第22話 問われる覚悟と思考力

文字数 7,399文字

「お疲れー、峰。お前上手くなったなぁー。」
「お疲れさまでした。真也先輩も昔より何段階もステップアップしてますね。」
俺が真也先輩にそう言うと女性っぽい顔立ちでニコッと笑った後に
「まぁな。昔と違って今は大学生になってより良いプレイヤーたちと出会ったからってのが大きい。それは果穂も夏芽も変わらないけど。元々、耀木も王晴も軽音部のレベルはここら辺の高校ではかなり高いほうだろ?それが大学生になって視野が広くなったことでより磨かれたって感じだな。」
そう言いながら舞台から舞台袖に来ている仲間たちを真也先輩は手を振りながら迎えた。
「あらー?真夜。その男の子は誰かしらー?」
毛先にかけてピンクにした茶髪のセミロングの女の人がベースをもって、暗めの茶髪のボブの女の人がドラムスティックとシンバルとスネアをもってこちらに来た。
「あぁ、果穂(かほ)。コイツは俺の高校時代の後輩だよ。同じベーシストでかなり腕が立つからお前もコイツを抜けるように頑張らないとな。」
真也先輩がギターをスタンドに立ててその前にしゃがみ込みながらクロスを何度も何度も丁寧に拭きながら、ロングの方の女性に顔を向けてそう答えた。
「へぇー、そんな言い方をするってことはー、この子が前に話してた子?」
「あぁ、峰だ。」
「峰 尊です。」
「あらー、私は久保(くぼ) 果穂よー?まぁー、知ってるわよねー。」
「はい、ベーシストとして尊敬しております。」
「あら?ありがとうねー。」
久保さんと軽く一言自己紹介をし、久保さんは楽しげな表情を浮かべていた。
「私は金森(かなもり) 夏芽(なつめ)だよ。峰君の高1の時の演奏を真夜に見せてもらったんだけど、6弦ベースなのに上手いね!君!」
「いえいえ、褒めていただき有難うございます。」
「今日、O’verShootersというバンドで本番を迎えていたわねー。真夜の携帯で峰くんの高1の時の演奏を聞かせてもらったけどー、あの時とは立場が違うからかしら、同じ6弦ベースで同じ奏者でも前で引っ張ってたように感じたわよー。」
「そうですか?」
真也先輩がどの本番の演奏をこの2人に聞かせたのかは知らないが、どの演奏であろうと今の俺よりも1歩引いてリズムを刻むことに意識を置いていたのは確か。高1の時の俺は直立不動で「自分のリズムを刻めばあとは他の人でやっておいてくれればいい。」という姿勢だったが、今の俺は直立不動から、ノレばある程度動けるようになってきた。周りの演奏を聞くと「自分のリズムを刻んだうえで周りの演奏が組みあがって完成するのが聞いていて楽しい」という感覚が生まれていくことが自分の中で出てくるようになってきた。それを意識すれば動けるようにストラップをちょっとだけ長くして構える位置を低くすることで少しだけ格好よく見えるようになった。と、思っている。
「それにー、Raiseだったかしらー?ピックを舞台袖に投げ捨てて指引きした彼。彼も上手だったわー。最初のメンバー紹介で『おっ』と思ったけど、曲でもどんどん前に出ていて、それでもテンポ感は崩れていなかったのは素晴らしいと思ったわよー?」
「あぁ、政樹ですか。アイツは、俺が昔教えてたんですよ。」
「あらあらー、それは本当ー?」
果穂さんのこのゆったりとした話し方には多少こちらのテンポを崩される感覚はある。だが、妹と見たテレビ番組から何度も見ていくうちにこの人にはハイトーンの歌声だけでなく手元の技術も相当あるのは理解した。ベーシストとしては職人的な音作りにとても歌いながらとは思えないほど安定した2フィンガー、歌も高校時代からhi音域が得意な真也先輩に合わせてガンガンにぶつけるだけの突き刺さるようなhi音域が特徴でそれがこのFerioというバンドの根幹となっているのは言うまでもない。下手に見栄を張ると見透かされるな。俺はそう考えていた。
「はい。俺と真夜先輩が2コ離れてて、真夜先輩と入れ替わりで同じ高校に入学したのがさっき話した政樹なんですよ。」
「あらー、そうだったのねー。」
「はい。で、彼。というよりあのバンドは中学時代に今ギターコーラスの朱里ちゃんがギターボーカル、俺がベース、妹の摩耶がドラム。で彼がもう一本のギターだったんですよ。そこから、俺が受験勉強の影響で抜けた結果彼がベースに転向してスリーピースにだった時期があったんです。」
