第5話 OverShootが始まる

文字数 6,582文字

「はい!ということで『O’verShooters』ですよろしくお願いします!」
暗闇にしてもらったステージに突如光が当たり、俺たち三人がいきなり出現する形となりました。
「では、まずは自己紹介をさせていただきます。まず、ステージの一番上手、ギターの『HIROTO』!」
そう言って左手で俺が浩人を指さすと、浩人は激しく動きながらも6弦をすべて使いながら今の浩人にできるすべてを使ったギターソロを30秒ほど弾いた。そのギターソロに、集まった50名ほどのイベントの観客がドッと沸いた。
「続いて!ステージの一番下手側、ベースの『TAKERU』!」
今度は下手側、右手で峰先輩を指さし、ベースを腹の底に来る重低音でPop fun houseのステージに響かせた。すると観客が今度はざわざわし始めた。「6弦ベースはヤバい」たの、「あのギターとベースならドラムが見つからないのも納得」だの言っていた。なので、ブレスをしっかりして自分にできるだけの声量を出してMCトークを再開することにした。
「で、ステージ中央、私がボーカルの『YUKIYA』です。ドラムが見て分かる通り不在なので今日はこのiMacくんに頑張ってもらいます。『我こそは!』っていうドラマーの方がいらしたらこちらの、今マイクスタンドに貼り付けてる紙に書いてあるTwitterのアカウントまで連絡のほどよろしくお願いします!出来れば高校生以下の学生の方よろしくお願いします!」
そう言い終えると、俺は左手でマイクスタンドからマイクを引き抜いた。
「うだうだ言っていても仕方ないので早速一曲お届けいたします。聞いてください。『ドラマティック』」
打ち込みソフトを起動させてオープンハイハットの4カウントを鳴らした。
「心のどこかで皆が探している軌跡のようなものを 人は『ドラマ』って名付けたんだよ。」
浩人の様子を少し探るように左を見ると、目をつぶって黙々とアルペジオを弾く姿が目に入り、心配をする必要はないと思い、俺はもう左を見なくても大丈夫だと考えた。
「自分が走り続けて いつか朽ち果てるまで そのドラマは永遠に続いていく」
大丈夫だろうと思いながら右を見ると峰先輩と目が合って、任せろ。と言わんばかりに一歩前に出た。そのまま、イントロを弾いていく。イントロはベースが重低音で支えることが重要なので聞かせるためにベーシストが前に出るのは正解なんだが、まさか物理的に前に出るとは。そう思っていると、イントロも終わったので峰先輩がまた一歩後退して元の位置に戻った。
「この世に生を受けた時に ドラマは始まって 悲劇とも喜劇とも言われ続けてく」
この曲で伝えたいこと…それは『ドラマとは何か』。俺の解釈では、ドラマは何かが壊れる様ではなくそれまでに何を積み上げてきたのか。何を成し遂げてきたのか。その過程にドラマはあるということ。ドラマとは『結果ではなく過程』である。
「壊れ切ったこの世界に 心は蝕まれる一方で」
世の中を揺るがすほどの事件でも偶発的に起きたものなんて数えるほどしかない。だいたいの犯人は世の中の何かに追い詰められたり、責め立てられたりすることで犯行に及ぶ。きっと、武田もそうだったのだろう。だが
「表現できない感情をすべて『仕方ない』で済ましてく」
あいつは結局全てが終わった際に「顧問を問題にするためには仕方なかった。」なんて言いやがって白々しいにもほどがあると考えてしまった。その時の俺の胸の奥から湧き上がった感情の方がよっぽど「仕方ない」って話だ。
「ぶっ壊れたこの心じゃ 苦し紛れのこの世界じゃ」
人の死に集って金を稼ぐ連中や生きている人間に対して吐き気のするほどどす黒い方法で金を稼ぐ連中。結局、この世を動かすのは何かを壊した時だけなせいでそこまでの過程で止められない。というより世の中自体がわざと止めてないんじゃないか。とすら思えるこの苦し紛れの世界じゃ
