴也をもう一度見ると顔が若干青白くなってしまっているのが見えた。これ以上彼女の標的になるのは彼のメンタル的に持たないだろう。そう思って彼を何とかかばおうとした。
「言ってるだろ?こいつは女の子が得意じゃないって。」
「だからって私がこのバンドに入るかどうかって関係あるんですか!?」
思いっきり目つきが鋭い表情でさらにこう続けてきた。
「私は、YUKIYAさんにも話して欲しいです!」
「ヒヤァッ!!
あまりの圧力に俺の右肩を掴まれていた手の感覚がなくなった。友貴也!?
「…。」
「おい、YUKIYA!?YUKIYA!?」
峰先輩がしゃがんだまま一時的に気を失ってしまった友貴也を何度も揺する。
「YUKIYA!しっかりしろ!YUKIYA!」
俺も必死に声をかけているが友貴也は顔が蒼白くなってしまったまま、倒れこんで笑顔を浮かべていた。
「あれ?YUKIYAさんっ!大丈夫ですかー!!」
「そう言うならお前はとりあえず離れろ!TAKERUさんも揺すらないで安静にしてください。だいたいこういうときのYUKIYAは数分で意識が戻りますから!」
「分かった。普段から一緒にいるHIROTOがそう言うなら俺は離れるよ。あと、何かやれることはないか?」
「いえ、冷えタオルがあるならそれを首に当てて回復を早めてほしいですけどそれが無ければもう何もしないで仰向けに寝かせて安静にさせてください。」
そう言って俺が指揮を執って高木さんは離れさせて、峰先輩には手を出さないように指示した。
「本当にごめんなさい!」
「そう思ってるならYUKIYAに執拗に話しかけるんじゃない。女の子が昔のことでちょっと苦手なんだよ。だから、これ以上無理はさせるな。ただでさえ本番が終わった後のコイツはメンタルが疲弊してるんだ。そんな状態で苦手なことをさせたらそりゃあこうなるよ。」
そう言いながら俺は友貴也が目覚めるのをただただ待っていた…。
「ううっ…」
数分後、そう言いながら友貴也が目を開けた。安堵の声をホッと俺と峰先輩はあげた。そのうえで何があったのかの状況を説明し、なんとか思い出してもらおうとしていた。
「なるほど…その、高木さんと名乗るドラマーが俺たちのバンドに入りたいと何度も頼み込んできた。ということか。なるほど、分かった。」
そういう友貴也だが、肝心の高木さんの容姿が思い出せない以上、警戒のしようもないんじゃないか?
「まぁ、その高木さんの容姿を思い出せない以上…警戒も出来ないな。腰まである黒髪以外身体的特徴がないんじゃ見分けるのも厳しいよな。」
これは…嫌な予感がしてしまうな。気が気ではないような状況だな…。これから何かが起こる気しかしないな…。そういう名前の無い不安感が俺の身体を襲っていた。

O’verShootersの最初の本番が終わって最初の月曜日。季節は完全に冬になって、冬用のグレーのブレザー制服では寒く、黒のダッフルコートと紺色のマフラーを着ていてもまだ肌寒い。そんなレベルの大寒波で耀木学園周辺の最高気温はここ2週間ずっと5℃以下だった。朝の気温が-2℃まで下がってしまった雪すら積もる正門前を俺は一人で歩いていた。こういう朝は朝早くに来ると寒くて誰も来ない分、無音状態だし景色はじっくり見れるしで新曲の構想が湧いてくるので結構気に入っている。
「あーっ!見つけたーっ!!」
後ろからいきなり声が聞こえてきたので意識せずに振り返った。そして、次に目に入った人間に俺は恐怖を覚えた。
「見つけましたよーっ!YUKIYAせんぱーいっ!」
綺麗な二重瞼に雪よりも白い透き通った肌。唇もしっかり明るい発色してるし、結構かわいい…それに腰までしっかり手入れされた黒髪…腰まで長い黒髪!?ヤバい…これは冗談じゃなさそうだな!
「ちょっと待て…なんで俺を知っている。」
今は浩人も峰先輩もいない以上、自分が頑張って話してあげるしかない…!
「え?なんで?って…私ですよ!た、か、ぎ、み、つ、は!土曜日にあなた方のバンドのドラマーに志願したじゃないですか!」
この子が…高木さん…?この一瞬で分かるくらい押しが強い…。もうちょっと自分の話を聞いてもらうようになんとかしなきゃ…!
「で、なんでここに?」
「なんでここにって、私。ここの中等部に居るんですよ!」
そう言われて、紺のPコートの下を見ると耀木学園の中等部の黒いブレザーや3年生の青と黒のチェックのスカートが見えた。
「そうか…じゃあ、内部進学頑張れよ。バンドは組めても進学先は斡旋出来ないからな。」
「えぇー!そこをなんとか!」
「今すぐじゃなくてもいいだろ…?ずっと拒否ってわけじゃないんだ。さっさと進学先を決めてからでもいいじゃないか。」
「えぇー!?早く皆さんと練習してドラマーとしてスキルアップしたいんです!」
そういうことか…だから中学3年生の12月上旬とかいう思いっきり受験直前の人間が組みたいと志願しているのか。なら
「悪いが、俺たちだって早く君と組みたいんだ。だからこそ、1発で進学先を決めてきてくれ。公立高校の受験になったら3月上旬まで受験があるんだ。1月下旬で終わる私立の内部進学なら1ヵ月近く早く受験が終わる。だからそのあとに練習しよう。ブランクが短いほうがよっぽどいい実力で聞けるのは俺たちにとっても良い事なんだ。俺たちの為だと思って早く受験を終わらせろ。」
理路整然と高木さんを説き伏せようと努めてみた。ハキハキとしっかり喋ると高木さんも納得してくれたのかと思ったがふくれっ面で
「そこまで言うなら…分かりましたよ。じゃあ、受験。頑張りますね。」
そう言うと彼女は手を振りながら中等部の校舎へと向かっていった…。あれ?
「俺…女の子相手に普通にしゃべれた…?」
なんでだろう…今俺。普通に喋れたよな…。不思議な感覚に陥りながら俺は始業時間までまだ30分もある朝8時の静かな耀木学園の雪道を俺は一人で歩いていった。
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