「なるほどねー、それでRaiseの楽器の皆はあそこまで連携が取れているのねー。」
「はい。で、その時にボーカルの朱里ちゃんの心を折ったのが…」
「俺…か…。」
真也先輩がそう深く声を落としながら、ギターを拭き続けていた。
「覚えてるかどうかは知らねぇが、あのRaiseってバンド。スリーピース時代に1回会ってるぞ。俺たち。」
「あらー?本当?」
「えっ!?マジで!?」
果穂さんと夏芽さんの反応を見るにどうやら本当に覚えていないらしい。まぁ、当然だろう。彼らが中3から高1になる今の時期。初めて舞台に立った時の話で、Ferioの3人は高3から大学生になる1年前くらいの話。それに朱里も政樹も摩耶も今ほどの実力があるとは到底言えないレベル。そりゃあ覚えていないだろう。
「俺は打ち上げであのギターの女の子からハッキリ言われたから覚えているんだ。『あなた位の高音が出せたら…私も…私も…』って、泣きながら。まるで俺が泣かせたみたいだったからとても覚えてるよ。」
「そうでしたか…あれから、俺の妹は『朱里ちゃんは真夜さんが壊した!』って言ってますし、いったいどんなことを言ったのかと思ってましたが、ただ泣きつかれただけなんですね。」
「そうだったのねー。」
「そんなことがあったのか…。」
俺と真也先輩の会話に果穂さんと夏芽さんが相槌を打っていた。
「ついでだ。峰。その朱里ちゃんに伝えておいてくれるか?『なにも高音だけが武器じゃない。それは今コーラスをやっていて良く分かるんじゃないか?』って。」
「どういうことですか?」
「ここから先に話すことは俺なりの答えだからそのまま話すんじゃあねぇぞ?自分の良さは考えることに意味がある。ってそれ一番言われてるから。」
「はい。」
この人は高校時代から変わってない。考えて演奏しろ。脳死でコピバンをするな。楽譜をなぞるだけの演奏なんて滅びてしまえ。散々そういうことを副部長時代に言ってきたのを藤井部長が皆のモチベーターとしてまとめていた。そう言う印象からこの人は変わっていない。
「あの子の声の良さは『芯の強さ』だ。コーラスをやっていても彼女の声がよく聞こえたことで確信した。芯の強さは声の通りやすさもあるし、発声の基礎が出来ているかにもつながってるんだよ。声が通らないと、そもそもボーカルとして失格だからな。そして、彼女の身体の様子からしてそこまで声を出していたわけじゃないのにコーラスもはっきり聞こえるってことは芯の強さが異常ってことだよ。そのまま音域に振れば果穂のように突き刺すハイトーンボイスが出せるようになる。中学の時の彼女はそれを目指していたかもしれない。結果から言えば、声域は努力で勝ち取るものだから頑張れとしか言いようがないんだが…彼女の場合は響きを良くすることで声を通しながら胸に響く歌声にするのもありかもな。」
真也先輩が長々と説明してくれた。たった3曲でそれだけのことを分析できるのがやはりこの人がこの人たる所以なのかもしれない。考えろ、と言ってる先輩が誰よりも考えていた。だが…それをどうやって遠回しに気付かせるか…。
「まぁ、ヒントを出すなら声量を抑えていても朱里ちゃんの声がボーカルの声よりも聞こえてくるのはなぜか。って問いかけたらどうだ?」
「分かりました。ありがとうございます。」
「あらー、厳しいことは言うけど、やっぱり女の子や後輩には優しいわよねー?」
「うるさい。果穂。俺は口が悪いかもしれないが後輩を突き放すような真似はした覚えはないぞ。」
「本当にか!?その朱里ちゃんをボーカルから諦めさせたくせに!?」
「うるさい、夏芽。」
そうニコッと笑いながら真也先輩は「クロスを洗いに行く」と言って洗面器のあるトイレへと向かっていった。
「ホントーに…素直じゃない子ですねー、真夜君は。」
「なっ!高校時代から口は悪いし厳しいけどアドバイスは的確だし!…ちょっと回りくどいけど。そう思うだろ?峰!」
「はい。それでも、僕はあの人から大事なことを学んだんで、大事な先輩です。」
「良いこと言いやがってー!」
「あらあら、夏芽?私より上手なベーシストだから丁寧に扱うのよ?」
夏芽さんに俺は肩をバシバシと叩かれながら、本当にこの2人もキャラが立っていて物凄い居やすい場所ではあるな…。と感じていた。


「お疲れ様ー!朱里!政樹!それにー、梨奈ちゃーん!」
私たちは近くのファミレスで自分たちだけの「Raise再始動ライブお疲れさまでしたパーティー」をしていた!
