第1話 新しい季節と変わらない日常

文字数 5,403文字

私立耀木(かがやき)学園高等部、小中高一貫の名門校でありながら15年ほど前から入学者の確保のために外進生の採用も始めた古き良き魅力の中に現代の新しい魅力を織り交ぜた高校だ。正直、俺はここに入学出来てよかったと耀木学園高等部の正門から校舎まで続く桜並木の絶景を見ながらそう感じていた。
「ゆーくん!」
すまない。前言撤回をさせていただく。こいつと一緒に入学することがなければ最高だった。
「どうした。浮田(うきた)。」
「ここの桜、ものすごく綺麗だねっ!」
俺の横にいきなり駆け寄ってきた声のでかいショートカットのチビ、浮田 ことみがなにやらうるさいだけの感想を俺に投げかけて生きた。
「うるさい。クラス確認しに行くぞ。」
「えーっ!冷たいよー!」
俺は辛いことを忘れるためにここに入学したのになんで誰よりも事細かく知っているお前がここに入学しているんだと冷ややかな目線を送りながら俺は正面入り口の前に掲示されているクラス表に目を通すために、正面入り口の階段を3段上った。
「1-B
1番 安藤 誉
2番 伊藤 純平
3番 浮田 ことみ
4番 大嶋 友貴也
5番 柿谷 真菜
6番 加藤…

最悪だ…。よりにもよってなんであいつがクラスメイト。それも出席番号が連番なんだよ。
「あぁー!同じクラスじゃん!よろしくね!ゆーくん!!」
そう思っていたら邪魔な奴が左隣まで駆け寄ってきた。
「あぁ…俺の気分は最悪だが、よろしくな。」
昔はこんなに鬱陶しくはなかったのにな。そう思いながら俺はこの目の前の厄介な話し相手にテキトーに相槌を打っている。
「見て!あそこ結構な美男美女で話してない!?」
「あれは見ない顔だね。外進生かな?」
「1-Bの皆、情報収集よろしくね!」
などと内部進学生は外進生の品定めと言ったところか。確かに、ことみは黙っていれば美人なんだよな。黙っていれば。ただ、俺はイケメンか?ただただ中学の後半でしんどかったのが老けて見える分、大人の雰囲気があるってだけじゃないか?
「えー、あの子確かにイケメンだけど、白髪(はくはつ)ってどうなの?」
「別に輝木学園には髪色に関しての校則はないだろ?」
「でも、周りが黒髪貫いてる中で白髪(はくはつ)ってのは調子に乗ってんな。ちょっとシメてくるわ。」
そういう会話が聞こえて、すぐに俺とことみのもとに一人の短髪でこういう高校では珍しいオラオラ系の男子生徒がやってきた。
「んじゃあ、教室に行くか。浮田。」
それを察知して教室に一緒に逃げ込むことにした。

