第14話 可視化する一体感

文字数 4,692文字

「YUKIYAさん…私、本当にステージに立って私がドラマーだって認めていただけますかね?」
俺のもとに高木さんからのLINEが飛んできた。しかし、なんで寄りにもよって今なんだ…。
「どうしたの?ゆーくん。」
「あぁ?言ってた後輩ちゃんだよ。」
そう言いながら俺は返信を打ち込んだ。高木さんはバンド練が終わってから浩人や峰先輩のレベルに着いていけるか心配になっているらしい。
「心配するな。全員、俺が認めたメンバーだし高木さんに至ってはバンドメンバー全員が認めたドラマーだってことは分かっていて欲しい。それに…これは浩人にも言えることなんだが自分の良さは分かっていて欲しい。」
そう返信しながら、俺たちは軽音楽部の卒業ライブに向かっていた。大下先輩と浩人が同じバンドだと聞いて是非行きたいと渋澤先輩に頼んだところ、別にチケット代なども取っていないとのことなので1人で行こうとしたところ、道すがら浮田にエンカウントしてしまい強制的に同伴させられてしまった。
「あの大下先輩と浩人が同じバンドなんだ。…俺にとっては浩人を預けるだけの度量のある人なんだ。見るなという方が無理だよ。」
「玲奈先輩のお姉さんなんだもんね…。」
「あぁ。ユーフォの玲奈先輩な…。」
玲奈先輩はこの世にはもういない、そのことを渋澤先輩から突き付けられた俺はなんと言っていいのか分からないままだった。渋澤先輩が3年生のクリスマスの時、ハートのチョーカーを貰った話を嬉しそうに喋っていたのを今でも思い出す。ただ、浮田は玲奈先輩がもうこの世にはいないのを知ってるのか?
「…さて、地図ではもうそろそろなんだがな。ライブハウス『ZEEX』。どこだ…?」
「あっ、あれじゃない!?ZEEX!」
浮田が指さしたその先にはちゃんとZEEXの4文字があった。
「おう、あれだな。」
そう言って俺はZEEXの扉を開け、浮田を先に入らせた。