「えぇ、お疲れ様。摩耶ちゃん。」
梨奈ちゃんも、出会った頃からこの丁寧なお嬢様口調は変わらないけれど、こういう回に参加してくれるようになったあたり、この4人の仲が深まっている気がする!
「摩耶、お疲れ!」
「朱里、ナイスギターソロだったよ!」
そう言いながら私たちはそれぞれの飲み物が入ったグラスをカチンと音を立てさせて乾杯した。
「摩耶。お疲れ様。」
「政樹も、ハチャメチャに暴れていたね!」
「うるさい…ファミレスだから大声を出し過ぎるなよ?」
「分かってるってー!」
そう言いながら政樹もコーラの入ったグラスを差し出してきたのでこつんと合わせた。
「いやぁー、梨奈ちゃんも本当に歌が上手だよねー。」
「いえ…やっぱり、O’verShootersのYUKIYA…大嶋部長には敵わないわよ。」
梨奈ちゃんの歌のうまさを褒めると、O’verShooters…お兄ちゃんのバンドを引き合いに出してきた。
「本心は?」
「負ける気がしないわ。」
政樹がそう言うと梨奈ちゃんが宣戦布告をして私たち4人はドッと笑った。その笑いがある程度収まると
「でも…尊兄さん。中学時代よりも何倍も上手くなってたな…。あれが半年のブランクのある人なのか?って考えてしまったよ。」
「あの方…それにギターの方も技術は私たちより上と見ても良いんじゃないかしら?朱里ちゃん。そこら辺は同じギタリストとしてどう思うかしら?」
「そうね。尊先輩から私と同学年と聞いたはずなのに指先の滑らかさがかなり違うように見えたわ。それに、私と違って周りを見ながら感情を入れていく。っていうより自分が前に前に暴れまわって感情を表現する。ってタイプだったね。あれだけ暴れて手元が狂わないのは素晴らしい事ね!教えて欲しい位よ!…ドラムはどう?摩耶。」
ボーカルの比較、ベース、ギターと来て、ドラムの話になるのは分かっていたから真剣に聞きながら自分が思ったことをまとめていた。それを、自信満々に話すぞー!
「あ、摩耶。ある程度声量を抑えろよ?いかにも待ってましたって表情だから忠告はしておくが…。分かったな?」
「はーい、全く…」
政樹ー、くぎを刺さなくていいじゃんかー。
「あの娘。MITSUHAだっけー…あの娘は今回がO’verShootersとしての初舞台のはずなんだ。」
「そうだな。前のPop fun hoseの時はドラム不在で打ち込みで対応していたし。尊さんもそう言っていた。」
政樹が素早く私の話に頷きながら答えてくれる。
「なのに何あれー、フィルインを自分のものにしてるしー、お兄ちゃんの反応を見たら『そう来たか!』って表情をしてたから、多分即興なんだよね。あのフィルインのほぼ全部ー、そんなことできるメンタル…私にはないなー。」
「別になくてもかまわないんじゃないかしら?ドラムやベースは既定路線を崩さないことの方が重要なのだし。ね?政樹君?」
「そうだな。摩耶の武器はあくまで『様々なリズムを正確に叩き分けること』なんだから、無理してフィルインを習得しようとして長所が崩れるような真似はして欲しくないな。同じバンドのベースをやるものとして。」
「フォローありがとうねー、政樹ー、梨奈ちゃーん。」
でも、正直な話。お兄ちゃんはあのドラムと組んでて自分が試されているような感じがするのか分からないけど私とセッションするときより表情がイキイキしてるんだよねー。全く!お兄ちゃんはそういう娘がタイプなの!?
「少なくとも、尊先輩はイキイキしてたけど、同時に驚いても居たからMITSUHAさんのドラムのスタイルは『びっくり箱』っていう言葉が合うんじゃない?摩耶。」
「えー!?なんか、朱里の言葉は納得いくけど納得いかない…。」
「ホント、昔から兄貴大好きだよな…摩耶。でも、朱里の言葉がピッタリだな。O’verShootersのドラムはびっくり箱。いいじゃん。」
「でも、その何が飛び出るのかが分からないびっくり箱を操りきっている尊さん。摩耶ちゃんのお兄さんは凄い実力だと思うわ。政樹君、あれって難しいのでしょ?」
そんな話が何周もする中で、突然私と朱里と、政樹のスマホが同時になった。
「お兄ちゃん からメッセージがあります。」
通話アプリの通知をタップしてメッセージを開くと、そこには
「えっ!?」
「嘘だろ…!」
「えーっ!」
「ちょっと、朱里ちゃん。政樹君、摩耶ちゃん。何があったのか私にも見せて。」
朱里ちゃんにとっては因縁のFerioの真夜さんと一緒に写真に写るお兄ちゃんの写真と共に
「Ferioの真夜さんに見覚えがあると思って探ってみると俺の2個上の代の軽音楽部の副部長ってことが分かった。だから、そのツテでなんとかRaiseにアドバイスをくれないか。とアドバイスを求めたからお前にはお前の分とボーカルの武田さんの分を送っておくから読んでおいてくれ。」
と書かれたメッセージと2件のメッセージがあった。
「ってか、俺と真夜さんって入れ替わりってことになるのか…。」
「王晴の峰先輩の2個上の先輩ということは…政樹君と入れ替わりの代にあたるからそうなるわね。で、摩耶ちゃん。見せていただけるかしら?」
色々とまず整理をさせてほしい。お兄ちゃんの人脈凄くない?え、いや。Ferioってメジャーデビュー直前って言われてますよね!え?なんでそんな人とさらっと写真撮ってもらってんの!?大丈夫!?事務所に発覚して消されたりしない!?
