第3話 もっと光を

文字数 2,921文字

 「(みね)からメッセージが届きました。」
俺のスマホが震えて、そういう通知を表示した。
「あっ、友貴也。その人が前に言ってた先輩?」
純平が俺のスマホを見てそう言った。
「あぁ、ゲーセンで出会った俺と似た境遇の先輩だよ。」
(たける)王晴(おうせい)高校の2年の先輩。元々音楽をしていたけど、今は文芸部っていう先輩だとは言っていた。真面目そうな見た目から、割とはっちゃける性格とは思ってはいなかったが、話していて頼れる先輩だし、中学の時にお世話になった渋澤先輩に似ている感じがする。そしてなにより、あの時の連コを指摘した人なんだよな。
「はい、浮田さん。マイクー。」
「ありがとうー。」
そういって、横田から浮田がマイクを受け取る。そして、モニターに映し出された楽曲は
「MOON PRIDE ももいろクローバーZ」
…なんでそれを選んだんだ。
「よーし、久しぶりのカラオケだし、頑張るよー!」
浮田、前はこんなゴリゴリのアイドルソング選んでたっけ?
「Shiny Make-up 輝くよ 星空を集めて」
うん。この年頃の女子特有のキラキラした声で上手いんだけどね。非常に。
「さーて、得点はいくらかなっ?」
浮田は実際、とても上手いんだけど前はもっとしっとりとした歌を歌ってなかったっけ?そう思いながら、俺は得点表示を見る。
「92.176点」
おっ、高得点だな。流石だな。
「そういえば、友貴也。ちょっと昔のこと思い出してなかったか?」
「あぁ、浮田って昔こんなキラキラした曲歌ってたっけ?」
ふと疑問に思ったので口にしてみた。
「うーん、確かに、歌ってなかったかなー。ただ、ゆーくんがあんな感じになって自分まで暗い歌を歌うのもどうかなーって。」
なるほど。気を遣われているのか。あまりいい気はしないかな。
「ほら、ゆーくん。ゆーくんの番だよ。」
「おう、有難う。浮田。」
おっ、今度は俺の番か。浮田からマイクを受け取る。
「友貴也、録画してもいいか?」
そう言って、高橋がスマホを俺に構えてきた。…なんだと?
「別に良いが、何かに使うのか?」
「いや、個人的に観賞用だから特に誰かに送信するわけじゃないよ。」
高橋がそういって平静を装ったが、声色が若干上ずっている。嘘だな。だが、今そこを追及しても何か証拠があるわけじゃない。駄目だ。追及はしないでおこう。
「あぁ、分かった。」
マイクを構える。俺がカラオケに入れた曲は
「もっと光を BULE ENCOUNT」
「おっ!いい曲選ぶねー!」
高橋がすぐに食いついた。そんなことも気にせずに、自分の心のスイッチをONにする。
「悲しい記憶に寄り添うたび 答えを求めるの」
あの日のことを思い出して、そっと歌詞の言いたい感情に近づくように意識する。
「これ以上誰かがこの思いを繰り返さないように」
この後の歌詞、一番伝えたい思いを強調して!!
「もっと光を!!」
そのフレーズに入った瞬間、純平、浮田、高橋、横田。この4人の雰囲気が一気に張り詰めるような空気感に変わった。
「もっと光を君に届けたくなったよ」
ただ、この俺の消えてしまった光を、浮田、高橋に繋げていきたい!
「もっと光が君に届くように」
この光を、お前ら2人に!

正直、ここまで歌が上手いとは思っていなかった。前にYouTubeで友貴也の昔のピアノ演奏会のときの映像が投稿されていたから友貴也のピアノを聞いたことはあるが、その時と同じで曲の一つ一つのフレーズに自分が出来る限り感情をこめているように感じる。さっきの「これ以上誰かがこの思いを繰り返さないように」や、「もっと光を君に届けたくなったよ」のフレーズなんて俺や浮田の音楽を続けてる人だけじゃなくて、純平や横田も含めた俺たち4人に対して伝えたい思いのように感じる。
「優しい希望に触れるたびに溢れた弱さだって」
これは、自分の弱さなんだろうな…。誰かの優しさに触れて自分の弱さが溢れたとしたらっていう悲しさが声の機微に表れている…。これってこんなに悲しい歌だったのか。と考えさせられてしまう。
「走ったように振る舞ったって リセットしちゃえば全部 なかったように朝が来て 目覚め続けてくから」
自分の部長時代の走ってきた振る舞いもリセットされてずっと続くってことか?なんか、感情を詰め込まれすぎて聞く方にもしっかり考えて、趣を感じることが必要。まるで芸術作品を美術館で見るときのような感じがする。
「戸惑いと間違いと向き合って気が付いた」
ここまで行くと…感動を超えた何かを感じる。俺の語彙力では表現しきれないこの上手さ。自分がただ悔しい。俺もギターでこれだけ感情を詰めることが出来るんだろうか。
「どんな時間も どんな答えも どんな君も間違っていないから」
こうして歌であっても感情が込められていれば自分を肯定してくれているように、励ましてくれているように感じる。どうして俺たちにここまで伝えたいことを教えてくれているのに、自分には伝えたいことを伝えられなくて「自分を肯定」できないんだよ。
「ずっと僕が君を照らすから」
アウトロまで演奏が終わって俺はスマホの撮影終了ボタンを押した。すぐさま、俺たち4人は全員拍手をしていた。
「上手すぎるだろ…。うちの部活の先輩たちよりボーカル出来るんじゃねぇか?」
思わずそう言ってしまった。
「ゆーくん、前よりも曲に寄り添って歌えるようになってるね。」
「そうか…。浮田。」
浮田さんもこの歌に成長を感じているということは、今のこれが人生で一番うまかった歌ってことになるのか。正直、ボーカルとして軽音楽部にほしい逸材だな。ただ
「もう…。俺は終わった人間なんだよ。だから、もう音楽はできない。」
彼にとってピアノが全てだったんだな。だからこそ、入院してピアノが弾けなくなって、そのブランクで昔のように弾けなくなったことがよほどショックだったのか。とにかく、これほど才能のある人間が音楽をやめてしまったことは俺たちにとってどれだけショックか、渋澤先輩の言いたかったことが分かった気がした。

「やっぱり、友貴也は音楽を辞める気満々なのか。」
友貴也の歌を渋澤さんに送って友貴也の様子を伝えた。
「浩人。アイツが辞めるのはもったいないなと思ってるんだけど、どういう手を打てばいいか分からないんだ。だから、これからアイツをちょっと経過観察しておいてくれ。」
「分かりました。」
渋澤さんにそういう指示を承った。

「ていう訳なんですけど、これ絶対誰かに送られてますよね。」
俺はすかさず峰さんに相談した。
「うーん、その高橋くんって軽音楽部だったよね。」
「はい。」
このメッセージを送った自分の顔がこわばっていたのは自分でもわかった。
「どうしたの?ゆーくん。」
「いや、何か嫌な予感がするんだよな。高橋か。」
そう言うと、浮田は、高橋の方を見た。
「うーん、どうなんだろう?」
「俺もまだ予感だからな。だから、何も疑うつもりはまだないよ。」
ただ、その嫌な予感が実際にあたるとはこのときは思いもよらなかった。
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