「ドラマは全て悲劇的になるなんてそんなの当たり前だろ」
ありったけの思いをもはや歌声の範囲を越えるレベルの声量でシャウトした。その声はステージから一番遠い照明のスタッフですら若干顔を遠ざけているように感じるくらいの迫力を帯びていた。
「壊れたやつらに世界を生きる資格はない ただこの世界の理不尽に押しつぶされるのを待っていろ」
この世界のせいで壊れたやつらにこの世界で生きることなんて出来る訳があるか?ないだろ。そういうやつらが犯罪を犯したり、社会問題になる引きこもりになったり、自殺したりする。もちろん犯罪や引きこもりに自殺といったことを全肯定するつもりなんて無いに決まっている。それでも、どこかでブレーキをかけるのが世界や社会の役割のはずだ。それでも今日本がこの三重苦に苦しんでいるのは何故か。それは原因を絶てていないから。
「苦しんでいるやつらは救ってやれ 俺たちみたいな壊れた住人をこれ以上増やして欲しくなんかない」
原因を絶てないにしても、危険信号を出している人たちですら無視して当たり前のように暴走させる。救ってやれよ。そういう純粋な俺の思いを全力で目の前の人たちに訴えかける。文化祭の時と違って純粋に盛り上がる曲というよりメッセージ性の強い曲のためか、観客があまり音楽を知らない高校生が多かったところから音楽に多少詳しい人たちが多い所に場所が写ったからか、文化祭のときほどの盛り上がりはないが聞き入ってくれるのは想定の範囲内。
「壊れる様は決してドラマティックなんかじゃない!」
サビが終わって、観客から「Foo!!」という声が割れんばかりにステージに響き、その中でも冷静に、スタジオ練習の時と同じように弾き続けられる浩人と峰先輩に尊敬を覚えた。

演奏が終わって、大きな拍手を一身に受けた。
「ありがとうございます。僕たちは、どこの高校とかあまり詳しいことは言えませんが全員現役高校生で組んでいる学生バンドです。」
MCトークでそういうことを言った瞬間に会場はまたざわつき始めた。
「嘘だ…あれが学生バンドかよ…。」
「またPop fun houseが有望株をスカウトしやがったな」
そう、このライブハウスにしたのはこれが狙いだった。Pop fun houseは調べてみれば有名バンドが昔、最初のステージを踏んだことで有名だったが今では周辺のキャパの大きいライブハウスに押されて落ち目になっていた。だからこそ、いっぱい客が入るわけではなくても耳の肥えたお客さんが多いはず。そう踏んだうえでこれだけの評価をしていただけるのがありがたい。心の中で感謝しながらMCトークを続ける。
「なので、僕たちは学生の勢いそのままにどんどん疾走していければと思います!続いての曲、『ガンバ!』」
そう言いながら、次のドラム音源の画面に移した。それを確認してまたマイクスタンドからマイクを引き抜いた。それと同時に右手で再生ボタンをクリックし、また4カウントを音源が鳴らした。

4カウントが鳴っていきなり俺が前に出る、隣の友貴也、そしてベースの峰先輩。この2人にお前が必要だ。みたいなことを言われて無理矢理にでも自分に自信を持たせるように頑張ってきた。そうしないと失礼な気がするから。
「約束を果たすその一心で 駆け抜けてきた少女の話」
ここのリズムは若干マーチっぽくなってるので3人そろってその場行進をする。それに乗せられて観客のみんなもだんだん歩き始めてきた。これって地味に物凄い事じゃないか?
「心の奥底その言葉を支えに生きる」
ふと右を見て友貴也を見ると自分の世界に没入しているので考えることを止めることにした。しゃあ、お前がその気なら俺もそのテンションに合わせなきゃダメだろ!
「君の心を支えてきた 自負だけはあったけど 泣き叫ぶ君の姿をみて僕は悩んだ」
お前たちの関係性なんか知るか!今の俺はこの曲を通して『ブレる人間の弱さ』と『弱くなったときは止まるべき』ということをこの集まっていただいた皆さんに全力で伝えるだけだ!
