第9話 用意周到な有志ステージ

文字数 3,957文字

「今年の耀木祭って、王晴との耀王(ようおう)合同開催に聖ウラヌス女子大付属も参加して色々あるんでしょ?」
高校のいつもの教室。2-Bの教室に着くなり、浮田からそんなことを言われた。耀木学園高校と王晴高校は設立時期が近かったことから昔からライバル校として高校をあげて体育会系の部活では『耀王戦』とよく盛り上げている。文化系でも対決する際や協力する際はこの『耀王』という言葉はよくこの2校間で使われていた。今年の文化祭、耀木祭ではこの耀王の合同開催に、地元での評判も高い聖ウラヌス女子大付属高校…長いからウラヌスって呼ぶか。そのウラヌスはこの2校に比べて歴史の浅い女子大学ではあるものの、文系学部では教職員から裁判官まで多方面への就職率を誇り、理系学部では昨年のノーベル賞医学・生理学賞候補に挙がった教授がウラヌスの教授ということや、商業的にも水産学的に謎が多いと言われたウナギの完全養殖化に成功するなど、浅い歴史ではあるが、最近人気や注目が上がっている大学、高校はその大学にエスカレーター式に入れるということで大学の人気と伴って出願者が上がっていると中学の時の塾の先生が言っていた。とにかく、そのウラヌスが乗ってきた。って話らしい。
「知るか。俺に聞くな。そういうのは俺の隣の生徒会役員に聞けよ。」
浮田にそう聞かれるなり、俺は隣の浩人に投げかけた。すると、浩人は『ビックリした』と言いたげな表情を俺や浮田。純平、横田に見せていた。その横を向いた際に、朝の陽ざしが根に入ってきて若干目を傷めたかもな。と思いながら浩人の話を聞く。
「まぁ、正式な告知は夏の期末考査が終わった日の全校集会でって話になるとは思う。時期としては11月の金土日の3日間を使うらしい。ちなみに…聖ウラヌス女子大付属ってことは…分かってるよな?」
「うん…!」
浩人が鋭い目で浮田を睨みつけていた。その剣幕に浮田が完全に怯み切っていた。…全く、そこまで俺と武田の関係を気にしているのか。確かに、俺は武田に並々ならぬ怨みを抱いてはいるが、耀木の歴史に傷をつけるほど浅はかな、自分勝手な人間じゃないと自分では思っている。
「お前ら、大丈夫だ。浩人に関しては、前のライブハウスでは醜態を晒してしまい、申し訳なかった。と、何回も言ってきた。前のライブハウスでの一件は突然だったから気が触れてしまったが今回のように事前から分かっているのなら感情を抑えることも出来るだろう。」
「本当にだな?」
疑う浩人の目も浮田に向けるそれと同等…いや、それ以上の鋭さを持ち合わせていた。
「疑うな。同じバンドメンバーで何か月隣に立ってきたと思うんだよ。」
「それもそうだな。」
最早コイツには俺の考えていることが先読みされてるんじゃないだろうか。そう思いながら浩人を見つめていると、彼が意外な話を持ち出してきた。
「それで、お前に相談したいことがあるんだが…。」
「何だ?」
「ボーカルってどうやったら上達する?」
ギタリストとしての腕を買っている俺からすると…『何故』という2文字しか出てこなかった。その顔があまりにも表情に出ていたらしいのか
「耀木と王晴の生徒会役員に俺と、渋澤部長と、峰先輩が居るだろ?それに…王晴の生徒会副会長さんがドラムを出来るって聞いてて、おまけに聖ウラヌス女子大付属の会長さんもピアノコンクールで入賞するほどの腕前だから、『この5人でバンドをやって有志のステージに出よう!』って先輩方で盛り上がっちゃってさ…。渋澤さんは歌下手じゃん?」
申し訳ないが、渋澤さんは吹奏楽部時代から音感は抜群に良いし、楽器のピッチコントロールは物凄く得意な分野のはずなのに自分の歌声のピッチコントロールはびっくりするほど下手。恐らく…体の使い方が出来ていないのだろう。あの人、運動神経無いし。
「笑ったな。お前。」
浩人が俺の笑顔に少し微笑みかけていた。それに加えて
「渋澤さん、自分を楽器に捉えてみてください!って言ってもあの人の歌は不快だったもんね…。」
人に対して言葉を選ぶ浮田がこれだけ否定するのだから横田や純平には相当なものだと察してほしい。あっ、今純平が『そんなにかよ』って顔をしたな。
「まぁ、峰先輩は『歌わないでベースプレイに集中したい』ってタイプだもんな。それに、ドラムも難しいってなると…キーボードの人かお前になるのか。」
「そう、で渋澤さんと峰先輩のプッシュで俺になったって訳。」
「なるほどな…。」
可哀想に。浩人……。
「でも、俺じゃなくて玲華先輩に教わる方が正解だっただろ。俺は今、玲華先輩に技術的な指導をしてもらってるんだぞ?」
身体の基本的な使い方は、父さんから小さい頃に初歩の腹式呼吸程度は少しだけ教わったからか、その頃の感覚を思い出すのに時間がかかったもののそこからのみるみると成長していく過程は自分でも自信につながっていた。特に、『声は自分の口から出る波動やビームのようなイメージを持つ』という考え方で完全にではないが、声を可視化出来るような感覚が少しずつ少しずつではあるが理解できるようになってきた。
「それがな…玲華先輩に『ボーカルとして貴方は技術以前に教わることがあるはずよ。特に、隣で聞き続けてきた貴方なら痛感しているでしょう?』って、あの冷たい声でな。」
浩人の話を聞いていると、玲華先輩が浩人君にあのジトッとした目で淡々と語りかける情景が思い浮かんだ。
「なるほどな。玲華先輩が言わんとすることは分かった。」
技術以前の話…なら、教えるべきポイントは一つ。『何を表現したいのか』という1点に尽きるだろう。
「とりあえず、何を歌うんだ?それによるよな!友貴也!」
2人の会話からいきなり純平が横から入ってきた。それと同時に
「はーい、チャイムなったぞー。お前ら、席に着けー。」
残念ながら1限の化学の先生が到着してしまい、俺たちは風の前の雲のように散っていった。