「さっきの、私を逃がしてくれたの?」
浮田が教室につくなり、俺にそう話しかけてきた。全く、この勘違い女の勘違いもほどほどにしてほしいもんだ。
「勘違いするな。悪いが、そこまで気づかいが出来る訳じゃない。俺を守るためにお前を盾にしただけだ。」
「まぁ、アイツには触れない方が正解だよ。アイツは宇都宮って言って内部進学生のなかで一番喧嘩っ早くて喧嘩も強い事で有名なんだ。アイツの近辺だけが耀木学園唯一のヤンキーって考えてくれ。」
そういって真面目そうな男子が1名浮田の前の席で、椅子からのめりこむ形で話しかけてきた。
「そうなのか。気を付けるよ。」
「そうね!ことみちゃんも、大嶋君も美形だから絡まれやすいかもね!」
「ヒィッ!!
後ろから聞こえた声は間違いなく女子特有の声…女の子怖い…女の子怖い…
「おい、柿谷、いきなり話しかけるなって…。驚いてるだろ?」
「ゴメンゴメーン。純平(じゅんぺい)。でも、なんか震えてない?」
怖い…女の子はいきなり何言うか分からないからたまったもんじゃないよ…
「ごめんね!純平君。柿谷(かきたに)さん。」
浮田がフォローに回った。
真菜(まな)でいいよ-。」
「ゆーくんは、女の子と話すのがものすごく苦手っていうか…その、少し女の子アレルギーなの。」
ありがとう…浮田…でも、まだ怖いわ…
「でも、浮田さんとはフツーに話せるくない?」
「あぁー、それはもう私たちが腐れ縁過ぎて私に女子っていう感覚がなくなったんだと思う。悲しいけどね!」
グサッ…ごめんよ…浮田…。
「うわっ…そういうことなんだ…なんかごめんね?」
やめてくれぇぇぇ!俺を、俺をそんな目で見るなぁ!
「ってゆーくん大丈夫!?顔が蒼白いよ!?」
「ホントだ!大丈夫か!?大嶋君!」
「うわっ!ヤバッ!大丈夫!?」
三人が察して俺の顔を見てしまった…。
「だ、大丈夫だよ…こ、これから慣れていかないと…」
そうだ…なんとか…慣れていかないと…。
「おい、皆静かに!」
そういうやり取りをしていると担任の先生が教室に入ってきた。見た目的には、メガネを掛けている男性。年齢は40代後半から50代前半といったところか。そしてなにより
「はい。みんな注目。今日から、皆の担任を1年間させていただきます。宮出(みやで) 尚好(なおよし)です。担当教科は国語、特に古文に関してはそれなりに教養のある方なのでどんどん質問してください。一応、軽音楽部の顧問で、ギターとベースとドラムが出来ますので、また機会があったら披露しましょう。まぁ、私の自己紹介はこのくらいにして出席番号1番から自己紹介をしていって最後に先生や生徒の皆に全体で質問タイムということにします。」
この響きのある中低音域の声に優しい顔。おそらく、キレるとき以外は優しい先生なのだろう。そう思っているうちに
「出席番号1番。安藤 誉です。陸上部に入ろうと思っています!」
出席番号1番の安藤君からどんどん自己紹介が始まって
「出席番号3番。浮田 ことみです。『浮田』とか、『ことみ』とか好きに呼んでください!小学校の時からバイオリンをしていて、中学で吹奏楽部に入ったので高校でも吹奏楽部に入ろうと思っています!よろしくお願いします!」
浮田の自己紹介が終わった。はぁー。俺の番か。適当にやって終わらせよう。そう思いながら浮田とすれ違って教壇に上る。
「出席番号4番。大嶋 友貴也です。女の子と話すのが苦手なので話しかけるときは他の男子かさっきの浮田を挟んで話しかけてください。中学までは音楽をしていたんですが、高校では特に部活に入る予定がないので何かいい部活があったら教えてください。よろしくお願いします。」
とりあえず、自分の特徴を言っておけばいいだろ。こういうのって。そう思いながらテキトーに他の人の自己紹介を聞き流した。そして、質問タイム。
「はい、火野さん。」
そういって、女子が1名指名されて、立ち上がった。
「はい。大嶋君に質問です。」
「ヒッ!!
はっ!?おっ、俺っ!?
「まぁまぁ、大嶋君。落ち着いて話を聞こう。」
思わず反応してしまって先生からとがめられた。落ち着いて落ち着いて…
「大嶋君のその髪色って染めてるんですか?」
あっ、あぁー、えっ、えーっとこの色の抜けた白髪(しらが)のことか?
「えっ…あっ…その…実は……昔…ストレスで…」
何とか言葉を絞って答えを伝えた。
「なるほど、昔のストレスで髪色が全部抜け落ちた白髪なのか。それはそれは、私たちの想像のはるか上をいく苦労なんだろう…。高校では彼が苦しむことの無いように私たちでサポートできるように、皆。頑張っていこう。」
先生の一言一言が力強かった。
「じゃあ、次の質問にいこう。はい、高橋君。」
「はい!先生に質問です!先生って独身ですか!」
出た。もはや定番と化した質問だな。全く、どうしてこういう質問が多くなるのかな。
「はっはっはっ。高橋君には私がいくつに見えているのかな。私は今52歳だ。それで独身だとさすがに堪えるよ。今は妻と大学4年生の長男と大学1年生の長女と高校1年生の次女と私の5人家族だけど、一緒に暮らしてるのは私と妻だけでね。私も今年から改めて妻と2人暮らしになったんだ。君たちと同じ、新しい生活を始めたもの同士一緒に頑張っていこう。」
「「おぉ~。」」
流石にこの返答にはクラスの全員の納得というか、感心というか、そういう類の声が漏れた。
そうして、質問タイムの終わりを2限終了のチャイムが教えてくれた。
「じゃあ、質問タイムもこれで終わり。明日は、入学いきなりで悪いが、テストがあるから皆も最後にもうひと踏ん張り勉強してくるように。では、起立。気を付け。礼。皆、気をつけて帰るように。」
この先生はかなり当たりの部類を引いたんじゃないか?

