第20話 闇の白

文字数 4,396文字

「俺たちの衣装をこれに指定した意味は分かるか?MITSUHA。」
本番の10分前の控室の扉の前で俺は4人が揃えた黒のパンツに白のYシャツ。ネクタイは各自で好きな色を選んでもらった衣装の意味をMITSUHAに問いかけた。
「確かに、考えてなかったです…!」
白のYシャツに黒のパンツ。これくらいの衣装は揃える方がバンドとしての見た目が綺麗になって良いということを考えてみた。クールビズならネクタイは無いとかいうツッコミが飛んできそうだが、あくまで衣装。それくらい遊ばないと駄目な気がしてしまう。ネクタイのカラーは俺が黒。浩人が青。峰先輩がベースと色をそろえたと言って暗めの赤。そして、MITSUHAがグレーを基調に黒と青と赤の3色でチェックラインが入ったものだった。
「ちょっと、これはMITSUHAには少しズレた話になるかもしれないが話させてもらう。俺と浩人と峰先輩は音楽のステージで魅せる明るい部分を味わってきた。それを表すのがこの白いYシャツ。」
そう言うと、MITSUHAは俺に視線を合わせるように見上げながらも頷いてくれた。他のメンバーを見ると、浩人も峰先輩も感慨深そうにYシャツを見つめていた。浩人は凛とした表情で、少し見上げて峰先輩は余裕のある笑顔で、俺の話を聞いてくれている。
「そしてその明るい部分のために苦労して、悩んで、辛いことを味わってきたし浩人に関しては今も苦しんでいる。それがこの黒いパンツだ。」
俺は着ている黒のスーツのズボンを引っ張りながら話をつづけた。浩人は今も家庭の問題がある。俺も詳しいことを知れているわけではないが純平が「あのクソ兄貴」と言ってた兄がいるんだ。純平はそこまで倫理観に問題があるわけじゃないし、俺が周りに倫理観の合わない人間を置きたくないからこそ分かるがきっと俺も浩人の兄は嫌いだろう。そう思って峰先輩を見れば峰先輩もさっきの笑みが消えて真剣な表情でスタンドに置いているベースを見つめていた。この人にしたってそうだ。詳しい事情は話したがらないがあれだけの実力を持っておきながら王晴高校の軽音楽部で幽霊部員にさせられたんだ。人間関係か何かで問題があったに違いない。そして俺も。今は歌という残された最後の楽器を使って俺の伝えたい音楽を演奏している。そこまでの経緯は武田を見ただけであれだけ激高してしまったのだから未だに自分の心に強烈に残っている。
「そしてその表裏をどちらも知っていながらもまだ音楽を続ける俺たちの個性を胸に。それがこのネクタイだよ。」
「おぉー!なんか、それっぽいです!」
全く…この娘は3人の真剣な表情を見てよくそんな浅いコメントが返せるもんだ。
「そして、このネクタイにはもう一つ意味がある。それは『バンドという統一されたものでも自分の個性を出し切れ』ってことだ。バンドが全部個性を潰したチームプレーで良いなら俺はネクタイの色まで指定したよ。でも、そうしないのは俺にとって音楽は個性のぶつけ合い。って考えがあるからなんだ。だから、お前は嫌がっていた勝手にフィルインが思い浮かんでそれを叩きたくなる癖。ガンガンに出せ。俺たちはそれで潰れるほどやわなバンドじゃない。俺は浩人と峰先輩をそう信じてるし、それと同じくらいお前の『思い付きのフィルイン』に期待を寄せている。だから、頑張ろう。」
俺はそう言って、MITSUHAの右肩にそっと手を置いた。1年前の俺は浮田以外の女の子に触れるどころか話すことすらままならなかったのにある程度この1年で、いや、この半年で克服できたのは間違いなく今俺の正面にいる。ちょっと小さい新高校1年生のおかげだろう。
「珍しくいいこと言ったな!大嶋。」
そう言って、峰先輩が笑いながら俺に肩を組んできた。全く、この先輩は頼りになるのにこういう真面目な話をしたすぐ後にふざけようとするのはどうかと思う。
「茶化さないでくださいよ。峰先輩。」
俺も笑いながら峰先輩を見上げる。
「おっ!そういう流れか…じゃあ、俺も!」
そう言ってMITSUHAの空いているほうの肩に寄り添うように右手を置いた浩人。この流れでMITSUHAはあたふたしながら左右を交互に見て首をぐるぐる回転させていた。この感じは若干おかしくなる前の浮田に似てるんだよな。
「O’verShootersさん、本番3分前です!」
スタッフがそう言って俺たちを舞台袖に案内しようとしていた。
「じゃあ、円陣でも組んでおきますか。掛け声は大嶋。頼んだ。」
そう言いながら峰先輩は右腕を前に伸ばした。
「そこは言い出しっぺがお願いしますよ。」
俺も答えながら峰先輩の右手に重ねるように手を伸ばした。
「でも、リーダーはYUKIYAさんなんですから!」
MITSUHAはそう言うと、へへっと笑って俺の上に手を重ねた。
「もちろん、お前が掛け声をするに決まってるよな!」
浩人の悪ノリもいい加減にしろよ。そう思いながら俺は言葉を考えた。
「じゃあ、……O’verShooters。俺たちを表現しに行くぜ!」
「「「おー!!」」」
綺麗に4本の腕が天井へ向けて上に上がったのち、浩人と峰先輩は息ピッタリにスタンドからギター、ベースを取って。MITSUHAはドラムスティックを2セット、ケースから取り出して。俺はマスクを外してゴミ箱に入れて舞台袖へ向かっていった。




