第14話 同じ方向を見据えよう。

文字数 2,814文字

なんなんだろう…。
「…大丈夫か?浩人。」
今日のYUKIYAさんの声は、いつものそれに比べて何段階もトーンが暗い。なんか、とても落ち込むことでもあったのかな?何も知らない私でも、どっと落ち込んでいるんだなっていうのは声を一言聞けば分かった。
「あぁ。…。お前こそ大丈夫か?」
「浩人が心配するほどのレベルじゃねーよ…。」
同級生のHIROTO先輩との会話も…すごくぎこちないっていう感じがする。この2人に何かあったのかな…。いつも過ごしているPop fun houseの練習スタジオの空気がとてつもなく重く感じた。
「休憩。…次は、『UnBreakable』を15分後にやります。それでは。」
YUKIYA先輩の声がいつもと違いすぎて怖すぎる。そんな思いを持ちながら、休憩に入った。



「何があったんですか?峰先輩。」
私は怖さを感じるYUKIYA先輩のことを峰先輩に聞いてみることにした。あまりにも重い空気のため、峰先輩は外に呼びだして
「そうか…。お前は知らなかったんだったな。」
峰先輩は、ふぅっと深く息を吐いた後、神妙な面持ちで話し始めた。
「アイツは…俺たちの曲名『一応元天才少年』…というには才能が豊か過ぎたんだよ。」
「え…?」
え?と一言返した私をよそに峰先輩は、うちのライブハウスの入り口の自動販売機で買った微糖の缶コーヒーの金色の缶をサッと慣れた手つきで開けた。
「アイツは、今でこそボーカルとして歌を歌っているがその正体はピアノの天才キッズとしてテレビに何度も取り上げられた、大嶋 友貴也だ。」
「そうだったんですか…。」
前々から、名前を聞いてそうだとは思ってはいたけれど…あの時のYUKIYA先輩は女子の私が羨むほど綺麗な黒い髪で私の髪と交換してほしいと何度思ったか分からない。それにあんなに『苦しい』とか、『悔しい』とかそういう悲観的な感情が強い演奏じゃなかったと思う…。
「それが変わったのが、中学時代だ。」
そう言うと、峰先輩は常温の缶コーヒーをそのままグイッと一気に飲んだ。夏のこの暑い時期によくも自販機の温かいコーヒーを飲む気になるなぁと思ってしまう意識を、深呼吸しながら話に戻していった。
「前に、俺の妹がいる『Raise』ってバンドのボーカルにブチギレたことは覚えているか?」
確かに、私が入学式を迎えるよりも前のライブで出会ったRaiseっていうバンドは確かに技術力も高くて、楽器の皆さんの連携もバッチリだった。でも、YUKIYA先輩がキレていたのはボーカルの女の子の先輩に対して。それがどうしたんだろう。
「アイツが、友貴也の因縁の相手だ。中学の時にアイツに精神的に追い詰められた結果、アイツの髪は綺麗に色素が抜け落ちて拒食症を伴った栄養失調で倒れた。」
「…!」
「これは、相当クラシック界隈に詳しくないと知らない情報だから驚くのも無理はない。当時、吹奏楽部の強豪だった『白英中学』で部内いじめがあったとなれば私立中学のメインイメージを担っていた吹奏楽部の入部希望者がグッと減ると見た白英中学は部内いじめの情報を徹底的に外に出さないようにしていた。それでもボロが出て発覚はしても『その事実はございません』の一点張り。それじゃあ友貴也も報われないわな。」
「そんなことが…。」
峰先輩から語られるあまりにも残酷な現実を乗り越えてきたYUKIYA先輩の白い髪は、これからの辛い現実を全て打ち消していくというような途方もない旅路を示すようだと考えてしまった。
「結局、精神的に追い詰められたトラウマでピアノは弾けなくなり、彼はボーカロイドを使って自分の音楽を表現していたんだ。」
「えっ!?ボーカロイド!?」
ヤバい…私、ボカロPにMVのイラストを提供したことがあるんだよねー…YUKIYA先輩にそのことがバレたら『お前は俺の敵だったのか』とか言いかねないなぁ…。
「別に、アイツくらいのレベルならボカロで曲を作っていてもおかしくないだろ?」
「いえいえ…いやー…実は私ー…」
「なんだ?言うことがあるならはっきりと言った方が俺たちの前では身のためだぞ。」
峰先輩の鋭い目つきが私を突き刺す。その表情にビクッとした私は思わずスマホを取り出して、ギャラリーを漁り始めた。…あった!アンダーステアPの『Destruction』PVのためにつかった幾何学模様!
「これ…先輩がボカロPに詳しいなら分かりますよね?」
「それお前だったのか!」
「分かりますよねー…」
「アンダーステアP、友貴也のMVで使ってる幾何学模様じゃん。」
え?アンダーステアPって…YUKIYA先輩!?
「なんだ。気づいてなかったのか。友貴也のボカロPとしての活動名が、アンダーステアP。ただ、これは俺たちバンドメンバーと、お前らの渋澤部長しか知らない超機密事項であり、内密な情報だ。お前も、これを知ったからにはアンダーステアPの正体を喋ったらただでは済まないと思えよ?」
そ、それはもちろん!
「アンダーステアPの魅力の1つは一切招待不明って点ですから喋るわけにいかないじゃないですか!」
「よろしい。ちょっと、話がそれたな。で、今日あそこまで気分が落ち込んでいるのは。」
「ピアノを2年ぶりに触ったからなんですよ。」
ひぇっ!HIROTO先輩!?
「おぅ、お疲れ、浩人。」
「何リズム隊2人で隠れてコソコソやってるのかと思ったら、友貴也の話ですか。」
「悪かったな。高木さんなりに気を利かせてくれたんだからそれに乗らない方が不敬だろ。」
「全く、あの彼女さん以外の女の子と2人きりでいると変に疑われますからそういう理由があってもなるべく2人きりは避けてくださいよ。」
「ふふふっ…そうだな。」
峰先輩はそう言いながら少し頬が緩むのが見えて微笑ましかった。けど、
「え!?峰先輩って彼女さん居たんですか!?」
「なんだよその言い方は。失礼だぞっ。」
峰先輩が軽快に返す。がHIROTO先輩が
「そうだぞ。正直、目茶苦茶美人。あれがドラム叩いてワシャワシャしてるのがイメージ付かない位にはな。」
すかさず言葉を入れる。え?彼氏彼女でリズム隊が出来るの?エモーい…。
「言いすぎだぞ。」
峰先輩が照れる
「琴とかのイメージを見た目からはするけど、ドラムの安定感はあるし、グルーブ感もあってギターがこう弾かせてほしいっていうのを理解してるような感じもして。ベースの人が持つ安定感もあるような気がするし。なんか不思議なドラマーだよ。まぁ、生徒会の有志バンドで見れるから期待しとけ。」
「期待しとけは俺のセリフだろうが。」
ふふふっ、こういう所を見るとやっぱり先輩が立って仲がいいんだな。同じ方向を見ようとしているんだな。と思いつつ、私だけが知らないことがいっぱいあるな。と痛感するような15分休憩だと思うばかりだった。
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