俺はずっと今日1日部長としてこの卒業ライブの良い景気づけになるように行動しなければ。そう言う思いがずっと心の中にあるためか、いつものライブよりも心には緊張の糸が張っていた。
「失礼しまーす…」
聞きなじみのある声がして、さらにその緊張の糸は強く張った。
「おっ!お疲れ。浮田さん。友貴也から聞いてきたのか?」
「はいっ!ちょっと楽器店に寄った帰りにここに向かうゆーくんが見えて『これは運命かもっ!』って思ってついてきたんです!」
にこやかに浮田さんが言っているが、いくら可愛い後輩でも…友貴也の場合は幼馴染か。でもそこまで行くとストーカーの類だぞ?そう思いながら暗がりのライブハウスで俺の方に向かってくる友貴也をちらっと見た。
「何か言いました?」
浮田は中学時代から人の表情を読み取るのは得意だが、気に入ったものを離さない傾向があるからなぁ…。
「お前らは苦労するだろうな…。きっと。」
友貴也にとっても、横田にとってもかなり厳しい恋路にはなりそうだよな。友貴也にそう言う感情があるのかは置いておいて。そう思いながら浮田とある程度話していると後ろから前から同時に聞きなじみのある声が聞こえてきた。
「お疲れ、渋澤。そいつらがお前の言ってた『デキる後輩』か?」
「お疲れ様です。渋澤さん。呼んでいただいてすみません、浮田が迷惑かけませんでしたか?」
大野部長の180㎝越えで体重90kgオーバーの体格が彼らに威圧感を与えていないかが心配だ。しっかしいつ見ても文化部の部長とは思えない体格してんな…大野部長。とてもセンター利用で私立入試を合格した人とは思えないくらい体絞られてるし。大学ではスポーツ系に入るんじゃないか?この人。
「お疲れ様です。大野部長。今更の紹介になりますが、この白髪の方が大嶋 友貴也です。」
そう言いながら手で友貴也を指す。そして、そのまま自己紹介をするように促した。
「大嶋です。文化祭のときはお世話になりました。本当にありがとうございます。」
「ほぅ…君が…あの時のやつか。よく2週間で4曲も。しかも音楽にはうるさいウチの軽音楽部員を熱狂させるレベルで仕上げたな。よくやってくれた。それこそ、こちらの方が感謝するべきことだ。有難う。」
そう言って、大野部長が丁寧に礼をした。すると、友貴也も「いえいえ。」と丁寧に礼をし返した。
「で、こっちが浮田 ことみ。ってやつです。こいつは吹奏楽部なんであんまり覚えてなくても大丈夫です。」
「ちょっと!それはひどすぎませんかぁー!!」
「いや、残念ながら当然だろ。浮田。」
「ははっ…君たちは仲がいいんだね。渋澤も含めて。」
大野部長がそうにこやかに対応した後、大野部長がすっと息を吸い、自己紹介を始めた。
「じゃあ、俺の番かな。俺は、大野 琥太郎。この軽音楽部で渋澤の前の代の部長をさせてもらってた。ボーカルをやっていて、進学先は私立高天原大学の経営学部だから文系科目で困ったことがあれば何か俺に聞いてくれ。あと、体を絞りたいってなったら俺に連絡してくれ。それなりにいい運動を教えられると思うから。」
ボーカルは体が楽器なのだから体のケアは大事だ。という理由で体を鍛え続けている。最初は、軽く腹筋程度だったのが筋トレの魅力にハマってどんどんエスカレートしていき、俺が出会った頃はまだスマートな体系をしていたのに今ではがっちりした体型という表現の方がよっぽど似合う体型へと変化し、それと共に女性にモテるようになっていった。そう思いながら腕時計を見ると開演10分前で、思わずまずいと感じてしまった。
「そろそろ時間ですし、僕たちは準備に向かいましょうか。大野部長。」
「もうそんな時間か。行こう。渋澤。」
大野部長に話しかけて俺たちは準備へ向かおうとするのを
「何やられるんですか?」
浮田さんが引き留めた。準備しないといけないんだけどなぁ…。そう思っていると大野部長が
「1バンド目だからもうちょっと楽しみにして待ってな。すぐにわかるよ。」
そう言って、含みのある微笑みを後輩2人へかけた。全く…大野部長も悪い人だよな。寄りにもよって本人の目の前でアレをやるって言うんだから。というか、そのために俺は友貴也を呼ぶように依頼されたわけだし。そう思いながら俺は準備をし、平井、高瀬、そして浩人のOKのサインを見て、裏方のスタッフにサインを出した。
「これより、耀木学園軽音楽部、卒業ライブを開始したいと思います!」
部長としてライブの開始を宣言して、マイクスタンドからマイクを引き抜いた後、大野部長に渡す。すると会場のボルテージはいきなり最高潮へ盛り上がり、歓声があがった。少し時間が経ち…その歓声が収まった時。大野部長はブレスをして