「ちょっと待ってね!梨奈ちゃん!先に、私の分だけ読ませて!」
そう言って、スッとスマホを操作し、私の分を見た。
「とは言ったもののお前の分のアドバイスは夏芽さんから貰ったアドバイスだ。心して読めよ。アドバイスは『フレーズの叩き方はほぼ完ぺき。テンポ感も大丈夫。ただ2点指摘させてほしい所がある。1つはバスドラのダブルキックが1打目に意識が偏っていて力んでいるのか2打目がぎこちなく聞こえる。2つ目はフィルイン。16分メインのフィルイン中にさらっと16分3連を入れるアクセントとして16分3連を使うという使い方もありだが、せっかく自己紹介であれだけ色々なリズムを叩き分けているんだから16分メインのフィルインばかりなのが惜しい。』とのことだ。夏芽さんにしっかり感謝するんだぞ。」
というメッセージと、夏芽さんのスティックの写真が送られてきた。へぇー、夏芽さんってオークのティアドロップなんだ…え?ってことはあのアップテンポの中で当てる角度を次々に変えてあの多様性のある音色を出してるってこと?凄すぎでは…?私は丸形だけどちょっとそこら辺も意識して練習してみようかなー…。
「あの、良いかしら?摩耶ちゃん。」
「あっ、ごめんなさい!」
「メジャーデビュー直前の方々から貴重なアドバイスを頂いているのだからしっかり聞いておかなければいけませんよ?特に、男声であれだけ特徴的な歌声をなされているなら。」
そう言いながら梨奈ちゃんも食い入るように私のスマホをまじまじと見つめた。本当に、こういうことに関してはどん欲だなー。梨奈ちゃんのびっくりするくらい真剣な表情に思わず私も気が引き締まった。
「なるほどね…自分で考えろ…ということね。」
「おっ、俺の自己紹介のアレ、果穂さん褒めてくれてる!うれしいな!」
「本当に昔から政樹は褒められるとすぐやる気を出すから単純で良いよね。」
「朱里、分かってても言うんじゃない!」
そう言えば、私に夏芽さんからのアドバイスが来たってことは、朱里ちゃんにはおそらくあの真夜さんからのアドバイス…なんてアドバイスなんだろうー。
「朱里、なんてアドバイスだった?」
「へ?私?私はまず、『1年前にアドバイスが出来ず、考えろとしか言えなかったことを謝罪する。』って書き出しで始まってて、」
え?1年前…スリーピース時代を覚えていてくれてたの!?それって凄いことだよ!
「『1年前と今日の演奏を聴いて確信したことは、もっと他の人の歌声を聞くといい。』ってだけ。ギターに関しては『周りが見えているだけでは見えてこないものもある。』ってだけ。」
「私も『自分が凄いことはくどい程分かった。だからこそ次は何をするべきか考えろ。』としか書かれていなかったわ。」
分かりにくいなぁー、家に帰ったら普段からこんな曖昧なアドバイスなのかお兄ちゃんに問い詰めよっと。
「え?俺は果穂さんからで『自分の手元の正確性は高校生レベルを越えている。ただ、暴れる関係か所々で曲全体より自分のテンポを守ってしまっている。そこをベースに合わせるのか、ドラムに合わせるのかはあなた方の相談で決めてください』ってアドバイスだった。摩耶は?」
「私はー、夏芽さんからでー、」
政樹が聞いても居ないのに自分のアドバイスを話したから私もアドバイスを言うことになって、それを聞いた梨奈ちゃんが一言こういってこの会はお開きになった。
「じゃあ、各自のアドバイスをしっかりと実現していけるようにお互いに頑張りましょう。朱里ちゃん、政樹君。それに摩耶ちゃん。覚悟は良いかしら?」
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