「木原さん。」
「どうしましたか?…峰さん。」
俺は…浩人が恐らく木原さんがAstarothと勘づいているだろうということを勘づいていた。そのことは気づかせないために今回は本職のベースではなく、ドラムをお願いしたわけなんだが…。
「ドラム、どう?」
「『どう?』と聞かれましても…。私は、ベースを今は嗜んでいますが…ドラムもギターも一応弾けます。」
「そうなんだ!スゴイな…。」
木原さんの顔をまじまじと見つめながら、王晴川の河原をずっと二人で歩き続けている。日没の近いオレンジの空が木原さんの顔を若干赤くさせている。そういう表情…好きなんだよな。全く。
「はい。妹がドラムをやってるのは軽音楽部でもご存じだと思いますが…妹が出来て姉が出来ない訳が…あるとでも?」
その発言が、俺の背筋をぞくっとさせた…。妹はあんだけドラムで手足がバラバラに動くのに俺は全くもって出来なかった。その俺をちょっと煽ってないか?
「いや、俺の妹もドラムをやってるんだが俺は全くもって出来なかったからなぁ。なんでか分からないが俺がドラムをやると手足が全部いっぺんに動いてしまってな。バラバラに動く妹が羨ましいんだ。」
そう言いながらハハッと自嘲的な笑いが俺から自発的に出てきた。それに対して、木原さんは両手を合わせて「ご愁傷様です。」と小さくぽつりと呟いているのが聞き取れた。全く、出来る人たちが羨ましくて仕方がないんだよな。そう思いながら木原さんの肩にコツンと右の拳を当てた。
「ごめんね…。」
「謝らなくていいから。」
本当にこの人の気の遣い方は異常なんだよな。よく言えば気配りが出来る人だけど、悪く言うと病みそう。俺がメンタルケアをしっかりとしてあげないとな。それ以上に気になるのが…。たった1つ。
「恐らく、あの有志バンドでギターボーカルをしてる浩人君はAstarothの正体に勘づいているかもしれない。」
「えっ…?」
そのときの表情に若干の憂いを感じた。やっぱり、俺にAstarothだとはぐらかしのきかないほどのバレ方をしてAstarothは認めてくれたものの、他のメンバーの正体については一切ヒントのようなものですら与えてくれない。ボーカルのBa’alの声が高野に似てるって言っても全くもって喋ってくれなかったり、ギターの出自なんかを聞いても全く口を開かなかったりすることを考えて、やっぱり完全な覆面バンドなんだな。と察した。それが、勘づかれている。と言われたらそういう表情になるよな。
「ただ、あいつはそんな無粋なことはしないはずだ。」
そう言いながら、俺は王晴橋を右折して16号線沿いに南下していった。ベースを家に置いてきてしまったので家で個人練習をしようと思っていたのだが、なぜか木原さんが着いてきてしまった。
「分かりました…。峰さんのその言葉、…信じますからね。」
「信じてくれて構わないよ。」
「でも…あのギターボーカルの子、私たちより1個下なのに私たちと引けを取りませんし…リードギターの渋澤さん…。かねがね峰さんから実力の話は伺っていましたが…まさかあれほどとは思いませんでした。」
渋澤くんの縦横無尽に暴れまわるあのスタイルは、木原さん…というよりAstarothのベースを弾きながら長い髪を振り回すプレイスタイルと共鳴しそうだが残念ながら、ステージに立つのはAstarothではなく、木原さんだからな。
「あいつ…凄いだろう?」
「それは分かりました…。私たちも、気合を入れて頑張りましょう!」
「おぅ…!」
そう言いながら、俺はベースアンプと電子ドラムのある峰家のドアを開けた。
「ようこそ、わが家へ。」
「お邪魔します。」
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