「1本打って!」

あの、友貴也が変わるきっかけになったあの瞬間を再現し始めた。




「1本打って!」
…なるほどな。俺はそう思いながらボーカルの大野部長の顔を凝視した。あとから平井先輩に聞いた話だが、このときの俺はかなりニヤついていたらしい。
「ただいまより、2本打って!」
楽器たちの音に合わせて手拍子を2回する。隣をふと見ると浮田も笑顔でやってくれていた。大野部長は俺とどう違った歌い方をしてくれるのだろう。ただ今はそれだけが楽しみだ。
「THE PM10:30の3本打って!」
3回の手拍子がライブハウスのステージを覆う。ドキドキとワクワクだらけで胸が思わず高鳴る。
「3年生最後の卒業ライブのステージ、最高の思い出にしたい奴は4本打って!」
手拍子に負けぬほどの声量で飛ばす大野部長。また、4回の手拍子がステージに襲い掛かった。それでも屈しないこの人の武器は声量か?
「THE PM10:30、忘れたものを取り返しに来ましたどうぞよろしくぅ!!」
大野部長が思いっきり叫ぶと、これに応えるように渋澤先輩がイントロを聞き慣れた弾き始め、観客の盛り上がりはいきなり最高潮を迎えた!なるほど、観客席からステージを見るというのはこういう感覚なのか…。物凄く面白い!渋澤先輩のギターの指の動き方は物凄く滑らかだし、なにより大野部長と、浩人と、渋澤先輩の3人がもう動きたそうにずっと待っているのが見ていて自分がそこに立っているかのように分かる。
「Tonight We honor the hero!!
浩人がそう歌うと同時に、あの特徴的なメロディーラインを奏でながら3人が同時に動き出し、狂喜乱舞していた。その様子はまさに曲名の通り『狂乱Hey kids!!』と言えただろう。俺があの場に立った文化祭で、今と同じようなことが実際にできていただろうか。頭の中にそんな一抹の不安を抱えながらも、ハイレベルな演奏にその不安は溶けていった。
「塞ぐNO面に騒ぐ狂乱KIDS 嘘キライ?崩壊?日々を投下して」
叫ぶだけじゃなく、しっかり抑えるところは抑えて。それも、抑え方が「叫ぶ時の声を濃縮した」かのような抑え方でまさに俺好みだった。
「甘い体温の蜜匂い立って ソソるFlavor Flavor Flavor Just wanna hold your hands」
英語の発音もメチャクチャ綺麗だ…。父さんの仕事の関係で海外の友達がいるが、それの英語と何ら遜色ない英語で思わず驚いてしまった。
「Just wanna hold your hands」
そしてなにより、アイコンタクトをしなくても大野部長、渋澤部長の両名が息ピッタリに。というか次に渋澤さんが弾きながらどういうアクションを取るか。どういう演奏をするかを分かっているかのように動き、観客席に向けて「まだだ。落ち着け。」といったポーズをとっていた。
「Hey people! Let’s go back to zero!!
本当に心の底からこの5人は連携が取れているんだなとひしひしと伝わるこの言いようのない連携。目も合わせずとも浩人がそっと1歩退いて大野部長と渋澤先輩のためにスペースを確保した。そういう所なんだよな。俺たち4人が出来なくて、この5人で出来ているのは。
「狂ってHey kids!! 閉ざした昨日を照らして 行き場ない衝動」
サビに入った瞬間、あの日。あの時と同じように部員たちが一気にステージへ突撃しながら群がった!俺もその流れに何の迷いもなく入っていった!
「狂ってHey kids!! 戻れない場所を探して」
来るっ!そう思いながら俺は浩人と平井先輩を見る。
「「Wow Wow Oh!!」」
俺は人に揉みくちゃにされながらも両腕を突き上げて同じフレーズを叫び、歌い上げる。観客席からも、ステージからも湧き上がった声が、混ざり合って1つの綺麗な歌声に変わっていく感覚をこれほどかと味わった。これが…本当に観客を巻き込むということの…神髄なのか?
「狂ってHey kids!! くだらないエゴを飛ばして 意味の無い抗争」
その場に出来た場の流れは最早可視化できそうなほどにハッキリとしていた。ステージから発された流れが観客に受け止められ、そのままステージへと返される対流が起きていたのが分かる。
「狂って平気?? 私の名前を吐かないか?」
「Are you ready? I respect the hero!!
うわっ、大野部長と浩人の掛け合いのタイミングが完璧すぎる。俺も浩人とこれくらいの連携を取れるようになりたいものなのだが…。そう思いながら俺はただただこの完璧な5人の連携を見続けていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み