「何もない場所で立ち止まってた 僕の背中をそっと押した」
結局この曲の二人の関係性はどっちなんだよ…!歌詞をよく聞くと離れてるのか近づいてるのか行ったり来たりじゃねーかよ。なんなんだよ本当に!
「ずっと君を励ましてたい それが俺の約束」
ここで思いっきり全員が前に出る!!
「元気出してけよぉ!ずっとずっとずっと君の笑顔みてたいよぉ!」
サビに入って友貴也が右の拳を突き上げると、お客さんも突き上げていた。なんだこの歌声の支配力は…。そういう雑念が少し入ったが、友貴也の全力に俺も必死に食らいつく!峰先輩も6弦でガンガン和音弾きするしこれは負けてらんねぇなぁ!
「苦しくて辛いときは 僕が笑わせるよ」
ちょっとでも油断すると峰先輩と友貴也に力負けする…!最後の曲は俺もコーラスをするから体力を残したいけど、そんな余裕持とうとしたら今の曲のパフォーマンスが落ちる!くっそぉ!やりきるしかねぇんだろ!友貴也ぁ!

2曲目が終わって、大嶋の肩が若干上下に動いているように見えた。だが、この位は問題ないだろう。しかし寧ろ問題は高橋くんの方か。さっきの俺のベースソロのあとから弦を硬めにした分の疲労が少しずつ表面化してきたか?いや、流石にこんな2曲で疲れて体力がなくなるほどやわな人間じゃない。最後の曲も思いっきり飛ばしていくぞ。そういうアイコンタクトを友貴也に送り、友貴也がニヤリとした後、マイクスタンドにマイクをかけてPCを操作しながらMCトークを始めた。
「次が最後の曲になります。」
友貴也がそう言っただけで観客の皆が
「えぇー!!」
「もうちょっと聞きてーよ!」
などの声がドッとステージに聞こえてきた。びっくりするくらいの声量だったので平静を装っているのが物凄くしんどかった。バンドコンセプトとしてはMCトーク中の『静』と、曲中の『動』を大嶋は重んじているらしく、それに合わせるように俺はMCトーク中に静かなベースソロを弾いたり、高橋くんはエモいアルペジオを弾いたりしている。今は俺のターンで静かに、静かにを徹底してベースを弾き続ける。
「最後に…昔は誰もが天才少年でした。ですが、どこの誰かもわからないような人たちが周りと勝手に比べ『凡才』という烙印を押していく。その烙印を押された元天才少年たち…僕たちの歌であり、ここにいる皆さんの大部分のための歌です。聞いてください。『一応元天才少年』」
MCトークがまるで素人のそれじゃない。自分の中での世界観を言葉にするのが得意なのは書いているリリックからして分かるがこれだけのトークが出来るかはまた別だろう。そう思いながら4カウントを聞いていきなり激しいベースとギターを思いっきりかき鳴らす俺と高橋くんの息は面白い位に一致していた。きっと、高橋くんの魅力は『順応性』なんじゃないか。そう思いつつも直接言うのは無粋だ。だからいきなり前に張っていた弦とは全く違う弦を渡したのに高橋くんは「自分の魅力って『中低音』なんですかね!」ってスタジオ練習が終わった時に言ってきたのは笑いたくなったが、もう少し別のアプローチを考える必要があるなと真摯に受け止めた。
「君が今ミスしたとこは 隣の男の子が出来たところだ そう言って周りの大人たちが『だからお前はダメなんだ』と騒ぐ」
ベースラインは基本的にこの曲は動かないので割と余裕がある。アドリブを入れようと思えば入れられるが、大嶋にあとで怒られそうな気がするし、やめておくか。
「君が今出来たとこは 隣の女の子がより上手くやったとこだ そう言って周りの大人たちが『だからお前はダメなんだ』と騒ぐ」
この曲は3曲の中で唯一、大嶋と高橋くんの掛け合いがあるところだ。そこで観客が冷めなきゃいいんだが…。そう思いながら高橋くんがマイクの前に動きながらも移動していくのを見守っていた。
「どうやったって駄目じゃないか!」
「2番じゃ絶対意味がない!」
よし、高橋くんの声のテンションはちゃんと大嶋と一緒位になっていて曲としていきなり下降するようなバランスにはなっていなかった。そのことに安堵しながら比較的動くBメロを弾きこなしていく