 とりあえず、いろんな部活を見て回ったが、運動部は俺に似合わないし、運動神経最悪だしだからやめておこう。音楽系もやる気はないし、となると、文芸部とか華道部とかの文化部…。うん、どれもあまりやる気が出ないな…。そんなことを考えながらいつもの場所についた。
「はぁ…着いてしまったか。クラブセガ川崎。」
クラブセガ川崎、川崎市にあるゲームセンターで俺のホームグラウンド。いつもここで音ゲーをキャプチャしては動画サイトに投稿している。さてと、今日も100円を入れて、ゲームスタート!
「累計1000日ログインボーナス!スーパーチケットセット1組をプレゼントBOXに送りました!」
おっ、ラッキー。今日で俺もこの『MUSIC LANE』を始めて1000日か…長い月日がたったもんだ。
「新学期!おみくじキャンペーン!今日のあなたの運勢は~!?」
あぁ、そういえばメンバーズサイトでもそんなログインキャンペーンをやるとか言ってたっけ。いいものが出るに越したことはないけど、期待はしないでおくか。そう思いながら回るガラガラをボーッと気を抜いて見つめていた。
「おめでとう!大吉!次に声をかけてくれた人が、高校生活を左右する運命の人かも!」
そうメッセージを表示しながら、大吉の景品、エクストラグルーヴチケット3枚を受け取った。景品の豪華さからして、大吉はあまり出ないのか?そう思いながら、1曲目の選択画面に移っていった。MUSIC LANEはいわゆる音ゲーって感じのレーンから流れてくるノーツをタップしたり、フリックしたりする音ゲーなのだが、一番の重要ポイントが、手で操作するのは正面の最大16レーンに加えて、左右それぞれに2レーンずつの4レーン。さらに、足元にもフットペダルというドラムのバスドラみたいな感じで、足で踏んで操作するペダルのあるレーンの計21レーンとかなり多い。正面のレーンに流れてくるノーツはまだノーツの大きさによって判定が広がるのでマシと言ったところか。
「3曲目を選んでね!」
このゲームにもレーティングシステムはあり、今の俺のレーティングは15.32で、メンバーズサイトで確認したが、今日の時点でプレイヤー全体の上位300位程度らしい。全く、サブチャンとはいえこのゲームの動画を投稿してるやつより上のやつらは全員廃人だろ。そう思いながら、3曲目、ついこの間新しく実装されたボカロジャンルの「命に嫌われている」を選択した。
「3rd Groove Start!」
そう表示されて聞き覚えのある前奏とともにノーツが流れ始めた。最高難易度MASTERの難易度が13+ってことを考えるとこんな優しいもんじゃないだろ。そう思いながら流れるノーツたちをさばいていってサビが終わった。
「幸福も 別れも 愛情も 友情も」
おっ、ここの部分あるのか。俺はなんだかんだでここの部分とラスサビの緩急が好きなんだよなぁ…。
「そういうことが歌いたい」
来るぞ…!ラスサビ!
「命に嫌われている」
ちょっと待て!最初のサビで空いてた隙間全部16分音符で埋めてきやがった!?おいおいおいおいノーツが多い!多いって!!
「殺して あがいて 笑って 抱えて」
16分で正面のノーツをさばきながら2拍目と4拍目の頭が側面レーンだと!?
「生きて 生きて 生きて 生きて」
利き手の右手入りにしてしまったから左の側面レーンが叩きにくいっての!
「生きろ」
うわっ、側面レーン4つとも同時押しは聞いてねぇって!左下レーンがスカッたじゃねーか!
「SUCCESS!」
何がSUCCESSだよ。こっちは初見フルコン逃してんだよ。そう思いながら、筐体のボタンでリザルト画面のMISS1と表示された画面のスクリーンショットを撮る。このスクリーンショットをメンバーズサイトからダウンロードして、Twitterにでも拡散するか。
「ちっ!イライラするなぁ!」
そう言いながら、もう100円入れたところで
「ちょっと待てよ君!連コはダメだろ!」
しまった。後ろに人が並んでたのか。そう思って振り返る。
「全く、100円やるから俺と番変われ。」
そう言って俺と同じくらい身長のある黒髪の一見こう言う所には来ない真面目そうな見た目の高校生の人に100円を渡されて、番を変わらされた。
「ほら、キャプチャ。お前のだろ?」
「あっ、はい。」
制服からして、耀木の人ではないな。身長は俺と同じくらいだから175cm近辺か。そう思いながら、キャプチャを受け取った。
 このとき、俺はおみくじの内容を思い出した。この人が俺の学生生活を?いや、同じ高校でもないのに俺の学生生活が変わるわけもないだろう。そう思いながら、俺は帰っていった。
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