MITSUHAがRLKと言っていたタカトンのリズムから両方のクラッシュシンバルでクレッシェンドをかけていって盛り上げる。照明もそれに合わせて一気に明るくなっていき、400人ほどいる超満員の観客席が見えて一気にテンションが上がった。Ferioがこのイベントの後に単独ライブをするとはいえ、高校生バンドのイベントにここまで集まるのはなかなかないんじゃないんだろうか。
「O’verShootersです!よろしくお願いします!」
ZEEXのPop fun houseより広いステージを存分に暴れまわることで俺たちを表現する…そして、武田のところのバンドを圧倒する。ステージに立つ前はそんなことを考えていた。
「それでは色々と話したいことはあるんですが、さっそく新曲で飛ばしていきましょう。『虚像』。」
が、そんなものは超満員のオーディエンスが消し去ってくれた。俺が早速新曲の名前をコールするとMITSUHAが4回クラッシュを叩く。5回目のクラッシュは両方で叩く!
「虚偽の鏡に映る僕は ホントの僕よりも優しくて」
俺が全力でこの観客たちを盛り上げる…!浩人、峰先輩、三葉!行けるところまで全力で上げる!お前らも着いて来れるよなぁ!
「虚偽の鏡に映る俺は 誰よりも猛る無駄な男ぉ!」
音楽は勝負じゃねぇ…が、盛り上げるために俺たちをこのイベントの休憩後1発目のバンドに指名してくれたスタッフの皆さんの期待に応えるために俺は練習の時以上に熱が入る。そしてそれをコントロールしていくように峰先輩の重低音が聞こえてきて自分のメンタルを間奏の8小節の間に整えるよう心掛ける。落ち着いて、動きを激しくしながらも呼吸は大きく吸って大きく吐いてを繰り返して、次の歌いだしに意識を向ける。

「イメージの罠につっかかり行動前に細心に」
流石は私を押し退けて立ちはだかり続ける男ね…。私がピアノを辞めたのは貴方が同学年に居たから。貴方が居る以上どれだけ努力してもピアノでは私がそれ以上前を歩けないと思うほど当時の私の心はズタボロにされた。それから数年後、貴方は私と同じように吹奏楽を志して吹奏楽部に入部した。心からそう思っていた。でも当時の貴方はピアノに活かすための片手間でしかなかった。今でも片手間だったという疑念は晴れていない。
「表情読み取り食い下がる それが本心」
1個上の渋澤先輩にしてもそうだ。あの人もギターの片手間。恋愛の片手間!本気で音楽を志していても実力が足りないからパートリーダにも、部長にもなれない?それはおかしいじゃない!私の左手の拳にグッと力が入るのが無意識的にわかっていた。大嶋と渋澤先輩が耀木の文化祭でバンドをしていたっていう情報を聞いた時は私もその世界に殴りこんで今度こそ息の根を止めなければいけないと感じた殺意のまま私は今もここにいる。
「人の思いに応えたくて何度も何度も死んでった」
彼が倒れた時に私は一気に「日本の至宝を潰した」と悪者にされた。私は納得いかないことだらけだったせいもあって顧問へ責任転嫁して難を逃れた。正直な話をすると私は悪くないのに今でも彼が私を見かけただけであれだけキレてきたのは分からない。天才も1周すると誰からも理解されなくなるのかしら。今のバンドメンバーも実力派揃いだけれどもどうして彼についていっているのかが理解できないわ…。
「本心のことを想えば嫌嫌嫌嫌」
私の表情が凄いことになっていたのか朱里ちゃんが私の肩を叩いてきた。聞こえるか聞こえないかギリギリの小声で「大丈夫?」と聞いてくれた朱里ちゃんに私は「気にしないで」とそっと返した。時代はいつもそうだ。実力のある人が正義で、どれだけ頑張っても報われないならそれは間違い。それが何よ。あの人は「俺の白髪は闇を歩いてきたからだ。」なんて言ってくれて。まるで私がずっと日向道を笑いながら歩いてきたように言ってきて。意味わかんない。
「自分のことは後回し気づけば人からいい人で」
やりたいことを音楽という軸をずらしていないつもりなのかもしれない。けれどあなたは逃げていて私は追い求めている。その違いってものがあなたには分からないようね。
「虚偽の鏡は僕を美化していく」
さぁ、この音型だとそろそろサビじゃないかしら?
「虚偽の鏡に映る僕は誰より何よりも哀しくて」
ほら来た。私にとってこれくらいはたやすいわよ?遊び半分の貴方とは違うんだから!
「虚偽の鏡を作る要因(もの)をただただ恨んでは咽び泣く」
ふと周りに目が行った。他のメンバーの演奏技術はとても高く、特にギターに関してはボーカルのことを理解していてメロディーとして自分が前に出る部分と自分が退いてボーカルを目立たせることを出来るのは楽曲への理解度が高く、技術もないとできない芸当だ。
「虚偽の鏡が作り出した僕は我儘の前の供物(くもつ)
ベースもドラムもリズム隊としては問題なしどころか寧ろ私たちのバンドより優秀なんじゃないかというほど安定感やフィルインを飛び道具として使っている余裕が見えた。
「今僕が歌うこの歌は 壊すを許さぬものへ歌う!」
それでもやはり、ボーカルが違いすぎる。言葉で説明していても理解は出来ないでしょう。だから、見ていなさい。大嶋 友貴也。これが本気で音楽を志し続けた私と音楽から逃げ続けてきた貴方との違いよ!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み