「1番でなきゃ 褒められなんてしないや」
この歌詞に一番苦しいときの大嶋の感情が出ているような感じを受けた。単純な感想だが、結構この曲は気に入っていて弾いていても自然に体が動くような感覚がしていた。
「『2位じゃダメなんでしょうか』『2位では絶対褒められない』1番でなきゃ 自分の価値は無いんだ」
しっかし、打ち込みだからってドラム結構無茶苦茶してるんだよな。今のタム回しとかかなりの音数入れてただろ。おまけに、掛け合いのところでバス、クローズハイ、クローズハイのところも8分、4分、8分でちょっとアクセント入れてくるし。割とやってんなぁ。コイツ。
「一応元天才少年 自分をもっと大事にして 世の中にはね絶対的1番ばかりが(つど)ってる」
サビに入って、ドラムの8ビートに合わせて自分がしっかりとベースラインを弾く。それに高橋くんがギターで楽しく動き回りながら全く乱れない演奏をし、大嶋が全力で歌う。ただそれだけだがそれがどれだけ難しいか。そのことを分かっている自分にとってこれほど楽しいライブは軽音楽部に居ても体験できなかっただろう。そう思いながら観客の方を見ると両手を挙げて応援してくれている方々ばっかりで、こちらとしてもとてもテンションが上がっていた。
「一応元天才少年 自分をもっと大事にして 1番ばかりを目指したって 心が擦り切れるよ」
しっかし、スランプの話はどこへ行ったってくらい高橋くんが暴れまわっている。ステージの自分のテリトリーであれだけ動いておきながら、息が全く切れていない様子を見せるのはまさに若さゆえのスタミナの違いでは説明できないくらいのスタミナだ。そう思っているとまたしっかりとマイクのもとへ戻ってきた。
「「一応元天才少年 Oh yeah」」
大嶋と高橋くんのユニゾンのはずだったが、大嶋がテンションの上がり方からかわざと上に音を外してハモッていった。こいつ…!とまた大嶋の凄さを垣間見た。高橋くんも高橋くんで大嶋の声量に負けているどころか、大嶋が高い声を出している分声量自体は高橋くんの方が大きく聞こえるほどの声を出している。本当にここの二人は自分の世界に入ると能力の上限がないんじゃないかとつくづく思わされる。そう思いながら、この曲の2番が始まった。

「見つけた…!私、あのバンドのドラマーになりたい!」
観客席の後ろでPA卓に居た私に娘がそう語りかけてきた。たしかに、あのバンドは今ドラマーが不在で、それでいて3人のレベルはとても高い所にある。ちょうど先月所属していたバンドが解散になった私の娘には渡りに船のタイミングだ。だが
「ダメだ。耀木学園の内部進学は『進学2類コース』以上じゃなかったらバンド禁止って話はどこに行った。」
「ええー!頑張るよー!だからお願いお願いお願い!あの3人は現役高校生なんでしょ!?最悪、私あの3人に勉強を教えてもらうからー!」
私の娘は中学3年生。高校は内部進学で進学できるのだが、そのコース振り分けが問題なのだ。今話している娘は3人兄妹の一番下ですでに2人を私立の大学院と大学に通わせている都合上、娘には国公立大学に行ってもらわないと家計的に厳しい。そのことを考えると耀木の進学2類以上でないと国公立大学への進学は厳しい。だから進学2類以上じゃなければバンド禁止。そう言っているのにこの娘と来たら…!
「私、お父さんがなんて言おうとあの人たちのバンドに入れないか交渉してみるからねーだっ!」
しかし、娘のやりたいことをやらせてあげたいのもある…!非常に心苦しいが今は自分の仕事のPAに集中しよう。
「分かった。行くだけ行ってみなさい。」
くそっ…!またお母さんに怒られるのか…そう思いながら私はミキサーと向き合っていた。私の娘も、このバンドならいい成長を出来るだろう。そう無理矢理にでも考えることにしよう。
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